クラフト(kraft)
「村上君!」
清美がシスター服の長い裾を翻して、戻ってきた。
「バカ…… 逃げろ……」
さっきまでは恨んでいたのに、清美が危なくなると急に清美のことが心配になってしまった。
ここは僕が犠牲になるから早く逃げろ、そんな月並みなセリフが頭に浮かんでくる。
狼の何匹かが清美にターゲットを移したらしく、何匹かが清美の方へ向かって突っ込んでいく。
それに対して清美は怯えて、身を縮こまらせるだけだ。昔怯えていた時と何も変わっていない。
「こらあ! 鍋島に何やってやがる!」
聞いただけで不快になる声が聞こえてきた。
剱田だった。西洋剣と鎧に身を包んだ剱田が、お姫様を護るナイトのように狼と清美の間に剣を構えて立っている。
剣道もフェンシングもやったことがないはずなのに、その構えはかなり様になっていた。
狼の群れの前に立っているのに、一向におびえた様子がない。喧嘩慣れしているので度胸があるのだろうか?
「おらあ!」
剱田は持っている剣を大上段に構えて、狼の群れに向かって振り下ろす。
剣先が輝いて、剣の軌跡に沿って衝撃波のような光の奔流が走る。
それは狼たちを丸ごと飲み込んでいき、衝撃の余波は僕を道端に転がる空き缶のように吹き飛ばしていった。
しかしお陰で狼たちの拘束が外れた。とりあえずは助かったらしい。
衝撃波がおさまった後には、むき出しの地面だけが扇状に広がっていた。狼も、下草も、木も残っていなかった。
「なんだ、これ」
剱田は剣を振り下ろした姿勢のまま呆然としていたが、すぐに
「すげー! すげー! なんだこれ!」
と叫び始めた。
そんな剱田を、清美は僕が今まで見たことのない目で見つめていた。
「村上君、大丈夫?」
しかしそれも一瞬のことで、清美はすぐに倒れている僕に駆け寄って抱き起こしてくれた。清美に抱えられて体中が痛むけど、僕は無理に笑顔を作って大丈夫と返す。
他のクラスメイト達も集まってきたが、怪我している僕ではなく剱田の方に駆け寄って騒ぎたてている。
こいつら……
はらわたが煮えくりかえるような怒りが蘇ってきた。
こいつらを狼が襲えばいいのに。
何回も何回も、噛まれて食いちぎられてしまえ。
また腰の短剣が熱を帯びて行く。
「私も、このロザリオで何かできないかな……」
清美はロザリオを手にしてぶつぶつと祈るように何かを呟くと、急に目を見開いた。
「このロザリオの力が、分かったよ」
ロザリオから暖かな、神秘的な光がもれたかとおもうとそれはぼくの傷口を包み込んでいく。またたく間に傷がふさがって、綺麗な皮膚が戻ってきていた。
傷がふさがって、痛みが落ち着いたことで怒りが収まっていく。腰の短剣の熱も感じなくなった。
その様子を見ていたクラスメイト達が、感嘆の声をあげた。
「すげー! 鍋島は回復ができるのか!」
「おお、ゲームみたいじゃん?」
「ってことは俺らもなにかできるんじゃね?」
その様子を見ていたクラスメイト達も自分の武器を振って試していた。
ちなみに岩崎がごつい岩のついた杖を一振りすると、人抱えはありそうな岩がいくつも飛んでいって遠くの木をへし折り、森に轟音が響いた。
「この魔法みたいな力はクラフト(kraft)っていうらしい。武器が語りかけてくるぜ。それで、武器を使うと俺らの力が分かる。俺はデーゲン(degen)。文字通り剣の力だ」
「俺はフェルゼン(felsen)。岩石の力だな」
「私はハイレン(heilen)。癒しの力みたい」
他の5人もそれぞれチートな力を持っていた。
「村上君はどんな力なの?」
清美に促されて僕も何かあるはずだと、期待に胸高鳴らせてナイフを振る。
すると、ナイフから「伝わって」きた。
このナイフはあくまで武器に過ぎないことを。
僕のチートはこのナイフなしでも発動することを。
「僕は特にないみたい。このナイフもただのナイフだ」
剱田が舌打ちしながら呟いた。
「け、役立たずはどこに行っても役立たずだな」
周りは僕を笑い、清美は苦い顔をして「そんなことないよ、きっと村上君にも何かあるよ、と僕を慰めてくれた。
でも言えない。こんな能力、清美にも言えるわけがない。