強い人間が富を独占するのは当然
隣国の軍の駐屯地、その中央に他の将校のものと比べても豪勢な天幕があった。
軍旗が風にはためき、他の兵より一際立派な軍服を着た兵が入口を護り、その周囲は木柵で覆われていた。
「しぐれ、きりえ……」
兵からの報告を聞いたはるかは、爪を噛みながら呻くように呟いた。
彼の報告によるとしぐれときりえらしき死体が見つかったらしい。
両方とも原形をとどめていなかった上、土の中に埋められていたり鳥獣に喰われていたが近隣の町や村の聞き込み、近くで見つかった遺留品からほぼ間違いないだろうということだ。
「はるか様……」
「うるさいじゃん」
はるかは、慰めの声をかけようとした兵を殴りとばす。
拳の一撃で空中を飛ぶように天幕の外まで吹き飛ばされた兵は地面を転がり、軍服は土まみれになって顔が青くはれ上がった。
「脆いじゃん」
はるかは転がっていった兵のことなど一瞥もせず、吐き捨てる。
「しぐれ、きりえ……絶対に仇は取ってやる~。でもその前に、邪魔なやつらは皆殺し~。憂さ晴らしにはイイ感じ」
はるかは天幕に立てかけていたクラフトのなぎなたを取り、一閃する。耳障りなほど低い音が鳴るが、彼女はうっとりとした笑みを浮かべた。
「いいじゃん。戦争って」
しかし彼女の陶酔を邪魔する無粋な声が天幕の外から聞こえ、彼女は醜いほど口元を歪め大きく舌打ちした。
「はるか様! はるか様―!」
「なんなんじゃん……?」
せっかく数百人の血を吸ったなぎなたを素振りし、陶酔の記憶に酔っていたというのにそれを邪魔する凡人は大罪を犯した。
「霧です! それも、間近の人間が見えなくなるほどの」
「霧い?」
その程度のことで何を大騒ぎしているというのか。
はるかは爪を噛みながらも、状況を確かめるために天幕の戸にあたる布に手をかける。下の隙間からは既に牛乳のように白く濃い霧が入り込んできていた。
天幕を開けるとそこはまるで別世界だった。
まるで飛行機で雲の中に入り込んでしまったかのように、昨日まで草原いっぱいに張られていた天幕と煮炊きするためのかまどがまったく見えない。
なぎなたでなぐりつけてやるはずの兵も見えない。
ただどこからか、声がしてくるだけだ。
「なんでこんな霧……」
はるかは舌打ちする前に、歓喜と狂気に笑った。
肌で感じてわかる。この霧は魔力だ。
つまり、自分たちと同じように力を手に入れた存在が近くにいるということ。
「しぐれやきりえの仇、ってことじゃん……」
はるかはなぎなたを肩に担ぎ、胴と脛、小手だけを覆う軽装の鎧を身につけた。なぎなたの防具を参考に特注で作ってもらったもので、実用性と華美さを両立させるため随所に宝石がはめ込まれており小さな城くらいなら買える値段らしい。
それを得るためにどれだけの人間が犠牲になり、重税を課されたか。はるかはもちろん興味などなかった。
スポーツの世界では強い人間が富を独占するのはごく当然のことだ。
はるかは思考を止め、魔力を強く感じる方向へ走りだした。




