友情と愛情と金
桜井を殺した日の翌日、僕は彼らが溜まり場にしている酒場で働くウエイトレスさんに金を払ってどんな話をしているか調べてもらった。さすがに一人いなくなったことで奴らも警戒しているだろうと思ったし、なにより清美が僕を見れば多少の変装では気づかれる可能性が高い。
調べてもらって足がつかないかと心配したが、むしろこういう酒場ではそういう依頼が来ない日の方が珍しいらしい。庶民のスキャンダルから官僚の汚職の噂まで、多くの情報が日々安値から高値で取引されている。さっきも奥さんらしき人にしょっ引かれる男の人がいた。
ウエイトレスさんに調べてもらったところによると、大体こんな感じだった。
「桜井君、怪我してないかな」
清美はいなくなった桜井を純粋に心配しているらしく、自分でも町の人に聞き込みをしたりして熱心に探しているそうだ。
「心配するな、清美。絶対あいつを探し出してやるよ。あいつだってクラフトが使えるんだ、そうそう後れをとるとも思えねえ」
「それに町の外にレ―ムを大規模に使った跡があったしな。意外と手ごわい魔物と戦ったんじゃね? それで苦戦しながらも勝利して、『俺より強いやつに会いに行く』てな感じで一人修業の旅に出たとかな」
「確かにな。もっと強くならねえと役に立てねえ、って考えたのかもしれねえぜ。ああ見えて責任感は強いやつだからよ」
剱田と岩崎が会話を繰り広げていると、清美が色をなして反論する。
「でもそれなら私たちと一緒に修業すればいいじゃない! 一人で出ていくなんて…… 日原君や佐伯君だってそう思うでしょ?」
話を振られた日原と佐伯は青い顔をして俯いてしまった。
「ほら、二人もこんなに顔色悪くするくらい心配してるんだよ。もっと真剣に考えようよ」
清美が上手い方向に勘違いしてくれて助かった。
だが剱田はあくまでリーダーとして心配しているのであって、ウエイトレスさんも『あの人本心から心配しているようには見えませんでしたよ? こういう商売長くやってるととりつくろう表情って意外とよくわかるものなんですよ』と言っていた。
それはそうだ、あいつの立場からすれば手下であるはずの桜井が逃げたということになったら示しがつかず、リーダーとしての求心力が低下する。ここは桜井が自主的に、かつチームのための前向きな理由でいなくなったということにしておかなければならない。
そして言葉の上では探してやる、と言っていたが自分では真剣に探そうとなど決してしない。剱田が桜井のような、自分とまるで違うタイプの人間のために真剣になる姿など見たことがない。
剱田にとってみれば桜井など喋るサンドバックかパシリでしかないのだから。いなくなったら替えを用意すればいい。
だが外面だけはいいから、周りから真剣に取り組んでいるように思わせている。口で言うだけ言って後は他人にこっそりと押しつける。
『剱田って呼ばれてた短髪で目が鋭い男の人、顔色が青くなってた二人に睨むような視線を送ってました。しかも隣に座っていた可愛らしい女の方には決して気付かれない角度とタイミングで。かなり慣れてますね、あれは』
日原と佐伯がそれぞれの武器を持って、立ち上がった。出された料理に一切手をつけていない。
「「俺たち、桜井が心配だから探しに行くよ」」
「こんなところになります」
情報を提供してくれたウエイトレスさん、ヒロイーゼ・レッチュさんはこう締めくくった。ヒロイーゼさんはすらりとした肢体をウエイトレスの制服に包んだ少し癖のある髪の可愛い人だ。花の蕾のような唇と利発そうな大きな瞳。可愛いと言っても僕より二つか三つ年上のように見え、女性になりかけの女子、と言う感じの魅力にあふれている。
「ヒロイーゼさんもヴィルマみたいに殺す?」
僕は小声でドルヒに聞いた。情報は提供してもらったし、口封じのために殺しておいた方がいいだろう。
大分慣れてきたもので、人を殺すか殺さないかの視点で見る習慣がついてきた。もちろん念を入れて心臓のあたりを狙うけど、今の僕のレベルならあの細い胴体に拳を一発撃ち込めば即死だろう。
『いや、この女はやめておけ。顔が広い人間は殺したことが公になりやすい』
「でも情報を知られているんだよ?」
『まったく相棒は仕方のない青二才だな。なんでも暴力で解決できると思っているうちは暴力を使う資格などないぞ。頭を使え、相棒』
『金だ。金を使うのだ。幸い盗賊どもから奪った金は有り余っているだろう。金で黙らせておけばいい。そうやってできる人間関係はスズメの涙ほどには信頼できる。忠義や友情、愛情などという一瞬でゴミと変わる曖昧なものよりよほど良いものだ』
僕は背負い袋からお金を取り出すと、言われていた金額より大分多めに包んだ。
これもドルヒからの指示だ。少なかったり定価通りでは相応の情報しかもらえないが、あまりに多く与えすぎても警戒される。下手をすれば奪いに来る恐れもある。
お得意様にしておきたい、と思わせるギリギリのラインでお金を渡すのだ。
「こんなに! いいんですか?」
ヒロイーゼさんはさっきまでの数ある客の中の一人、といった表情を一変させて、長年付き合った恋人からプレゼントをもらったときのような顔でお金を受け取った。数枚の銀貨を両手で包み込むように大事そうに持っている。
『贈り物をもらって喜ばぬ人間は珍しい。特に女はプレゼントを喜び、そしてこういう不意打ちに弱い』
何年か前、清美に誕生日プレゼントをあげた時もこんな顔をしていたことを思い出した。
また清美への同情心が芽生えそうになったので固く拳を握りしめてその感情を抑えつけた。駄目だ、これくらいで心が乱れていたら復讐なんて出来やしない。
「またお困り事がございましたらいつでもどうぞ」
そう言いながら頼んでもないのに、店にいない時の連絡先が書かれた名刺っぽい紙まで渡してくれた。




