湖
「ここか」
町から遠く離れたとある場所。森の中ほどに開けた場所があり、そこに青く澄んだ湖があった。町からは遠く離れ、魔物が近くに生息しているので人は住みつかず、獣や鳥だけが水を求めてやってくる。
小鳥は管楽器のように澄み切った声でさえずり、うららかな日差しが草花に降り注いでいる。
そこに甲冑と剣を携えた目の鋭い男と、修道服に身を包み柔和な笑顔をたたえた女子がやってきていた。
「こんなところに病気の人がくるの?」
「ああ。大貴族である領主の館の一室にわざわざ手紙を届けられるくらいの奴だ、知る人ぞ知るってやつなんだろうぜ。わけあって人に見られるのが駄目で、ここで落ちあいましょうって書いてあったが」
剱田は空を見上げる。太陽はちょうど中天に差しかかる頃、時計がある世界なら正午の時刻だ。
「そろそろ時間だぜ、キヨ」
清美がロザリオを掲げ、祈るように見つめる。
茶番も終わりか。
僕は森の木の陰から体を出し、彼らの前に姿を現した。
「久しぶりだね。剱田、清美」
僕は二人の前に堂々と姿を現す。この二人に奇襲が通用するはずもないと思ったのもあるけれど、生きていた僕を見た清美の反応を確かめたかったのだ。
「お前…… 生きていやがったのか」
「コカトリスに食べられたんじゃなかったの? じゃあ村人たちは……」
剱田はビビることはないけれど、大体他の奴らと同じ反応だな。清美は…… 僕の心配じゃなくて、村人の心配か。
「色々あったけど、何とがこうして生き残ってる」
しかし会話すると、殺したくなってくるな。声が、顔が、雰囲気が不快で仕方がない。僕を生贄にささげたときのことがフラッシュバックしてくる。
「そうだ! 岩崎君が死んじゃったの。桜井君たちもいないし…… どこにいったのか知らない?」
人を見殺しにしておいて、その会話の流れか。
ごめんの一言もない。
まあ、当然か。僕が死ぬのが正しいって、今も思ってるんだろうし。
そう考えていると、剱田が清美をかばうように前に立った。剣も抜いている。
「剱田君?」
「キヨ。気をつけろ。こいつまともじゃねえ」
意外と鋭いな…… やっぱり喧嘩慣れしてる分、殺気にも敏感なのだろう。
「あの手紙はお前か」
「そうだよ」
「どうやった? あの屋敷には普通の人間は入れねえはずだ」
「知ってどうするのさ」
単純に屋敷に潜入した際に部屋に投げ入れただけだけどね。ヒロイーゼさんから入手した情報ではお忍びで治療を頼まれることもあるらしかったから、ああいう内容の手紙にした。のこのこ出てくるかは半信半疑だったけど、上手くいって良かった。
僕もドルヒを抜いた。これからは殺しあいだ。
『相棒、舌戦はここまでにしておけ。相棒があの四人を殺したことを知ろうが知るまいがこいつらには関係ない』
ドルヒが僕にしか聞こえないはずの声で語りかけると、なぜか清美が顔を青くした。
「岩崎君たちを…… あなたが?」
二人を相手にして、僕は初めて驚愕した。




