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むーくん

 ぱちぱちと、ドルヒが手を叩く音が聞こえた。

『見事であったぞ、相棒』

 そしてその足元では清美が腰を抜かして立てなくなっている。さすがに恋人の頭が潰れたのはショックが大きかったのか、今度は小細工を使う様子もない。

 清美も念入りに殺さないとな。

 僕はゆっくりと清美の方へ近づいて行く。剱田の時みたいに一挙に距離を詰めたりはしない。一歩一歩、死が近づいて行くのを存分に味わってもらわないと。

 コカトリスに体をえぐられた時も、一突き一突きごとに恐怖が増して、死ぬんだろうなって感じた。人を見殺しにした清美にも同じ目に合ってもらわないと。

 そういえば今度は蘇生魔法は使わないな。

 死体の損傷が激しすぎると使えないとか、頭をつぶされると駄目とか、そういった制限があるんだろう。

『それもあるがな、今のハイレンは恐怖で魔法などまともに使える精神状態ではなさそうだ』

 僕の心を読んだかのようにドルヒが補足する。

 清美は目の焦点が合わず、歯の根をカチカチと鳴らしながらまともに立つことさえできていない。両手で体を支え、辛うじて上体だけを起こした姿勢で僕と剱田の死体の間で視線をさまよわせている。

 股の間からは既に黄色い液体が染み出してきていた。心も体も汚いな。

 だが呂律の回らない舌で、何とか言葉を紡ぎながら命乞いを始めてきた。

「やだ…… 殺さないで、」

「お願い、なんでもするから」

「恋人にだってなんにだってなる、毎日でも愛の言葉を囁いてお弁当だって作る」

 僕を苛々させたいのか、こいつ?

 そんなありきたりのお願いで僕の心がいまさら揺れると思ってるのか?

 僕の表情が変わらないのを見てとったのか、清美はアプローチを変えてきた。

「やめて、やめて、私は騙されてたのよ、本当はあなたが一番好き、むーくん」

 むーくん。それは小さいころに僕を呼んでいた呼び方だ。

 幼いころの思い出がよみがえる。一緒に幼稚園の砂場で遊んだり、僕がいじめられていた清美をかばったり、僕がお弁当を忘れたときは清美に分けてもらったりした。

 ふと、清美の髪止めが目に入る。走馬灯のように思い出がよみがえってきた。



 小学六年生のころ、まだかろうじて男子と女子が完全にグループ分けされておらず、男女が話しても変な噂を立てられなかった頃。

「話ってなに、むーくん」

 屋上に呼び出した清美は期待半分、緊張半分って言う感じの顔で僕を見つめてた。

 伏せがちな瞳が夕日に照らされて綺麗だったのを、今でも鮮明に思い出せる。

 僕は清美に向かって一歩踏み出した。清美のおさげが揺れて、その頃は僕よりほんの少し高かった背丈がギュッと縮こまった体のせいで低く見えた。

「こんなことされて、迷惑かもしれないけど」

「でも、どうしてもしてあげたかったから」

 清美が胸の前で両手を握りしめたのが見えた。顔は夕日と同じくらいに真っ赤な色に染まっている。

 胸の鼓動がうるさくて、清美に聞こえてしまうんじゃないかって、変なところで怖くなった。

 僕はポケットに手を入れて、きれいにラッピングされた包装紙をそっと差し出した。

「これ…… あげる」

 だけど清美は少しだけ。がっかりとは違うけれど期待とは違った反応が帰ってきたっていう感じの顔をした。

「開けていい?」

「もちろん。感想を聞かせてくれると嬉しいな」

 清美はこわれ物を扱う様な仕草で慎重に包装紙を包んだセロテープを剥がしていく。

 クラスの他の女子みたいにビリビリと破るような真似はしない。

 中からは赤い髪止めが出てきた。

「これは……」

 僕は清美の手から髪止めを取ると、彼女の前髪にそっと髪止めをつけてあげた。

 彼女の前髪は僕より柔らかかったけど、想像してたより固くて、リアルだった。これが女の子の髪なのか。

「キヨちゃんはいつも前髪で顔を隠しちゃってるから。勿体ないって思って。そうしてたほうが、その、その」

「……かわいいと、思うよ……」

 最後の方は自分でもうまく聞き取れないくらいで。でも清美にははっきりと聞き取れたみたいで。

 僕から目を反らして、いつも真っ白だった頬と手を真っ赤にして、でもはっきりと聞こえる声で。

「ありがとう! むーくん。私の一生の宝物だよ。ずっと身につけて、大切にするね」


「その髪止め…… まだつけててくれたんだ」

「そうだよ! む―くんからもらった大事な宝物だから、捨てるはずないよ!」

 望みを見つけたように、清美の表情が明るくなる。

「これがあなたが一番好きだって証拠だよ!」

「好き、か……」

 あの時、髪止めをただプレゼントするだけじゃなくて。

 恥ずかしがらずに、ちゃんと告白していたら。

 カップルになっていたら。

 清美は……


「きっと今と同じ行動を取ったんだろうね」

「ピンチになったら彼氏でもあっさり見捨てて。自分の安全だけを考える。そんな女だよ、君は」

「え? だって、この髪止めは……」

「一度、君は僕を率先してコカトリスの餌に差しだした。二度目、現在の彼氏である剱田をよみがえらせようともせず僕にひたすら媚びを売ってる」

 清美の顔が青くなり、絶望に染まっていく。

「強い存在に媚を売る。守ってくれる存在と仲良くしようとする。それが剱田で、今の僕だ。君はそれだけしかしないね。全然変わってない」

 清美の顔がさらに絶望に染まる。

 ああ。

 その顔は、今までで一番魅力的だよ。

 もう、いいか。

清美の華奢な体幹ごと心臓を一突きにする。

 清美の黒いシスター服が鮮血に染め上げられ、おさげの髪に血が付着した。同時に髪の毛が数本切り裂かれて地に落ちる。

 剱田の数分の一ほどの経験値が入った。




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