霧
夜、僕たち三人はこっそり町を抜けだして駆けた。軍隊なら一週間はかかるらしいけど、僕たちなら数時間とかからなかった。夜中に抜けだし、明け方にはもう隣国の軍の陣地の端についていた。
相手は街道沿いに延々と布陣していて、夜営の後のためか炊煙の煙がたなびき、美味しそうな香りが漂ってきている。
近くに川がいくつもあってよく晴れたせいかうっすらと靄がかかっていた。
「やれ、ゼーリッシュ」
「はい。ムラさんのためなら」
昨晩、エデルトルートは自らドルヒに力を貸すと言ってきた。
「自分を殺しかかった相手なのに、いいの?」
「はい。以前出会った、ムラさんを洗脳したあの雌豚女の件でわかったんです。ムラさんを害する人間はこっちから殺しに行かないと。それにはるかとかいう女を殺せば、隣国の軍は大混乱に陥って進軍どころではなくなるはずです。責めてこられたらヒロイーゼさんのお店も被害に遭いますから」
エデルトルートは世の汚いことを何も知らないような天使の笑みで告げた。
「ムラさんを害する人やヒロイーゼさんを困らせる存在は、みんな死んじゃえばいいんです」
そんなエデルトルートを異常だとは思えなかった。岩崎にひどい目にあわされたし、経験次第で人はどんな風にも変わる。僕もそうだし。
「いきます」
エデルトルートのオ―ブから靄よりももっと深くて濃い、「霧」が立ち込め始めた。




