盗賊退治
イエナへ向かう道から外れ、森の中でじっと身をひそめる。
すぐに雲行きが怪しくなり、冷たい風が吹いてきた。雨が近いだろう。
『相棒、雨は体力を奪う。一旦盗賊の探索は中止だ』
「逆だよ、ドルヒ。雨になれば盗賊たちも一旦自分たちの溜まり場へ帰るはず。怪しいやつが村と違う方向へ走っていったら、そいつらが盗賊の可能性が高い」
『そうか。相棒もなかなか考えているな。だが雨に対する対策はどうする? 相棒は傘もない』
僕は任せておいて、と言いながらドルヒを抜いて森に散らばっている枯れ木を僕の身長くらいの長さに切り、適当な間隔をあけて一列にして、地面に対し十本ほど斜めに刺す。今度はその枯れ木に斜めに細い枝をかけていき、さらに枝の上から落ち葉を敷いた。
時間にして一時間ほどだろうか、落ち葉を敷き詰めた下は雨を通さない立派な簡易シェルターが出来上がった。
『これは…… すごいな』
「ありがとう、ドルヒ。なんだかドルヒにほめられると照れくさいね。でも柵の作り方はさんざんあの村人たちにやらされたからね、あとはそれにブッシュクラフトの知識を応用しただけ」
完成と同時に雨が降り始めたので、僕はシェルターの下にもぐりこみじっと息をひそめる。頭上の枯れ葉の屋根からは雨音が響くが、僕のところには一滴もふって来ない。座る場所にはさらに枯れ葉を敷き詰めておいたので暖かく柔らかい。
「ここで長期戦だ」
僕はドルヒを布でぬぐい、汚れを落としながら息をひそめる。シェルターは幸い地面の落ち葉と保護色になっているから目立たない。
雨音をBGMにしながら、僕は剱田や清美たちのことばかり考えていた。
どうやって殺してやろうか。
雨の中で小一時間が経過し、そろそろ夕闇が迫ろうかというころになった。
見つけられなかったら、場所を変えた方がいいかもしれない。だがそう思った瞬間。一人、明らかに農民でも商人でもない格好をした人間が急ぎ足で道をそれて森の奥の方へ歩を速めて行った。
『相棒、追え』
「言われなくても!」
僕はその人間を忍び足で追いかける。
忍び足でも今の僕は段違いの速度なうえ、雨音が足音と気配を消してくれるので前を行く人間には気づかれずに尾行できた。
その人間は森の奥にある洞窟のような場所へ入っていった。入口にはうっとうしそうに雨空を見上げている若い男がいた。二十代半ばほどで腰には剣を差している。だが服装は小汚く、目つきは警戒心と臆病を足して二で割ったかのような感じだ。
周囲が怖くてたまらないのだろう。
『間違いないな、あれは犯罪者の目だ』
ドルヒの声と共に腹をくくる。今度は村人たちのように非戦闘員ではなく殺しを仕事にしている人間だ。さすがに緊張したが、怒りがすぐにそれを上回る。
見張りに風のように接近し、悲鳴を上げられないように喉を一突きにした。相手からすれば、急に風が吹きつけたと思ったら喉に激痛が走った所までしか感じられなかっただろう。
相手はたちまち喉から血を噴き出して絶命し、同時に僕に莫大な経験値が入る。
「楽勝過ぎるな…… 盗賊っていうし剣も腰に差してたから少し緊張してたんだけど」
『まだ一人殺しただけだ。気を抜くな相棒』
死体を片づけようかと考えたが、この程度なら皆殺しにしてさっさと逃げ出した方が早いと思ったのでそのままにしておくことにした。
入口に入ると中はひんやりとしており、所々に置かれたランタンやろうそくが中を照らしている。
迷路のようになっているかと考えたが、入口からすぐの場所に大きい空間がありその中に二十人ほどの集団がいた。他に通路や部屋のようなものは見当たらず、奥の方に木製の大きな箱と人一人入れそうなほどに大きな布袋があった。ある者は酒に酔っていてある者は博打に興じている。典型的な浮浪者や盗賊のパターンだ。
会話もどこそこの行商を襲ったとか、どこそこの娘をさらって来たとか、犯罪を嬉々として語っている。雰囲気が剱田と岩崎の会話に似ていた。
そう思った瞬間に躊躇が消えた。
目についた盗賊たちを片端から切って突いて殺しまくる。急所がどことかいちいち考えているのも面倒くさい。ザコキャラで経験値稼ぎするのに気を使うのも変だしね。
手ごたえにしては入った経験値が少ないと感じたので地面に転がった盗賊たちを見下ろすとまだうめき声が聞こえるのが数人いた。
ミスったか。
僕はもう一度、今度は念入りに急所を突く。助けて、とか聞こえた気がするけど気にしない。
僕はそう言っても助けてもらえなかったんだから。
『殺し方が雑すぎるぞ、相棒。この程度の奴らを一撃で殺せないないなど怠慢にもほどがある。これは経験値稼ぎと同時に訓練でもある。しっかりと急所を狙え』
上から目線の物言いに少しいらっときたが、剱田たちの死に顔を思い浮かべたら気にならなくなった。
「ごめんごめん、油断大敵だね。今度から気をつけるよ」
『素直なのはいいことだ。素直な人間は伸びるぞ、相棒』
ドルヒの忠告後、木箱を開けると金貨の詰まった袋がいくつか出てきた。金貨を一つ手に取ると、ずっしりとした重さを手に感じる。
これだけの財産を見るのは初めてなので気が抜けたようになってしまう。
「すごいな…… いったいいくらするんだろう?」
『首都で屋敷が二、三件買えるくらいだな。田相棒の路銀には多すぎる。一袋だけ頂いて、後は置いて行け。持ち切れんしな』
一つだけを村人から奪った背負い袋に入れ、その場を離れようとする。
だが、僕たち二人以外の声がこの部屋から聞こえた。




