ドルヒの接客
ドルヒの接客研修が始まった。
「なぜ吾輩が人間ごときの機嫌を取らねばならんのだ?」
ドルヒは接客研修の開口一番そう言ったが、ヒロイーゼさんは怒るでも戸惑うでもなく真摯に切り返した。
「ドルヒちゃん、嫌いな人間だからこそ機嫌を取るのよ」
「なぜだ?」
ドルヒが毒気を抜かれたような顔になり、頭上に疑問符を浮かべる。こんなドルヒの顔は初めて見た。さすがだな、ヒロイーゼさん。
「嫌いな人間に不愉快になられたら、もっと面倒でしょう?」
「確かにな」
ドルヒは尤もだという顔をしてうなずく。
「だから不愉快にさせないための態度をとるのよ」
「うむ、そうか。女と小人は扱い難しとも言うしな。屑なればこそ扱いには注意がいるということか」
それから実践的な研修に入った。まずお客様の所に注文を取りに行く練習だけど、
「何を飲み食いしたいのだ? 早く言え。吾輩は暇ではないのだ」
ドルヒは仇でも睨むような顔でこんな口調だ。
これではドルヒがいくら美少女で声優のような声を持っていてもお客さんは逃げかえりそうだ。
「ドルヒちゃん、接客の時はもっと笑顔で! こんな風に」
ヒロイーゼさんが営業スマイルと決してわからないようなスマイルを浮かべる。お客さんはあれでころっと行くだろうな。
僕みたいに作り笑いは大嫌いな人もいるだろうけど。
ドルヒも案の定むっとして返事した。
「なぜ楽しくもないのに笑顔でいる必要がある? わけがわからぬぞ」
だがヒロイーゼさんはドルヒの険のある表情と声にも笑顔を崩さずに余裕のある調子で答えた。
「嫌いな人間に本心を知られたい?」
「む、それは不愉快であるな」
「だからこその笑顔なのよ。笑顔で本心を隠してしまうの」
「中々の慧眼だな、ヒロイーゼとやら」
ドルヒはこうしたことが何回もあってヒロイーゼさんを信頼したらしく、それからは反論することもなく研修をこなしていった。
研修終了後、なぜドルヒを採用したのかをヒロイーゼさんに聞いてみた。
「私が日ごろ抱えてる不満を全部言ってくれるから。他の子は遠慮して言わないことも多いし、せいぜい酒の席で愚痴るくらいね。でもあの子は決して物怖じせず自分の言いたいことを言う。真実を口にする。それがいいのよ」




