正体
二人して、僕に正論を浴びせてくる。何も言い返せない。
せっかくとどめを刺したのに剱田は蘇ってしまい、僕の体はしびれが残っていてまだ完全には動かせない。
立派な甲冑と剣を身にまとった騎士と、それに従う敬虔なシスター。
その目の前に立つのはみすぼらしい格好のナイフ一本構えただけのさえない男。
この状況が、すべてを物語っている気がした。
「甘えよ!」
剱田が近付いて、剣を振るってくる。
レベルが上がって、楽にかわせるはずなのにかわせない。体の痺れが強くなった気さえする。
僕はかわすこともできずまともに食らってしまい、吹き飛ばされた。服は泥だらけになり口の中に小石混じりの土が入り込んでくる。
かなり時間がたったはずなのに、体の痺れはまだとれない。
『相棒、心をしっかり持て! デパフは心の隙間に入り込んでくるのだ。今の相棒の状態ではやられ放題になるぞ。相棒の復讐は後少しなのだぞ、こんなところで終わる気か』
ドルヒの声は清美よりずっと綺麗だ。
でも声は声でしかない。
清美に騙されて、今はボッチ。
隣には味方は誰ひとりいない。エデルトルートもここにはいない。
後少しなのに。復讐を終えようとしている今の自分があまりにもみじめに思えて上手く戦えない。復讐を遂げたとしても、残るのは虚しさだけ、そんな台詞を思い出した。
『あんな者どもの言うことに惑わされるな! 所詮相棒を裏切ったクズの言うことだぞ』
ドルヒが冷静に諭してくれるけど、言葉が心に響いてこない。
『ち…… 已むをえんな』
ドルヒの声が、今までよりずっと近くに、ずっと綺麗に聞こえた。
僕の手の中からナイフの感触が消える。手を見るとドルヒが光の粒になって消えていた。
ドルヒすら、僕を裏切ったのか?
絶望で心が完全に折れようとした。
決闘中だというのに下を向いて俯いてしまう。だがそこに、明らかに今までなかった人影を見つけた。髪がサラサラと風になびいているのが影の様子からわかる。
清美はおさげだし、剱田は短髪だ。
では一体?
僕は気になって顔をあげる。僕の目の前に一人の少女が立っているのが見えた。
その子は、僕が今までリアルや映像で見てきたどんな女性や少女より綺麗だった。いや、綺麗なんて言葉がこの子に対して失礼にあたる気さえする。
この世のすべての美を集めて作られたように整った顔の輪郭に、黒い真珠のような瞳の色。処女雪のように白くシミ一つない肌。真っ黒なワンピースタイプのドレスを身に纏って、頭からは山羊みたいな角が生えていた。
「君は……?」
はじめて見るはずなのに、今までずっとそばにいたような気がする。
『吾輩は貴様がドルヒと呼んでいた者だ。相棒のレベルがここまで上がったことで実体化が可能になった。何を呆けている? 吾輩は女だと以前言ったではないか』
ナイフの姿でいた時よりもずっと綺麗で澄み切った声が、僕の耳朶に優しく染み込んでくる。
『貴様は一人ではないぞ。吾輩は常に貴様の側にいた。だから存分に戦え』
ドルヒが人の姿になった。ドルヒが僕の側にいてくれた。
僕は一人じゃないと確信できたことで、ふたたび力が湧いてきた。
ゆっくりと立ちあがって剱田と清美を睨みつける。
「女の子にハッパかけられて立ち上がるなんて根性無しだけど…… 僕は僕だ。甘ちゃんで騙されやすい、ただの僕だ。だから僕らしくやらせてもらうよ」




