開戦
「聞いての通り、隣国と戦争になった」
「ひどいことをしますね。なんで殺し合いなんてするんです」
この屋敷の主らしい声と清美の声が、部屋の中から聞こえた。
「無論戦争は忌むべきものだ。だが隣国はこれまでに何度も我が国に攻め入ってきた。このまま手をこまねいていればあちらは更に軍備を増強してくる。準備が整わないうちに先手を打ったのだ」
「話し合いで終わらせればいいじゃないですか」
「話し合いとは、お互いが対等な力を持って初めて成立するものだ。隣国の力は遺憾ながら我々より上。話し合いは一方的な譲歩となる。大幅な領土の割譲、女性や金銀を貢物として毎年納めなければならなくなる」
女性を納めると聞いて、清美の雰囲気が変わった。剱田からは愉悦の雰囲気しかしないけど。
「私も貴族の一人として兵を出す義務がある。そこでだが、君たちも協力してくれないか。無論地位も待遇も保証する」
「ふざけんじゃねえ」
それまで黙って聞いていた剱田がテーブルを叩く音がした。
「戦争だ? 勝手な話だな。あんたらだけじゃ勝ち目がないから俺らをスカウトするって腹か。やるなとは言わねえが俺たちを巻き込むなよ」
剱田がそれだけ言って、席を立ちあがる音が聞こえた。僕は慌ててドアから逃げようとするが、清美の澄んだ声がそれを引きとめた。
「私は人を癒す力しか使えません。人を傷つけるのは嫌です。それでもよろしいですか?」
「勿論です! 戦場では軍医や衛生兵がいくらあっても足りませんからな、癒しの聖女のあなたがいればどれだけの将兵が救われることか!」
おそらく清美はここに来る前から返事を決めていたのだろう。清美の優等生的な返答に、主らしき人が感極まった声をあげる。
だがなぜかドルヒはため息をついていた。
「ありがとうございます。私がいる限り、兵士の皆さんは誰ひとりとして死なせませんから」
「キヨ、そんなに安請け合いして大丈夫か? 戦場っていうのは楽な場所じゃねえはずだぞ?」
剱田が清美を諌めるが、清美は聞く耳を持たなかった。
「そんなことは承知の上だよ。でも、助けられる力があるのに助けない方がもっと辛いから」
「そうか、キヨがそう言うなら止めねえ。でも、必ず俺がお前を護る」
「ありがとう、ナオくん」
二人が唇を重ねる音がした。
「ご協力ありがとうございます。では、詳しい日時はのちほど」
このままここにいたら見つかるな。いっそこのまま乗り込むか。岩崎みたいに建物を崩して足を止められないように注意しておかないと。
だが前に踏み出そうとした僕の足を、ドルヒが止めた。
『相棒、デーゲンと互角になったといえどもハイレンと一緒にいられると面倒だぞ。まずはハイレンだけでも不意を突いて殺しておけ』
確かにそうだ。佐伯と日原の時も二人で組まれてかなり危なかった。
最後に失敗したら目も当てられないし、念には念を入れておくか。




