ばれた?
「あの日原と佐伯っていう人たち、昨晩から姿を消したそうで、お仲間の人たちが探し回ってましたよ。あなたが何かしたんですか?」
ヒロイーゼさんと酒場の裏で会うと開口一番そう言われ、僕は心臓をわしづかみにされたような感触がした。
多分僕が何かしたことに気がついている。
消すか。
今度はドルヒも何も言わなかった。
僕はヒロイーゼさんの喉元に目をつける。
瞬時に握りつぶせば悲鳴も血もない。適当なところに遺体を放置して、森の魔物たちに掃除してもらおう。
だが殺気を込めた僕に対し、ヒロイーゼさんは花が咲いたような笑顔になると急に手を握ってきた。
「有難うございます、ほんっと感謝してます! あの人たちが好き勝手やるおかげでうちの店の売り上げにも響いてたところだったんですよー、シメてくれてほんと有難うございます! きっとあなたが弱みを握って脅迫したから、あなたにビビってひきこもってるんでしょーね!」
握り締めた両手を上下に振って喜色満面のヒロイーゼさんからは、僕をヤバい人間と思っている感じが一切ない。
「ドルヒ……?」
『相棒、少なくともこの女は今のところ信用できそうだ。というより相棒が殺したとか、暴力をふるったとは思いつきもしないだろう。相棒は地味で、貧相で、華奢だからな』
「褒めてるの? バカにしてるの?」
『褒めておるのだ。強そうに見えるというのは、諜報や暗殺者としては不適格なのだ。相棒、地味で貧相で華奢な自分自身に誇りと自信を持て』
「なんだか嬉しくない……」
『とりあえずもう一歩踏み込んでおけ。相棒があいつらと敵対していること、そのために情報を集めていることをな。そうして抱きこんで、共犯にしてしまえ。そうせねば情報を売る可能性がある』
僕はヒロイーゼさんに向き直った。
「はい…… まあ、『ちょっとだけ』痛い目にあってもらいました。『しばらくの間』会うことはないと思いますよ。他の仲間にも痛い目に会ってもらおうと思うんですけど」
実際はちょっとなんてものじゃないんだけど。しばらくどころか、永久に会うこともないだろうけど。
「残る人たちもシメる予定なんですか? ならいつでもお手伝いしますよ」
僕は曖昧に頷いた。
「残るはあの三人ですよね。鎧と剣を持った目の鋭い男の人と、その男の人にくっついてる女の人、角刈りで岩みたいな筋肉のごついワンドを持った男の人」
この人、人の特徴を覚えるのがうまいな。情報をバラされたらまずい人だけど、情報を得るにはこれ以上の人はいない。
「あ、私のこと警戒してます?」
さりげない言葉で、でも核心を突かれた。
内心を見抜かれて僕は血の気が引く思いがした。
「これでも客商売ですからねー。人の心の動きには敏感なんですよ」
「はい、そうですね」
隠し事はどうやら無意味らしいので、僕は本音を少しだけ打ち明けた。
「僕の情報を彼らに売られたらどうしようかと思って」
「そんなことしませんよー。商売は信用が第一! ですからね」
ヒロイーゼさんはひまわりの花のように、邪気のない笑顔で返事を返す。
でも村人にもクラスメイトにも裏切られた僕にとっては、笑顔なんて一番信用できないことの一つにすぎない。
「あら、笑顔が信用できないタイプの人ですかー。これは相当屈折した人生歩んできてますね」
また、内心を言い当てられた。 正直気分が良いものじゃないな。それにこの洞察眼、放置していいレベルじゃない。
消すか。
僕が決意を固めようとすると、ヒロイーゼさんが絶妙のタイミングでそれを遮った。
「喋りすぎましたね。では私も少し、手の内をさらけ出します」
ヒロイーゼさんの雰囲気が一変する。
営業スマイルと人当たりの良さそうな笑顔を張りつけた顔ではなく、もっとどろどろした感情が漏れ出しているような雰囲気。
「あの中の一人に個人的な恨みがありましてね。ぜひとも相当に痛い目にあわせてほしいんですよ。再起不能にしてやっても飽き足りません」
僕が復讐について語る時はこんな風になるのか。
ヒロイーゼさんの様子を見てはじめて、恨みを表に出した人間の姿を客観的に見られた。
これは人前でしゃべればドン引きされるだろうな、と頭の隅で思う。これからは気をつけよう。
「一体何が? それと、誰が?」
「それは話せません。あなたが私を完全には信用していないように、私もあなたを完全には信用していませんから」
『相棒。こ奴も貴様と同じ復讐者だ。中々の逸材だぞ』
シリアスになった僕とは対照的に、ドルヒは明るく朗らかに笑った。
少しだけ緊張がほぐれるのを感じる。
「とりあえず、あなたはあの人たちに見つかったらまずいんですよね。酒場に客として入らずに私に頼んだくらいですし。そのことは私にお任せください」
ヒロイーゼさんは一旦酒場の準備の手を止めて、僕についてくるように促した。




