ヒーラー
エデルトルート…… 彼女?
僕は名案を思いついた。
僕は剱田とは全く違う方向へ全力で駆けだした。地面を蹴り、湖を駆け、森の方へ駆けこんでいく。液体の上を走るのは桜井戦で沼の上を走って以来だけど難なくこなせた。
あの時より遥かにレベルが上昇したおかげだろうか、もう水の上でさえ地面とほとんど変わらない感触で走れる。
「まて、逃げる気かよ!」
剱田も僕の後を追ってくるが、あいつは湖の上を走れないのか湖を迂回するルートを追いかけてくる。
僕は直線、剱田は迂回。剱田の方が脚が早いが、僕は剱田から距離を離していく。清美と射線が重なるように走っているので奴はグロース・・アングライフェンは使えない。
そろそろいいか。
僕は湖の水面を強く蹴る。水しぶきが日の光を浴びて黄金色に輝き、死闘の真っ最中だというのに美しいと思ってしまった。
空中高く跳んで、清美の前に着地する。
清美は呆けたような、驚いたような顔をしていた。
って、この状況でノーアクション?
戦うのが嫌いな性格は変わってないな……
僕は取り敢えず清美の心臓にドルヒを突き立てようとする。なるべく甚振って殺したいが、今は経験値を稼いでおくことが必要だ。
だが清美に刃が届く寸前で、剱田が割り込んできた。湖という障害がなくなったことで、先回りできたらしい。
「きゃっ!」
ドルヒと剱田の剣が交差し、火花が散った。
「てめえ…… キヨに何しやがる」
剱田が怒りに燃えた瞳で僕を睨んでいる。
こいつにそれだけ嫌な思いをさせられたことに、少しだけ胸がすっきりした。
「サシのタイマン言いだしたのはお前だろうが、正々堂々勝負しろ」
剱田がつばぜり合いの状態から力任せに剣を振るってきたので、僕は後ろに跳んで衝撃を吸収する。僕と清美の距離が大分離れてしまった。
「清美だって復讐の対象なんだよ? どっちから殺すかなんて、君たちに相談することじゃない。それに……正々堂々? 初め、村人を巻き込んで攻撃しまくった君が言えた口なの?」
こいつの口から正々堂々なんて言葉が出てきたので、純粋に驚いてしまった。
「へ、あんなの巻き込まれる奴が悪いんだよ。弱いやつが強いやつに口出すんじゃねえってんだ」
こいつ、罪の意識が一かけらもない。
「というか、正々堂々なんて、正面から戦って勝てる強者だけのものだよ。正々堂々やったら負けて、殺されて、全てを奪われる。そんな弱者だっているんだから」
『そうだ、それでよい』
ドルヒがさっきとはうって変わって諭すような落ち着いた声で話しかけてきた。
『人間などというクズ同然の生き物にはそういう戦い方で相手してやるべきなのだ。正々堂々など言葉を聞いただけで虫唾が走る。相棒の力は、常人が忌み嫌うようなやり方を迷いながらも或いは躊躇なく決断できることなのだ。それも含めた上で互角なのだ』
ドルヒに言葉を肯定してもらえて、元気が出てくる。ドルヒはいつだって僕の味方だ。
でも先に清美を殺してレベルアップしようとも考えたが、剱田に清美から引き離されてしまった。
清美に参戦されたらまずいな……
「キヨ、お前は手出すな。卑怯なやつに正々堂々ってやつを教えてやるぜ。お望み通り剣だけで勝負してやる。それで負けたときのお前の顔が楽しみだぜ」
自分から切り札を封じるなんて…… こいつ根っからの戦闘狂だな。
「わかってる。でもこれくらいはさせて」
清美がロザリオを掲げ、呪文を詠唱する。
「エアホールング(erholung)」
剱田の体が靄のような光に包まれ、薄い光の被膜を纏ったような状態になる。さっきの僕との小競り合いで突いた小さな傷が、少しずつ塞がっていった。
どうやら体力自動回復系のパフらしい。
「私にはこれくらいしかできないけど……」
「ああ、任せておけ」
清美のパフが加わったけど、剱田は接近戦で決めてくる。さっきより状況は好転したと言っていいだろう。