エデルトルートの震え
「いやはやどーしてこーなった……」
僕は今、酒場でウエイトレスとして給仕の仕事に従事している。
服装は先ほどのミニスカートじゃないのが幸いだけど、袖といい襟といいフリルのついた可愛らしい服装に相成った。紺を基調にした、ヘッドドレスとエプロンのみ純白の白というシンプルかつ美しいデザイン。客として愛でるなら最高の気分になったかもしれない。
だが現実は鼻息荒いおっさんや荒くれ者に愛でられている立場だ。
もう死にたい……
人気のある店なのか、日が落ちて間もないというのに店内は満員だ。おっさんたちが陽気に騒ぎ、ウエイトレスさんたちは時に一緒に笑い、時に彼らを諌めている。いわゆる楽しい空間というやつだろう。僕には何が楽しいのかさっぱりわからないけれど。
だが思考は急に現実に引き戻された。
剱田たちが店にやってきたのだ。
甲冑を身にまとった剱田と、シスター服の清美、軽装ながらゴツイ岩のついた杖を持った岩崎の組み合わせは人目を引く。
それまでざわめいていた店内が急に静かになった。剱田たちは店内ですれ違う人にガンを付けたり、肘で小突いたりしながら案内されてもいないのに一番いい席を占領してしまう。
清美はそれを咎めることもなく、剱田の腕にぶら下がって自分たちを恐れる客を見下していた。
剱田たちに僕のことがばれないかと不安になったが、清美でさえ僕を見てもウエイトレスさんたちと同じ視線を向けるだけだ。どうやら気付かれていないらしいが、近付き過ぎるのは危険だ。
僕はさりげなく別のお客さんの注文を取りに行く。ウエイトレスさんたちが躊躇する中、ヒロイーゼさんが奴らの注文を取りに行った。
「……ご注文はどうなさいますか?」
エデルトルートさんは客にとっては完ぺきな営業スマイルで、だが仕事仲間にはわかる怒りと屈辱を押し殺した声で注文を取る。
剱田たちが来てから途端に店の雰囲気が悪くなり、お通夜のように細々と酒を飲むか早々と帰り支度を始める客ばかりになってしまった。
岩崎は帰ろうとする客の足を引っ掛け、転ぶのを見て嘲笑っている。
怪我をした客には清美がすかさずハイレンで治癒をして問題にならないようにしている。
恐ろしいほどの連係プレイだ。
ウエイトレスさんたちの多くは彼らに近寄ろうともせず、エデルトルートに至っては顔を青くして震えだし、店の奥に引っ込んでしまった。
料理と酒が運ばれてきて、やっと彼らは客とウエイトレスいびりをやめた。
この時点で店の客は三割ほどに減っていて、満員だった店内は今やガラガラだ。さっきまでの喧騒は楽しいとは感じなかったけど、こうして物さびしい状態を見るのも楽しいものじゃないな。
店内が静かになると、彼らの会話が自然と耳に入ってくるようになる。
「今日も日原と佐伯は見つからなかったな」
「こう立て続けにいなくなると、やっぱり何かあったんじゃないかって思えてくるね」
「俺らに恨みを持ってるやつらかもしれねえな」
剱田は一気に酒をあおる。
「舐めた真似しやがる」
岩崎は幼児の腕ほどもある骨付き肉を豪快に下品に噛みちぎった。
「恨みなんてあるわけないよ! 私のハイレンでたくさんの病人や怪我をした人を救ってるんだもん! 感謝するのが当然だよ、ちょっとくらいやんちゃしても許されるはずだよ」
「キヨの言うとおりだ。となると、逆恨みってやつか」
「俺らが魔物を退治して、病人を治してるって言うのに。感謝して貢ぐのが筋ってやつなのにな」
銘々が勝手なことを言いながら、酒をあおり料理に手をつける。
そのために店を一つ犠牲にしていることへの罪悪感も謝罪の言葉もない。
そして当然のことのように金を払わずに帰っていった。
ヒロイーゼさんたちは剱田たちが去った後、彼らのテーブルを後片付けして接客に戻った。他のお客さんは大分少なくなっていたけど、寂しくなった中でいつも通り笑顔を振りまけるのはさすがプロだと思った。
お陰で嫌な雰囲気になった店内も少しずつ元のにぎわいを取り戻していく。
だけどエデルトルートだけは店の奥で膝を抱えて震えていた。
「ひ、やめて、やめて……」
歯の根を鳴らし、全身が小刻みに震え、悪夢でも見ているかのように。
男が怖いのは今日見たけど、この怖がり方は異常だ。
僕は見ていられなくなって、咄嗟にエデルトルートを抱きしめた。
「あ……」
抱きしめた瞬間少し痴漢っぽいと思ったけど、今僕は女子の格好だし状況が状況だ。
エデルトルートは抵抗もせず、力を抜いて僕に身をゆだねてくれた。
「暖かい、です……」
エデルトルートはこうして抱きしめると本当に小さくて華奢だ。
僕の細い腕の中にさえすっぽりと収まってしまう。
こんな子がこんなに怖がるなんて、一体何があったんだろうか?
彼女の震えがおさまった頃、エデルトルートをそっと離す。
いつの間にかヒロイーゼさんが僕の側に立っていた。
「見られちゃいましたね」




