因果応報2
眩しくて、僕はゆっくりと目を開けた。
視界いっぱいの青空と、鼻孔をくすぐる緑の匂い。
「ここは天国かな……? それとも、あの世?」
僕の呟きに答える声があった。
「いいえ、死んでないです……」
視界を少しずらすと、プラチナブロンドの背中まである長い髪と、菫の花のように穏やかな顔をした女の子がいた。
「エデルトルート?」
頭をなにか柔らかいもので挟まれている感覚がある。すごく細いけど、どうやら僕は膝枕されているらしい。
なぜここにエデルトルートがいるんだろう?
それよりここはどこだろう?
お腹に手を当ててみるけれど痛みも傷痕もない。
さっきまでのことは夢だったのだろうか? 思わずそんなのんきなことを考えてしまった。
「いえ、私がゼーリッシュさんと契約してドルヒさんに襲われる直前からお二人に幻覚を見せました」
「なんでそんなことを?」
どうしてゼーリッシュの力を使えるのかとか、何でここがわかったのかとか、色々聞きたいことはあるけれどそれが真っ先に気になった。
「あなたが店に来なかったでしょう? 今まででしたらそれで済ませるところでしたが、どうにも胸騒ぎがして」
僕の正体がわかっているかのような口ぶりだ。
どこでばれたんだ?
「でも場所がわからなくて、必死にムラさんのことを考えていたら急に頭の中で声が響いて、この悪魔さんと正式に契約したんです」
「でも君が悪魔と契約したら精神が耐えきれないって聞いたんだけど……」
『あなたを想う感情が予想以上に強かった。百合のように真っ白で純粋で禁断の感情。それが精神を補強した』
僕の頭の中にエデルトルートそっくりな声が聞こえてきた。
「でも…… このヘンタイ」
エデルトルートが僕を蔑むように見つめてきた。こんな小さな子にそんな口調で言われると、何かに目覚めてしまいそうだ。
「僕の正体は…… ゼーリッシュに教えてもらったのか」
「はい。この悪魔さんに全部教えてもらいました。あなたが女装していたことも、女装して働いていたことも、岩崎っていう人を殺したことも」
草原に風が吹いて、土の匂いがする風を運んできた。
「ならなんで僕を助けたの? 僕が男の姿だったときあんなに警戒してたのに」
男が苦手なエデルトルートがこんなリスクを冒してまで僕を助けた理由がわからない。ドルヒにエデルトルートまで狙われるかもしれないのに。
「ヘンタイでも男でも、ムラさんならいいです」
エデルトルートは幼い声で、優しげにつぶやいた。
「私は覚えています。初めて会った時、私が話しだすまで嫌な顔一つせずに待っていてくれたこと。岩崎という人に私が怯えていた時、優しく抱きしめてくれたこと。あんなに危ない目に遭いながら岩崎という人を殺して、私の恐怖から解きはなってくれたこと」
エデルトルートはそこで言葉を切った。軽く息を吸い込む。
「あんなに私を想ってくれる人が悪い人のはずがないです」
「そんな大した人間じゃないよ、僕は。やりたいことをやっただけ」
『そうじゃな』
ドルヒがエデルトルートのすぐそばに立っていた。