罪なきもの、罪ある者
ドルヒの言葉で、僕は心に暗いものがよぎったような感じがした。やりたくないことを無理にやらされる前の、あの感じ。
「でも、あの子は何も悪いことしていないのに……」
初めの村人たちを殺すのはためらいがなかった。僕を殺そうとしたから。
クラスメイト達を殺そうとしているのも一切のためらいがない。僕を縛り付けた時のあの目が忘れられない。
でも、この子は……
『相棒らしくないな。来る途中すれ違った人間をためらわず殺そうとした人間と同じ言葉とは思えん。いいか、相棒』
ドルヒは諭すようにゆっくりと、そしてはっきりと言った。
『罪なき者を殺しては駄目、等と言う考えは捨てろ、相棒。その考えは罪ある者は殺してもよいという発想に結びつく。そして罪とは何かを決めるのは誰だ? 人間だろう』
人間が罪を決める。そう言われて、命がけで守ったはずの自分をあっさりと裏切った村人や、無力な自分を平然と見捨てたクラスメイト達が思い浮かんだ。
ヴィルマもあいつらの仲間入りしない保証なんてどこにもない。
なら経験値に加えた方がいいか。
「さすがだね、ドルヒ」
心のもやもやが晴れたようにすっきりした。
「あの~、色々とお考えのところ申し訳ないのですが……」
ヴィルマがおずおずと手をあげた。
その柔らかそうな手首を切れば出血多量で死ぬだろう。そう思って僕はドルヒを握る手に力を込めた。
「私、今日の朝からずっと縛られていまして……」
何が言いたいんだ? まあ遺言くらいは聞くか。
「悪いけど、はっきり言ってくれないかな? 人の気持ちを察するのは得意じゃないんだ」
ヴィルマは顔を真っ赤にして、涙目になってやけくそ気味に言った。
「トイレに行っていいですか!」
気勢がいきなり削がれた。
『それくらいは構わんが、目の前でするように命じろ。逃げ出したらどうする気だ』
「いいけど、そこでして」
ドルヒの言うとおり、僕は部屋の一角を指さした。
「そ、そこでって……」
ヴィルマは赤かった顔を更に真っ赤にする。
「なんでそんなこと言うんですか」
ドルヒの声はこの子には聞こえない。トイレする前に殺してもいいけど、それをすると死体から凄い量で失禁するらしいしな。
臭いのも嫌だし、もっともらしいことを言ってごまかそう。
「盗賊の残党がいるかもしれないでしょ? そのとき僕の目が届かないところにいたら君を護れない」
ラノベの主人公みたいな臭い台詞に、恥ずかしさと嫌悪感がわき上がった。トイレが終わったら僕はこの子を殺す予定なのに。
「わかりました…… せめて後ろを向いていてください」
「駄目」
僕は即座に否定した。これがダメな理由は僕にでもわかる。
「後ろを向いてたら万一があるでしょ?」
逃げ出されると言う可能性がある。速度差から言ってまずあり得ないけど、何が起きるかわからないのが実戦だ。
だがヴィルマは盗賊に襲われると言う意味に取ってくれたらしく、リンゴのように顔を赤くしながらも僕の命令に従った。
長いスカートを大きくたくしあげて下着を降ろす。下着に手を入れた瞬間に白い素肌が露わになり、太ももとお尻の境がはっきり見えた。
「やっぱり目を反らしてくださいいい……」
「駄目」
僕は反論する隙を与えずに否定する。
ヴィルマはそれから屈みこんだのでスカートに隠れて素肌が見えなくなる。水道を少しだけ流したような音が、ヴィルマの股間から聞こえた。
「お、終わりました」
ヴィルマは俯いて、僕と目線を合わせようとしなかった。
「私、もうお嫁にいけません……」
どうせ行けないんだから、同じことなのに。
僕はドルヒを握る手に力を込めた。
ヴィルマは盗賊にさらわれてきて、乱暴される寸前だったところを僕に救出された。僕にはきっと感謝しているだろう。だからこんなめちゃくちゃな指示でも受け入れてくれたのだろう。
今のところ、ここまでされても特に抵抗する素振りや僕を恨んでいる様子は見せない。見逃してもいいんじゃないか、そう言う思いが僕を誘惑する。
ヴィルマと目が合う。
「恥ずかしかったですけど、助けてくれたこと、もう一度お礼を言わせてください」
ここまでされて、僕に感謝してくれるのか……
『相棒』
ドルヒが何か言うけど、もう僕の心は決まっている。
盗賊団にはいない女の子の悲鳴と共に、僕は経験値をゲットできた。
『相棒、なぜ殺したのだ? いや、殺せたのだ?』
洞窟の入り口でドルヒに質問された。来るときに殺した盗賊の死体には目のあたりに蟲が這い始めている。
「簡単だよ」
僕は脂と血を拭ったドルヒを鞘におさめた。
「ヴィルマを見逃したら、クラスメイトも見逃してしまうような気になったから」
クラスメイトの顔を思い出す。
剱田。
岩崎。
桜井。
佐伯。
日原。
そして、清美。
あいつらを殺せるのなら、なんだってする。
コカトリスに喰われかけた時の腹の痛み、それを見て笑う村人たち、僕を平然と見捨てたクラスメイト。
それを思うだけでいわゆる綺麗な心が消えていく。
生きるためには、優しさなんて役に立たなかった。ヴィルマがあいつらの仲間にならない保証は? あんなに親しかった村人だって、清美だってああなったんだ。
『根が甘い人間がそう思えるとは、相当なものだぞ。さすがは我が契約者なり』
雨はいつの間にか止んで、雲間から太陽の光が差し込んでいた。




