グロース・アングライフェン(grob angreifen)
「じゃあそろそろ本気で行くぜ」
剱田が腰を高くして剣を大きく振り上げる。僕との間合いは軽く剣の長さの数十倍はあった。
あんな位置から何をする気だ?
僕は一瞬だけ疑問に感じたが、すぐに剱田が何をするのかを悟った。恥も外聞もなく後ろに全力で跳び、少しでも剱田との距離を稼ぐ。
「グロース・アングライフェン(grob angreifen)」
中二っぽい叫びと共に剱田は剣を振り下ろした。剣を中心として放たれた閃光は太陽が地面に出現したような強さで目を焼き、わずかに遅れて全身がバラバラになるような衝撃が僕の全身を襲った。
衝撃を喰らいながらも、僕は必死に地面を転がって衝撃波の外に逃げようと試みる。
土にまみれ、草が口の中に入り、酷使しすぎた脚が痛みを訴えるがそれでも逃げる。
永遠とも思える時間が過ぎて、衝撃が止んだ。
目を開けると、そこはまるで別世界だった。
碧く美しい湖も、湖を囲む花混じりの草原も、草原を取り囲む森も、剱田から扇形に放たれた衝撃波で見るも無残な姿と化していた。
湖は岸壁をえぐり取られて泥が混じり、草原は扇形の荒野に切り裂かれ、森は衝撃の余波で木々がなぎ倒されて小動物や鳥が悲鳴のような鳴き声をあげて逃げ惑う。
かって狼を倒した時に使った衝撃波だろうけど、あのころとは威力も効果範囲も桁違いにパワーアップしている。
僕は辛うじて扇形の威力範囲内から逃れたおかげで無事だったが、まともに食らったらおそらく一撃死だろう。
「ドルヒ、僕は剱田と互角じゃなかったの?」
『互角だ。レベルから言えばほとんど差はない。互角だと感じないのは、相棒が未熟だからだ。吾輩の力を活かしきれておらん』
ドルヒが突き放すような言い方をしたので、頭に来た。必死に戦ってるのは僕だよ? 君はナイフとしてしか役立ってないじゃないか。日原たちを相手にした時だって、飛び道具があればあんなに苦戦しなかったのに。
「嬉しい、嬉しいぜ!」
突然剱田が狂ったように笑い始めた。
「この技を目の前で撃たれてかわしたやつはお前が初めてだ! 魔物はどいつもこいつも弱っちょろくて狩り甲斐がなくなってきたしよ、楽しませてくれよ!」
「いいよ、ナオくん、その調子! 愛してる!」
剱田の背後にいる清美が嬉しそうに手を振って頬を染めている。
あんな顔、僕と一緒にいた時にしたことがない。
でも剱田が笑っている隙に清美が声援を送っているうちに、僕は必死に次の手を考えていた。
正面から近付こうとすれば必ずグロース・アングライフェンを喰らうだろう。でも近付かないと攻撃手段がない。一番手っ取り早いのは前後から挟み撃ちにすることだけれど、生憎ソロの僕には一緒に戦ってくれる仲間なんていない。
一瞬だけエデルトルートの顔が思い浮かんだけど、僕は頭を振ってその考えを否定する。これは僕の復讐だ。僕の手でやり遂げないといけない。
それに男の姿をした僕にあれだけの嫌悪感を示した彼女が手を貸してくれるはずがない。




