アオフ・エアシュテーウング(auferstehung)
だけどすぐにぐったりと横たわった剱田に抱きつくと僕を鋭い目でにらんだ。さっきの笑いはおかしくなってしまった笑いかもしれない。
「何で! なんで殺したの、クラスメイトでしょ! 初めの時は助けてくれたじゃない、それは少しは乱暴なこともあったけど! 殺すなんてやりすぎよ!」
初めに殺そうとしたのはお前たちだろ?
そう思ったけど剱田の遺骸にすがりついて、服が血まみれにもなるのにもかまわず泣き続ける清美を見てそう言い返す気がなくなってしまった。
清美のこんな姿を見ていると、さすがに心揺れる。
もともと清美は優しい子だった。
飼っていた犬が死んでしまった時も、亡くなったお婆ちゃんからもらった小物入れをなくしてしまった時も、今と同じように泣いていた。
それを見て許してやろうと言う気になってしまう。清美がこれだけ泣き叫ぶ顔を見ていると、復讐心が薄れて代わりに同情心がわき起こってくる。
清美は剱田の血で真っ赤に染まったロザリオを握り締めて何か呟いていた。死者への弔いだろうか? 清美のおばあちゃんは確か熱心な仏教徒で、彼女の家に遊びに行ったときには必ず居間にあるおばあちゃんのお仏壇に手を合わせて一緒にお祈りしたものだ。
思い出に浸っていると、突然ドルヒが叫んだ。
『馬鹿者! 相棒、罠だ!』
「パラリューゼ(Paralyse)」
清美の詠唱と共に黄色い光が僕を包み、体が痺れたように動かなくなる。
「くっ……」
だがレベル差があるからこれくらいは簡単に解ける。それにヒーラーである清美に僕を殺す手段はないはずだ。今も指先や肘は微妙に動いている。
「すごいね、パラリューゼを喰らってそんなに動けるなんて。でも少しだけ束縛できれば十分」
清美は剱田の傷口に手を当てて、流麗に呟いた。
「天上の神々よ、今こそ奇跡を敬虔な信徒たるわが手に齎せ。アオフ・エアシュテーウング(auferstehung)」
清美が詠唱を終えると剱田の体が黄金色の輝きに包まれる。太陽みたいに眩しくて、目を開けていられないくらいだ。
光は僕の目を焼く。瞼すら麻痺していたのか、目をつぶるのに時間がかかった。
やがて光がおさまり、目が慣れてくると傷口がふさがった剱田が立ち上がっていた。
さすがにこれには驚いた。蘇生魔法まで使えるのか?
「アオフ・エアシュテーウング…… 死後間もなくなら死者すらよみがえらせる究極の治癒魔法よ。岩崎くんの時は死んでから時間がたっていたから使えなかったけど。それにしても」
清美は一旦言葉を切って、僕をあざけるように言った。
「あなたって、ほんとバカね。ちょっと女が目の前で泣いたくらいで隙だらけ。怒りも消えてたわ。根が甘いのに復讐なんて考えるのが間違ってるのよ」
そうだね。根が甘いのは自覚してる。盗賊と戦ったときにもそれは自覚した。
「そうだぜ、キヨが愛してるのは俺だけなんだからよ。俺のためにキヨはなんだってやるぜ」
復活した剱田が剣を担いで、僕を睨みつけてくる。
「だがお前はなんだ? はるばるやって来たってのに、お前は一人じゃねえか。ダチも彼女もいねえ。そんなボッチが何をやった所で最後には失敗するだけだ」
「騙したのか……」
清美を信じたい、その気持ちがまだ残っていたのかもしれない。あれだけひどい目にあわされても、コカトリスの時に見捨てられても。僕の記憶にあるのは僕に守られていた、一緒に遊んだ、優しくて臆病な清美だった。
みんな、嘘だったのか。
「騙す? なに言ってるのよ、あなたみたいに人殺しのネクラなんかより、イケメンで私のことを魔物の群れから何度も何度も守ってくれたナオ君のほうが良いに決まってるでしょ?」
「君だけは、他のクラスメイトとは違うって、そう思ってたのに」
「は? なに勘違いしてるの、このネクラ? 幼馴染で、小さいころにしょうもないことから守ったつもりでいて、たったそれだけで味方? 気持ち悪いにもほどがあるわ」




