新たなる戦い
エデルトルートは逃げるアクションを起こすことさえなく固まってしまったが、僕は素早くエデルトルートの膝から頭を起こして戦闘態勢に入った。
「そんな…… あと一時間は幻覚の中にいるはずなのに」
『あの程度すぐに脱出できたわ。お主が相棒に色々と話をしていたので待っていてやっただけじゃ』
恐怖をあらわにするエデルトルートとは対照的にドルヒは落ち着いた声だ。
エデルトルートは一度逃げた相手に見つけられたためか、歯を鳴らしがちがちと震えている。
取り出したオ―ブを構えてドルヒに幻覚を見せようとしているらしいが、ドルヒがエデルトルートを睨みつけると顔を青くして震えだしてしまい、詠唱を中断してしまった。
『ゼーリッシュ、二度は効かんぞ。レベル差がありすぎる』
「逃げて…… ムラさん」
エデルトルートの震え声に我に返った。僕一人なら殺されてももういいけれどエデルトルートまで巻き込むわけにはいかない。
咄嗟に彼女を抱きかかえようとするがドルヒが柔らかい声でそれを押しとどめた。
『何を警戒している、相棒?』
「何をって…… また僕を殺そうって言うんじゃないの?」
ついさっき僕を経験値にしようとしたじゃないか。
『案ずるな、相棒。もうその気はない。相棒は自分が死にかかっておるというのに、小さな花の命を優先させた。人間は嫌いじゃが貴様は嫌いではないぞ。それにゼーリッシュは案ずることはない。吾輩は貴様に恨みはないからの』
「そう……」
ドルヒの変貌ぶりが激しすぎてついていけない。
さっきまで淡々と僕を殺そうとしていたのにこの変化、一体何がどうなっているんだ?
「それでこれからどうするの? 自分を蔑んだ悪魔に復讐したいって言ってたけど、それなら僕を殺して経験値にした方がいいんじゃ」
『見損なうな。一度認めた相手をそう簡単に裏切るほど非道ではない。数体の悪魔を除き、並みの悪魔なら吾輩はもはや引けは取らんからな、すぐに相棒を殺す必要もない』
いつかは殺すってことか……
『じゃが吾輩は相棒が気にいった。できれば他の悪魔どもを殺すのを手伝ってほしい。一度殺そうとした相手にこんなことを頼めるものではないが、頼む、力を貸してくれ』
ドルヒが深く腰を折って頭を下げてきた。頭を下げて落ちてきた髪が流れるように彼女の顔を覆う。
「いいよ」
僕は即答した。
『本当に良いのか? 吾輩は一度相棒を裏切って殺そうとしたのだぞ』
ドルヒが困惑したような表情で僕を見つめた。僕の返答が余程意外だったのだろうか?
「だってクラスメイトと違ってドルヒには恩があるからね。いつ殺されるのかわかんないのは人間ならみんな同じだよ。なら恩がある君のために働くのも悪くない。ちょうど目標を見失ってぼんやりしてたところだし」
『無論、相棒が吾輩を殺し、他の悪魔どもをすべて殺せば元の世界に帰れるから相棒が最後に吾輩を殺してもよい。だがそれまでは吾輩の復讐に付き合ってくれ』
そう言えばそんな設定もあったっけな。殺すことに忙しすぎてすっかり忘れてたよ。
「じゃあ早速殺しに行こうか。居場所はわかる?」
僕は腰を上げてお尻についた泥を払う。殺しは拙速を尊ぶからね。
『それがどこにいるかはわからぬ。吾輩は探知スキルはないからの』
さっそく暗礁に乗り上げたな…… 前途多難だ。
『じゃが待っていればいずれやってくる。悪魔は悪魔と引かれあう運命なのじゃ。道ですれ違う、乗合馬車の中で同席する、そういった何気ない場所で出会うことが多い』
「ならしばらくこの町で待とうか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
それまで僕たちの話を黙って聞いていたエデルトルートが突然声を上げた。
「なんで殺すなんて話になってるんですか! もうムラさんの復讐は終わったんでしょう? これからは静かに生きましょう? あんなにお優しいのに、もうこれ以上手を血に染める必要はないです」
エデルトルートはまだまだ甘いな。
「ごめん、エデルトルート。でもこれは誰かがやらないといけないと思う。誰かが殺さないともっともっと被害者が出る」
「そんな……」
エデルトルートは肩を落としてしまったがすぐに顔を上げて僕の目を真っ直ぐに見て、告げた。
「ならとりあえず今まで通りお店を手伝っていただけません? もちろん女装して」
何を言うのかと思っていると、そんなことを言ってきた。
また女装しろって? 悪い冗談だよ。
「ムラさん目当てのお客さんも多いですし、何よりムラさんはやっぱり女の子の格好の方が似合ってます。肌もきれいですし。それにお店で給仕の楽しさに目覚めれば復讐なんて考えなくなるはずです!」
『男の取り合いか。こういうのも悪くはない。うむ、吾輩たちの戦いはまだ始まったばかりということじゃな」




