幼馴染の裏切り
翌日の朝、イエナの村に到着した。
外観は初めの村と変わりない。森を切り開いて、その中に丸太小屋のような簡素な家が並んでいる。ヴィルマがいなくなって一日が経つので、村があわただしい雰囲気になっているのを感じる。本格的な捜索隊が出されればいずれ見つかるだろう。
その前にこの町から離れよう。
剱田たちがいないかと用心深く観察し、聞いて回ったがそれらしい人間は見なかったとのことだ。どうやら剱田たちはここには寄らなかったらしい。
人探しをしているのでこの近くに旅人が立ち寄れそうな場所はないか聞くと、街道をしばらく行くとミュンヘンと言う街があるらしい。
「そこかな?」
『ああ。あやつらはコカトリスに襲われたばかりだ。相棒を食えばコカトリスは安全になると言う情報があるとはいえ、一度敵わなかった相手の側にいたい人間などまずおらん。まず脅威となる対象と距離を取る。その後、安全な寝床を確保するだろう』
「となると、街道を全力で町に向かって疾走中、ってところか。でも剱田と岩崎の身体能力が圧倒的だった。あの二人が他のクラスメイトを置いて先行している可能性はないかな?」
そうだったらやりやすいんだけど。六人も固まられてると殺りにくくて仕方がない。
『それはあるまいな。見たところ、デーゲンはハイレンに熱をあげていた。女を置いて行くとは思えん』
清美か……
清美との思い出がよみがえってくる。
一緒に公園を駆けまわって泥だらけになるまで遊んだり、嫌だって言うのに無理におままごとをさせられたり、捨て猫の飼い主を一緒に探したり、小学校に上がると男女のグループ分けができて疎遠になったり、色々なことがあった。
でも一番印象に残っているのはあのセリフだ。
「悪いけど村上君、この状況になってまだあなたを助ける余裕があると思ってるの? 一番弱くて役立たずなのは村上君でしょ? だったら、村上君が犠牲になるのが一番じゃない」
なぜ裏切ったんだろうか?
僕が弱かったから?
剱田が狼たちから身を呈して守ったから、あいつについた?
それとも命が危なくなったから一時の気の迷い? 周りの空気に流されただけ?
『迷うな、相棒』
ドルヒの、清美よりずっと澄んだ声で我に返った。ドルヒの声は山麓を流れる清流の音のように気持ちを落ち着かせてくれる。
『人の心など移ろいやすいもの。気まぐれで善をなすこともある。だが本性は醜い。ただそれだけだ。』
本性は醜い……
僕を縛り付けた時の村人たちのゲロが腐ったような顔を思い出し、僕を餌にしようと言ったときのクラスメイト達の蛆がわくようなゲス極まりない台詞を思い出した。
「ごめんごめん。難しく考え過ぎたね」
『その意気だ、相棒。お前のしてきたことが悪などと思うな。可哀想などと言って手を汚さないのは正義ではない。悪をのさばらせるための言い訳にすぎん。忘れるな。奴らのために犠牲になった多くの者たちを。そして彼らに尻尾を振って我が身の安全だけを確保した者たちを』
ドルヒの言葉はすっと僕の胸の中に入ってくる。迷いやためらい、そういった不要な感情を消し去ってくれる気がする。
僕はすっきりとした気分でイエナの村を後にすることにした。
ヴィルマの捜索隊が本格的に編成されるらしいけど、死体を骨のつなぎ目に沿って何十個とバラバラにした後に顔の皮を剥いでおいたから誰の死体かはわからないだろう。




