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「誰って……」
昨日会って、一緒に仕事した仲じゃないか。
エデルトルートは人の顔を覚えるのが特別に苦手なのだろうか、それとも健忘症か何かの病気なのか?
戸惑っている僕に、ドルヒが小声で話しかけてくる。
『相棒、今の相棒は男の格好だ。昨日この子娘と話した時は女装していただろう』
ドルヒの言葉でやっとわかった。
僕にとってはエデルトルートは命の恩人だけど、彼女にとってみれば今の僕は彼女の苦手な若い男でしかない。
「ごめん。人違いだった」
僕はもっともらしい言い訳を付けて、謝った。
エデルトルートはそれでも警戒を解かず、ヒロイーゼさんの影に隠れて僕を怯えと憎しみの混じった目で見ている。
人を殺すのには慣れたけど、昨日まで仲の良かった子にここまで態度を変えられるのはショックだった。
『相棒、気にするな。人は基本的に醜く、恩知らずで身勝手な存在だ。相棒はそれを誰よりも知っているはず』
「そうだね。また村人みたいに裏切るかもしれない。その前に距離を置いてくれた方が、良いか」
僕は自分に言い聞かせるようにそう言った。
「いらっしゃいませ! お二人でよろしいですか?」
「こちらのお席へどうぞ」
仕事帰りの人間が多く集う酒場、ヒロイーゼさんの店。そこは剱田たちがここ数日利用していないせいか、少しずつ以前のにぎわいを取り戻してきていた。
剱田たちがいるせいで足が遠のいていた常連さんも、彼らが来なくなったと聞いてまたヒロイーゼさんたちを愛でたくなったのか足しげく通っている。
そんな店で、今人気急上昇中なのが……
「おいムラちゃん! こっちにシュヴァイツネクセと黒ビールだ!」
僕だ。フリフリのエプロンとヘッドドレスに近頃、違和感がなくなってきた。
エデルトルート達と別れてから数日、剱田たちの行方を自分なりに追ってみたがさっぱりつかめなかった。だが町を出たという目撃も聞かなかったので、どうやら剱田たちはこの町の有力者の館にでもこもっている可能性が高い。しかしどの館かはわからないし、手当たり次第に襲撃するのも無理がある。
そこでヒロイーゼさんに情報収集を頼みつつ僕自身もこの店で客の噂に耳をすませることにした。僕が女装して再び店に現れるとエデルトルートはまた満面の笑顔で迎えてくれた。どうやらゼーリッシュに憑かれていた昨晩の記憶は一切ないらしい。僕を心配して見に行ったことすら忘れている。
それは好都合だったけど、彼女をだましている感じがして心が痛んだ。
「ムラさん。その食器はこちらです」
「ありがとう、エデルトルート」
僕よりずっと小さな女の子だけどこの酒場では僕よりずっと先輩で頼りになる。お客さんからも結構かわいがられていて、人見知りだけど顔なじみのお爺さんくらいの人からは孫扱いで結構人気があった。
でもあの中に、また岩崎みたいのがいなければいいけど。僕はエデルトルートが注文を取りに行くたびに心配で、目を光らせていた。
「エデルトルートにご執心ですね、ムラさん」
「ヒロイーゼさん…… 別にそんなんじゃないです。ただ、ほうっておけなくて」
「それをご執心というんですよ」
ヒロイーゼさんは最近、こうやって僕をからかってくることが多くなった。ドルヒいわく、それは僕が信頼された証らしいけどなんだか慣れない。
「わざわざ僕をからかいに来たんですか?」
「それは目的の半分です。残る二人について情報が入りましたよ」




