宿
「色々と知られちゃったし…… ここまできたら、全部話してもいいかしら?」
ヒロイーゼさんがエデルトルートに確認をとるように聞いた。
「いい…… です。ムラさんは女性ですし……」
その信頼と言葉が心に痛いけど、聞かせてもらうことにした。
「この子、あの岩崎って子に乱暴されそうになったんですよ」
ショックで、なんて言ったらいいかわからなかった。
岩崎が? こんな小さい子を?
「あの岩崎って人、弱弱しい女の子を荒々しく自分のものにするのが好きなんですよ。この町の子も何人か被害に遭ってるんです。この子は幸い未遂に終わったんですけど、心の傷は深くて」
ヒロイーゼさんはエデルトルートをぎゅっと抱きしめて、唇を血がにじむまで噛みしめていた。
「……私は操は無事でしたから…… まだいいです。奪われてしまった人たちの方が辛いはずです。私なんかが被害者面するなんて、おこがましいです」
「なんで官憲に訴えないんですか?」
婦女暴行やその未遂は被害者が発覚を恐れるっていうから、それだろうか。
「訴えました。でもこの町はあの剱田や岩崎という人たちが周辺の魔物を退治してくれるから平和なんだって、そう言って取り合ってくれなかったんです。私にはこうしてこの子を慰めることしかできなくて。だから痛い目に合わせてくれる人を探していたんです」
怯えるエデルトルートと、彼女を必死に慰めるヒロイーゼさんを見て。
僕は初めて、自分以外の人のために復讐してやろうという気分になった。
『相棒』
これまでずっと黙っていたドルヒが久しぶりに話しかけてきた。
『同情は止めはせん。吾輩も女だから岩崎という男には特に虫唾が走る。だが前も言ったとおり、真っ向から立ち向かっては不利だ。一対一でもフェルゼンには勝算が薄かろう。どうする?』
「考えはある。昔からよく使われてる方法だよ。はっきりいってやりたくないんだけど…… 小さな女の子にあんな顔をさせた奴は、どんなことをしてでも殺したいからね、するよ」
ヒロイーゼさんたちに気分が悪くなったから帰ります、といって服を着替え、その場を後にした。
ちなみに女装は解かず、そのままだ。
ヒロイーゼさんが「目覚めたんですね」と言っていたけど、気にしない。
剱田たちの後を追って夜の町を歩く。街灯なんてないこの世界は夜になるとまるで別世界のように暗くなり、家々の窓から漏れるランプやろうそくの光と空の月だけが光源だ。
幸いあの三人はこの町でも有名人になっているので道行く人に聞いたらすぐにどちらへ向かったか教えてくれた。
剱田と清美は一足先に宿へ行き、岩崎は歓楽街に飲み直しに出かけたらしい。飲み直す店はヒロイーゼさんの店のように健全なお店ではなく大人の店らしい。
商店や飲食街が並ぶ通りを抜けて歓楽街の方へ行くと町の雰囲気が一変した。立ち並ぶ店の作りが奥に客を呼び込むのに適するように入口が道から奥まった所にあり、露出の高い服を着て客寄せをする女の人と、すでに酔って顔を赤くした客がそこかしこに見られた。
少数だが美少年も交じっている。
ちょうど店の一つに入ろうとする岩崎を見つけ、僕は声をかけた。
「あなたが、岩崎さん…… ですね?」
僕はできるだけ、か弱い女子を装う。下を向いて、小声で話す。目も極力合わせない。
声でばれないようにするためと、彼の嗜虐心をそそるように。
「そうだが?」
岩崎が僕を鋭い目で見る。
ばれたのか?
そう思い心臓が冷たくなったような感触を覚えたが、いまさら後には引けない。
「そうです…… こんなところでは話しづらいので、場所を変えてもよろしいでしょうか?」
そう言うと岩崎はイヤらしく顔をゆがめ、僕の腕をとって歩き出した。こうすると腕の太さの差が如実にわかる。
パッドを入れた胸に岩崎は興奮しており、鼻息が荒い。ばれてないのは安心したけど、 気持ち悪い。
もう片方の手に握った岩石のついた杖が、僕を威圧するかのように掲げられていた。
歓楽街の路地裏に岩崎を引っ張りこんで壁を背にして立ち、単刀直入に切り出した。
「あなたが好きになってしまいました」
吐き気がするような告白だが、なんとか絞り出せた。
「あなたの強さ、たくましさを見て…… だんだんと、想いが募って…… あなたを見るだけで、胸が締め付けられそうになるんです」
岩崎は僕の告白を黙って聞いていた。
どう反応する?
他に女はいくらでもいる、と切って捨てられる可能性も高い。だがヒロイーゼさんからの情報やさっきまでの僕への反応からして勝算は十分にある。
気弱そうに見える女の子が勇気を振り絞って告白、という絶好のシチュエーション。
さあ、どうだ?
どうくる?
僕の顔のすぐ横に、岩崎は掌を突き出した。壁に当たって建物が大きく揺れる。ぐっと、顔を近付けてくる。
まさか、ばれた?
僕は咄嗟に服の下に隠してあるドルヒに手をかけた。
だが岩崎は至近距離で満面の笑顔になって言った。
「気に行っちまったぜ。俺の彼女になれよ」
ああ、いわゆる壁ドンか。岩崎から殺気も感じられないので、僕はドルヒから手を離す。
「私でよろしければ……」
僕はゆっくりと頷いた。
「一発オーケーか! 気弱そうだけど意外と思い切りがいいんだな。じゃあ恋人同士でやることやろうぜ」
そう言って、 僕の服に手をかけた。
いきなりか。こいつクズの中のクズだな。
「こんなところでは…… せめてあなたの部屋で」
「ケチくせえこというなよ。恋人同士なんだろ? じゃあ問題ねえじゃん」
「他の方に見られたくないので…… せめて、あなたの部屋で」
「おおそうか! それももっともだな」
岩崎は僕の服から手を離し、意気揚々と歩きだした。
単純で助かる。自分が恨まれていないとでも思っているのだろうか?
僕は衣服を整えながら、腕を組んだ岩崎の隣を歩く。
岩のついた杖から手を離す様子はないし、あの力では無理に奪い取ることも難しいだろう。
彼の宿へ到着した。町の人の噂では剱田や清美とは離れた場所に取っているらしく、これならあの二人にばれることはなさそうだ。
内装は清潔で広いが、荷物などはほとんどなく至ってシンプルだ。
岩崎はフェルゼンの杖を壁に立てかけると、僕をベッドへ手招きした。体も洗わずにしようとするのか。これじゃ清美が性病の治療までやってそうだな。
僕はゆっくりとベッドに腰かけると、服に手をかけた。岩崎は興奮しきった顔で僕を見つめている。
片方の手を服の中に入れたまま、僕はベッドわきに立てかけてあったフェルゼンの杖を掴む。
岩崎が疑問符を浮かべたが、もう遅い。
僕は窓の外へ杖を思い切り投げた。杖は見る見るうちに立ち並ぶ家の屋根を超え、野球のホームランのように飛んでいく。城壁の外辺りで落下音がした。
投げるのは苦手だけど、今の僕のATKからすればコントロールを度外視すれば遠方へ投げることは難しくない。武器がないとクラフトは使えない。
「て、てめえ」
岩崎が憎々しげに僕を睨みつける。
岩崎と剱田がクラス内で君臨していた時の恐怖がよみがえるけど、手の中のドルヒを握り締めると自然と落ち着いた。
僕はカワセミのように鋭く踏み込むと、岩崎の懐に入る。咄嗟のことで岩崎は反応できていない。喉を一突きにしようかと思ったが、身長差があるうえに隆起した胸の筋肉が邪魔で下からは喉を狙いにくい。
僕はドルヒを肋骨の隙間から、心臓目がけて突きこんだ。




