罰
びくともしなかった。
力の差は絶望的なほどで、引っ張っても押しても岩崎の腕は微動だにしない。
正面に立つ岩崎の顔に、かつてないほどの恐怖を覚えた。
「舐めた真似しやがって」
僕の腕をつかんだまま、岩崎は僕の腹に膝蹴りを入れる。内臓が全部つぶされたかと思うほどの衝撃が襲い、腹の中のものをすべてぶちまけてしまう。
岩崎は嘔吐物をよけようともせず、さらに頭突き。交通事故に会ったかと思うような衝撃と共に世界が揺れ、銀色のちかちかするものが視界いっぱいに広がった。
「け、やっぱりザコはザコだな」
まずい。意識が遠のいていく。
殺したいけど、体が言うことを聞いてくれない。辛うじてドルヒをつかむ手は生きているけど、岩崎が掴んでいなかったら倒れている。
ここで終わりなのかな。
やっぱり、僕は弱かったのかな。
体中を襲う倦怠感に身を任せると、すっと楽になる。
もう三人も殺したし、村人にも復讐したし、これくらいでいいかな……
『相棒、相棒! しっかりせんか!』
今まであんなに勇気づけられていたドルヒの声も、今は鬱陶しいものにしか聞こえない。
もう、いいよね。
そう思い僕は意識を手放そうとした。
『ムラさん!』
エデルトルートの声がした気がして、周囲に視線を巡らせた。
でも周りには岩崎以外誰もいない。横を見ても崩れかけた柱と漆喰、煉瓦とその隙間から差し込む月光以外に何もない。
でも急に力がわいてきた。そうだ、僕は僕のためだけに復讐するんじゃなかった。エデルトルートみたいに乱暴された女の子や、ヒロイーゼさんみたいに自分の店をめちゃくちゃにされた人、彼女たちのためにもこいつを殺す必要がある。
でも状況は何一つ変わらない。
僕はこいつの腕をほどけないし、ドルヒで切り裂くのも手が動かないから無理。素手の攻撃は何一つ通用しない。
『相棒、気がついたか』
ドルヒの声に意識を向ける。
「どうしようか」
『正直言って、どうしようもない。逃げることも殺すこともかなわん』
「まだ見せてないドルヒの力とかないの? ナイフが伸びるとか、遠隔操作が可能になるとか」
『吾輩をトンデモ武器扱いしてくれるな。ナイフにそんな真似ができるわけがなかろう。それにこれは、相棒の復讐だ。相棒の力で何とかしてみろ』
朦朧とする意識で脚を振り上げ、岩崎の股間めがけて攻撃してみるが大腿部の筋肉に邪魔されて届かない。
目を狙って血まみれになった口の中から血を吐きだしてみるが、岩崎が息を吐きかえすと血しぶきが全部僕の方へ跳ねかえってしまった。なんてSTRの差だ。呼吸ですらこれか……
「はは、お前阿呆か? 喧嘩なれしてねえお前みたいなオカマが何したって無駄た」
またバカにされた。
悔しい。
悔しい。
悔しい……
落ちつけ。落ちついて状況を整理しろ。
僕の能力は何だ? カルトマヘンは人を殺すことで多くの経験値を得られ、傷が癒える。急所の情報が入ってくる。
だが周りに殺せそうな人間は見当たらないし、今の僕のレベルでは一般人を殺したところでろくな回復はできない。急所の情報は入ってくるけれど、岩崎はことごとくガードしてしまう。
現実は非情だ。こんな時、ラノベだったら仲間が助けに来てくれるのがお約束だけど僕には仲間なんていない。裏切られたし、殺したし。
罰があたったのかな……




