人間嫌い
悪魔たちを探すなら、探知スキルを持っていない僕たちがむやみに探し回るより慣れた場所で待ち伏せした方がいいということになり、ドルヒをヒロイーゼさんの店に連れていった。そこでドルヒも一緒に働いてもらう算段だ。
生えていたツノは自在に見えなくすることができるらしいので隠してもらっている。
僕は一足先に女装して店の中で待機していた。
ドルヒは僕の古い知り合いということで簡単に説明したらヒロイーゼさんもそれ以上は聞いてこなかった。ドルヒと軽く面接したらしいけど、即採用だった。
「面白い子ね。それに可愛いし」
今は制服のサイズ合わせと着替えでヒロイーゼさんの部屋にいる。
「ムラさん、あなたが連れて来た新しい子ってどんな子なの?」
待ち時間、机を並べたり食材の確認をするなどの開店準備を一緒にしている店のメイドさんの一人が質問してきたけれど、僕は説明が難しいということでお茶を濁した。
というよりドルヒの性格を一言で説明するなら「人間嫌い」だけど、人に紹介する時にさすがにそれはない。
やがて二階につながる階段から二人分の足音がして、ヒロイーゼさんとメイド服を身にまとったドルヒが降りてきた。
黒を基調としたメイド服を纏ったドルヒは黒真珠のような瞳と、処女雪のように白い肌がメイド服と黄金比のような調和を保っていた。
いや、メイド服そのものがドルヒの美を引き立てるためだけの存在のように見えた。
この世のすべての美を集めて作られたような顔の輪郭は着る服の魅力をあますところなく引き出しており、デザインが同じはずのメイド服はドルヒが来たものだけがまるで別物のように輝きを放っていた。
ヒロイーゼさんを含め、店の子たちはみんなドルヒの容姿に魂を抜かれたようにうっとりとしている。
「真っ黒で、新月の夜みたいな綺麗な髪……」
一人がドルヒの髪に手を触れようとしたが、ドルヒは手を払った。
常人離れしたステータスのドルヒが手を払えば軽く吹き飛びそうだけど、そこは手加減したらしい。
「気安く触れるな、下郎が」
例えるなら絶対零度の瞳。一切の同情も憐憫もない、拒絶だけで構成された言葉と態度。
こんな断り方したら店でやっていけないんじゃ?
僕はそう思ったけど。
「あの美しさにあの態度…… たまらない」
「ゾクゾクするわ……」
「これは店の売り上げ増間違いなしね!」
なぜか拒絶されたはずの当人も、傍で見ている他のウエイトレスさんも頬をバラ色に染めてうっとりしていた。
「なぜこの店で働こうと思ったんですか?」
一人がそう聞いたところ、ドルヒの返答が意外すぎた。
「飲食店というのも面白いと思ったからだ」
ドルヒからこんな感想が出てくるなんて、どういう風の吹き回しだろう?
ものを食べるのが楽しいと思ったのかな?
「酒を与えて寿命を縮めつつ、美食で短い夢を見させる。夢から覚めた後は辛い現実が待っているというわけか。なかなか趣味が良いではないか」
僕は頭から血の気が引いた。
そんな言い方したらヒロイーゼさん怒るよ?
というか、飲食業界すべてを敵に回すような言い方じゃないか。
だがこの店のトップであるヒロイーゼさんはニコニコと笑顔で見守っていた。
「いいわよ、それくらい。むしろニヒルで冷めた言い方が新鮮で面白いわ。お客さん受けもいいと思うし」
それまでずっとドルヒを見守っていたエデルトルートがぽつりと口を開いた。
「なんというか、やっぱりドルヒさんはドルヒさんですね……」
「まだ怖い?」
「怖くないわけないじゃないですか。一度はムラさんを殺そうとした相手ですよ? 私も下手をすれば殺されていたでしょう」
エデルトルートは自分を抱きかかえ、小刻みに震えだした。
「あの光景が今でも時々フラッシュバックして……」
「でも、立ち向かわなきゃいけませんから」
震えを止めて、今だ他のウエイトレスさんに囲まれているドルヒを見据えた。
「ムラさんをこれ以上不幸にするような存在から、逃げるわけにはいきません」
エデルトルートの言葉は凄く嬉しい。
こんな僕なんかを大切に思っているのが伝わってくる。
でもね、僕はその思いにこたえる気はない。また裏切られそうで、怖いんだ。




