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『マン・ハンティング~異世界でクラスメイトへ復讐する』  作者:
無力編

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マイペース

 ドルヒの声に清美が眉をひそめるが、ドルヒは続けた。

『お前が傷を治せるから心おきなく兵たちは戦えるし、貴族は兵を死地へ送り込めるのだ。貴族にとって自分に忠実で士気も高い精鋭は貴重だからな、おいそれと戦場へ送り込めん。それがお前の出現で兵を失うリスクが低くなり、戦争を決断させた』

 ドルヒがあの貴族の屋敷でため息をついてたのは、そういうことだったのか。

『貴様の治療が追いつかぬ人間たちが多く死ぬであろう。貴様は多くの人間を癒して、それ以上の人間を死地に追いやったのだ』

「そんなの、嘘だ!」

 清美は耳をふさぎ、子供がいやいやをするように首を大きく振った。

『ではなぜ国力に劣るこの国の王が戦争を決断したのだ? 貴様を勧誘した貴族は何と言っていたのかもう忘れたのか?』

「うるさい、うるさい、うるさい! 私は人々を救うの! 人を治して何が悪いの! 苦しんでる人々を救って何が悪いの! それが間違ってるわけがない!」

『やれやれ…… 善意で動く人間はこれだから困る。善意が何十万という人間を殺すことも珍しくない』

 発狂しかけた清美とは対照的に、ドルヒは変わらず冷徹に話していた。

『それに、王や貴族もなっておらん。大人しくしておけば、土地の割譲と毎年財と女を貢ぐだけで終わる。そうすれば領地を奪われ、女が年間何百人か手込めにされるだけで済むというのに』

「おい、そこまでにしとけよ」

 剱田がドルヒを悪鬼のような形相で睨みつけながら、ドスの利いた声で告げる。

「俺にはそのナイフが何を言ってるのか聞こえねえけどよ、キヨを傷つけるのは許さねえ」

 剱田は臆すことも怯むこともなかった。

 まあ自分が強いから当然だろうけど、自分が負けた時にはどんな顔をするかな。

 その顔を想像するのは…… やめておこう。余計なことに気を取られては、現実の剱田を殺せなくなる。

「キヨ。お前は手を出すなよ」

 剱田は背後の清美に言い聞かせたが、清美は食い下がった。

「なんで? 二人で戦おうよ。私たち、今までもずっとそうしてきたじゃない。それにあんな人殺しに正々堂々戦う必要なんて……」

 清美がロザリオを掲げようとするのを、剱田は剣を振って止めた。空気を鉈で切り裂くような荒々しい轟音に、清美はたまらず尻もちをついた。

「男のタイマンに女が手を出すな」

 剱田は剣の切っ先を清美に向けて、心臓が凍るような恐ろしい声でドスをきかせた。

「ごめんなさい……」

 清美は俯いたまま、ただそう言った。

「わかればいいんだ。ものわかりのいい女は好きだぜ」

 好きと言われただけで、清美は顔をとろけさせた。瞳が濡れたようになり、頬はサクランボの色のように真っ赤になっている。

「んっ……」

 剱田は清美の腰を荒々しく抱きよせて、強引に口付けた。

 合意なのだか無理やりなのだかわからないほどに烈しいキス。二人の口内で舌が暴れ回っているのが遠目にもわかる。

 以前の僕ならショックを受けただろうが、二人が付き合っているのは予測していたこともあって、ショックより気持ち悪さが勝った。ムカつく女のキスシーンを見て何が楽しいんだろう。

 はやくあのとろけた顔を絶望で染め上げたい。

 二人がキスを終えるまで、僕は邪魔せずに見ていた。

「なんだ? お前には刺激が強すぎたか?」

「ナオくん、あんな非モテにちょっとひどすぎじゃない?」

 二人の嘲笑が、今はかえって心地いい。僕をバカにして、裏切って、魔物の餌にした二人の声が今では気持ちいい。

 この声がすぐにこの世から聞けなくなると思うと、嬉しくて仕方がない。

 不意打ちせずに待ったかいがあった。僕の闘志は、今だかってないほどに高まっている。

「別に。それよりそろそろ始めようか」

 剱田が清美から離れると、二人の唇をつないだ唾液の糸がプチンと切れた。

もう二度とつながることはないだろう。

 剱田は剣を構えて腰を落とす。上段でも中段でもない、独特の構え。我流のはずなのにまったく隙が見えない。

 僕もドルヒを構えて、対峙する。

 こうして向かい合うと剱田が今まで戦ってきた相手の中で最強ということがはっきりとわかる。気迫も闘気も桜井や日原、佐伯、岩崎とは桁違いだ。

 気配を探り合う間もなく、剱田が動いた。

 速い。

 十メートルほどの距離を一瞬で詰めると、剣を大上段に振りかぶった。スピードとパワーを乗せた一撃が僕の頭に向かってくる。金属の塊が僕の頭上に唸りをあげて迫ってくる。

 だがそれくらいは読んでいる。体を半身にしてそれをかわすと、振り下ろしてガラ空きになった左小手をナイフを振り下ろして切りつける。

 剱田もそれを読んでいたらしく、手を少し動かして鎧のガントレットの部分でナイフを止めると、剣を横薙ぎに払ってきた。腰の回転と剣の勢いが合わさった強烈な一撃。

 こちらの胴を真っ二つにする勢いの斬撃を咄嗟にジャンプしてかわし、いったん剱田から間合いを取った。

「やるじゃねえか」

 剱田が剣をぺろりとなめた。喜びにうち震えているという感じの顔で、狂気と歓喜と興奮が入り混じっている。清美は言われたとおりに手を出さず、僕らの殺し合いを顔を青くしながら見つめていた。

青く澄んだ湖の周りの地面は僕たちのフットワークで抉れ、美しい緑色の絨毯は抉れた土が混じって様相が様変わりしていた。

 初めてのクロスレンジの武器同士の戦いだけど、ドルヒの力のおかげか短剣の扱い方が体になじんでいる感じだ。間合いはあっちの方が長い。一方僕は小回りが利く。それを見極めて攻撃を仕掛ける必要があるだろう。

『相棒。なるべく早めにケリをつけろ』

「確かに、手の内がよくわからないから何かされる前に片づけた方がよさそうだ」

 僕は汗で濡れたドルヒをしっかりと握り直す。進化してグリップに滑り止めがついたドルヒは、これだけの激戦でも刃の向きが変わることはなかった。

『阿呆。この美しい自然が汚されるのが我慢ならんだけだ。吾輩は人間以外の生き物は大好きと言ったのを忘れたか』

 こんな時でもドルヒはドルヒだ。

 マイペースな彼、いや彼女? のお陰で高ぶっていた思いが少し落ち着いた。


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