チート
これからどうするかを話し合ったけど、とりあえず食料を探そうということで村か町を探して森の中を歩いていくことになった。
剱田たちは新しく手に入れた力を試したくて仕方がないらしく、何も襲って来なくても盛んに剣や杖を振って自然破壊を繰り返していた。
一方僕や清美は大人しく彼らのあとをついていく。
剱田たちが剣を振り回すおかげで獣の影すら見えなくなり、とりあえずの安全は確保されたようだ。
「私たち、どうなっちゃったんだろう……」
清美がロザリオを握り締めながら不安げな声を漏らすので、僕は隣で元気づけていた。他のクラスメイトとはもうあまり関わりあいになりたくないこともあって、清美の側にいるようにしている。
「僕にもわからないよ。でもとりあえず食べる物を探すしかないね、その後のことは
その時に考えればいいから」
「そうだね」
清美は不安を言葉にすると気がまぎれるみたいだけど、少しするとまた不安になってくるみたいで、その度に僕に愚痴をこぼしていた。
そんな清美の情緒不安定さは、傍で見ている僕をかえって冷静にさせる。
一体なぜ、僕たちはここにやってきたのか?
どんな力なのか?
それに、僕たち全員が持っているこのチートな能力は何のためにあるのか?
疑問は尽きず、ラノベや漫画の知識を総動員して考えると結構面白い。でも時折、隣に僕がいるのに僕以外の誰かに視線を送っている清美のことが気になった。
「村が見えてきたぜ!」
先頭を歩く岩崎がでかい声で叫ぶ。
森の中の小道のはるか先に、小屋が点在する村らしき場所が見えた。小屋のいくつかから白い煙が立ち上っているのを見ると、おそらく食事時なのだろう。
「これで食べ物にありつけるな」
「もう腹がヤバいぜ」
「でも、分けてくれるの?」
剱田と岩崎の声に、清美が冷静な指摘をした。
「確かになあ…… こういうところって、重税とか天候とかで、日々の食べ物にも事欠いてるっていうのがお約束だし」
だが剱田は平然と言った。
「は? お前ら何言ってんの?」
「そうそう、俺らにはこれがあるぜ」
岩崎はワンドを掲げながら言った。
「よこさないって言うんなら奪い取るだけだ」
二人の言葉に顔をしかめるクラスメイトが何人かいるけれど、誰も反対の声をあげなかったけど、僕は会ってもいない村人にそんな考えが抱けるこいつらに吐き気がした。
カツアゲする奴はどこに行ってもカツアゲするのか。
でも逆らえる力を持っていない自分が悔しかった。
だが更に近付いて行くと、悲鳴と唸り声が聞こえてきた。
それを聞いた剱田と岩崎は逃げるどころか獰猛な顔で村の方向へ駆けだしたので、僕たちは必死に追いかける。あの二人がいなくなったらまた狼に襲われたときに殺されるのがみんな分かっているからだ。
清美をはじめ、他のクラスメイトのチートも強力だけど狼を一掃できるほどの威力がない。あいつらに守られるなんてはっきりいって死ぬほど嫌だけど、追いかけるしかなかった。
村にたどりつくと、村は見たこともないような青い熊の群れに襲われていた。鋭い鉤爪を振り回して家をなぎ倒し、人を食いちぎり、村を囲う柵を破壊していく。
熊が群れをなすのか? と思ったけどそれがこの世界の仕様なんだろう。
この世界はバグか。
剱田と岩崎がふたたび剣と杖をふるって青色熊を一網打尽にし、他のクラスメイト達もそれぞれのチートを使って倒していく。
その度に轟音が上がり、木々が倒れて地震のように森が揺れる。熊だけでなく村の人も巻き添えを食って吹き飛ばされていくのが見えた。
でも火属性のクラフトはないので森林火災はなさそうなのが不幸中の幸いだ。
ちなみに僕はナイフしかないので、吹っ飛ばされた熊たちにとどめを刺す係だ。地面に吹き飛ばされてまだ呻いている熊達の喉にナイフを突き立てていく。
動物に刃物を突きたてて殺すことに嫌悪感があると思ったけど、自分でも不思議なくらいに罪悪感なく突き刺せた。このナイフの力かもしれない。
まああんなチートがついていたらこれくらいは当然だろう。
清美は傷ついた村人を治療していく。傷ついた村人たちの側に跪いて、い乗るようにロザリオを掲げると淡い光が村人を包み込み、傷を癒していく。
その様はまさに聖母で、治療してもらった村人たちは涙を流して感謝していた。だが死んだ人だけは治せないらしく、清美はその人たちの前で涙を流していた。
傷を見ると狼や熊に襲われたのではなく、剱田や岩崎の攻撃に巻き込まれて死んだ人が圧倒的に多かったが、清美も他のクラスメイトもそのことは口にしなかった。
他のクラスメイトと比較しても突出した力を持つ、あの二人に逆らったらどうなるか。教室の人間関係がここでも再現されていた。
熊を全滅させ、村人を治療し終わった後で全員が集合した。
「お前らどうだった?」
岩崎が岩石のついた杖を掲げて楽しげに武勲を語りはじめると、剱田はもちろん他のクラスメイト達も銘々が戦闘について話し始めた。
「俺のクラフトで熊を真っ二つにしてやったぜ」
「俺なんか熊が爆散したぞ」
「僕は…… 地面を泥沼にして熊達を沈めた……」
そしてどうやら、熊を倒すごとにクラフトの威力が向上していったらしい。剱田の衝撃波も明らかに吹き飛ばす範囲が広がっていたし、清美も終わりの方は手足を食いちぎられた人すら治すことができていた。
だが僕のナイフは一向に威力が上がらなかった。ナイフが大きく立派になるわけでも、衝撃波が出るようになるわけでもない。十頭以上の熊にとどめを刺したのだから少しはレベルが上がってもいいはずなのに、どうやらクラフトを使わないとレベルが上がらないらしい。
それなら僕はレベルを上げない方がいいのかもしれない。
「これはこれは、旅のお方。お陰で村は救われました。何とお礼を言っていいか」
僕たちが村の側で雑談していると、白ひげを蓄えて杖をついた村長らしき人が村のから出てきてお礼を述べた。丁寧な物腰で好感が持てそうな人だ。
だが剱田はお礼の言葉をさえぎって、当然のことのように言った。
「お礼なんてどうでも良いっての。それより俺らは腹が減ってるんだ」
「食い物を出してくれるとありがたいんだがな」
「これはこれは失礼しました! 村の恩人に対しとんだ失礼を! すぐにご用意いたします」
ドスの利いた声にビビったのか、見せつけられた力のせいか、村長は未だ破壊された家の目立つ村に僕たちを案内して宴の準備を命じた。