ゼーリッシュ(seelisch)
そこには、エデルトルートによく似た子が立っていた。
エデルトルートに顔はそっくりだけど、頭からは山羊のような角が生え、スカートの隙間からはコウモリの翼のように真っ黒な尾がのぞいている。左手にオ―ブのような宝石を持っており、それが月光に照らされて白く輝いていた。
「君は……?」
「私です。エデルトルートですよ、ムラさん」
だがドルヒが珍しく、焦ったような声を出した。
『貴様…… ゼーリッシュ(seelisch)か』
「ゼーリッシュって?」
『文字通り、幻覚を操る悪魔だ』
「でもエデルトルートが悪魔と契約できるはずがないって……」
『だからおかしいのだ。というより、吾輩は人間ではなく悪魔と話している感じがするぞ』
悪魔と話している。あの角と、尾。まさか?
「エデルトルートをどこにやった?」
僕は怒りを込めてエデルトルート、いやエデルトルートもどきを睨みつけた。
「どこにも行っていない。ちゃんと、ここにいる」
エデルトルートもどきは自分の胸の中心を指さして、とんとんと叩いた。
「エデルトルートは心が弱すぎて、悪魔を使役できない。だから悪魔の力を使う時は私が表に出る」
でもこのエデルトルートもどきは本物と性格も喋り方も変わっていない。まるで本物みたいだ。
『ゼーリッシュ…… 何の気まぐれだ? 悪魔にしては珍しく悪魔同士の戦いに関与したがらぬ、世捨て人のようなお前が』
世捨て人…… 現代で言うとニートか引きこもりか。引きこもるのが山奥かうす暗い部屋かの違いしかないらしいけど。
「暇してた。そうしたら、珍しく純粋な心の叫びを聞いた」
「この子はあなたを心配して、店から追ってきていたらしい。あなたがフェルゼンと宿に入るところ、宿が半壊していたところを見ていた」
「宿が半壊して、あなたが瓦礫の奥でフェルゼンに殺されかかるところを見ていた。そして、心の底から、何の邪念も駆け引きもない、ただ純粋な思いが聞こえた」
「『ムラさんを助けて』と。私は幻覚を操るから、逆の真心が大好物。だから私はあなたを助けた。ただそれだけ」」
ゼーリッシュは一通り話し終えるとあくびをして、眠そうに言った。
「私はこれで戻る。縁があればまた会うかもしれない。じゃ」
エデルトルートの頭とお尻からツノとしっぽが消え、同時に左手に持っていた宝石も消える。同時に、彼女は糸が切れたように地面に崩れ落ちた。
僕は慌ててエデルトルートを抱きとめた。抱きとめたエデルトルートの体はやっぱり小さくて軽かった。エデルトルートを店の中からすぐ見える位置に寝かせ、僕はこっそりとその場を離れた。ほどなく、店の入り口が開かれた音が聞こえた。




