光
再び心が折れかけた時、またエデルトルートの声が聞こえた気がした。
『ムラさん。目をつぶってください……』
なんだ? 幻聴にしてはいやにはっきり聞こえる。さっきとは声の明瞭さが段違いだ。
『信じられなくてもいいです。でも最初のお願いだけは聞いてください。三秒後、隙ができます……』
清美の可愛らしい声とも、ドルヒの声優のような声とも違う。
弱いけれど耳に染みこんでくるような、いつまでも聞いていたくなるような、例えるなら森の妖精のような声。
どうせ今のままでは殺される。下手をしたら犯されるかもしれない。
僕はやけっぱちになって目をつぶった。
一。
「へ、とうとう諦めたか? まあ女装してるけど下手な女より可愛いしな、後ろから犯してやる」
二。
すぐにでも喉をつぶしてやりたくなるような、岩崎の不愉快極まりない声が聞こえる。
三。
真っ暗だった視界が突如、白く輝く。
目をつむっていても瞼越しに目を焼かれるような、凄まじい光量の閃光が僕を襲った。
「ぐわああ!」
獣がのたうちまわるような品性のかけらもない声が前から響いてきた。
痛みが体中を襲うけど、僕は構わず岩崎の腕を振りほどく。
岩崎は目を両手で押さえてのたうちまわっていた。これが演技とはとても思えないし、強者である岩崎が演技をする必要もない。
僕はためらわずに、岩崎の首の中心、胸鎖乳突筋の隙間にドルヒを思いっきり押しこんだ。
筋肉の隙間から喉を突かれ、気管と食道を串刺しにされた岩崎はほどなく絶命し、同時に僕に莫大な経験値が手に入った。
「やった……」
僕は安堵と達成感のあまりその場に座り込んでしまった。
まだ息が荒く、戦闘の興奮が冷めない。
『相棒、休むのは後だ。人が集まってくる。急いでここを離れろ』
ドルヒの言葉にしたがって僕は急いで現場を離脱する。ヒロイーゼさんと一緒に町を歩いて、地理に詳しくなっていたのも役に立った。
歩いて歩いて、僕は力尽きてヒロイーゼさんの店の近くで座りこんだ。
ヒロイーゼさんの店からはまだにぎやかな声と、それを相手するヒロイーゼさんたちウエイトレスの声が聞こえてきて、戦闘でささくれだった僕の心が少しだけほぐされるのを感じた。
「もう一歩も歩けない……」
店の裏には空の樽や空いた木箱が整理しておかれている場所だ。明日になれば業者が回収しにくるのだろう。
僕は空を見上げる。
このところずっと森で野宿していたから、広い空を眺めるのは久しぶりだった。
日本では見たこともない星の配置に、異世界に来たのだと実感させられる。汗と血で汚れた体に、夜風が心地よい。
さすがにこの格好だとばれるので、血を裏の井戸でぬぐって服を着替えた。
「ところで…… 僕を閃光みたいなもので助けてくれたのは誰だったんだろう? 声からして、エデルトルートかと思ったんだけど」
『あの小娘ではない。あの閃光と声は明らかに悪魔の力だ。だがあんな小娘が悪魔と契約すれば、精神が耐えられまい。声が似ていたのは偶然であろう。声や姿を変える悪魔も存在する』
ドルヒが言うのなら、違いないか。
「いいえ、私ですよ。ムラさん」
森の妖精のような声が、すぐ後ろから響いてきた。




