村人への復讐
僕はドルヒを抜いたまま、村の近くまで戻ってきた。
茂みから村の様子をうかがうと、村はまだ黒く焦げた家から煙がくすぶり、木々や畑の火もまだ鎮火しきっていない。
村人たちは手作業で瓦礫を片づけるのに忙しいようだ。
村長が村人を指揮して、復旧作業を進めている。
「あのクソ村長め……」
僕はドルヒを握り締め、村長を睨みつける。
あいつがあんなことを言ったせいで僕は餌にされかかった。まずはあいつから……
そう思ったところで、ドルヒに止められた。
『焦るなよ、相棒。まだ傷が治りきっておらんからな。まずもう一人殺して、傷を癒すのが先決だ』
ドルヒにそう言われて腹の傷を見ると、わずかに血がにじみ出てきていた。おまけに疼くような痛みが腹から伝わってきて、顔を思わずしかめる。
「了解した、ドルヒ」
ここは慎重になるべきだろう。
村人が一人、村の外の茂みへ出て行った。
チャンスだ。
村から死角になる木陰に入り、じょろじょろと黄色い液体を股間から出していく。僕はその後ろからそっと近づいた。幸い、僕の足音は小便の音が消してくれている。
そいつのいる場所の方が僕よりも高いので、小便の小川が僕の方へと向かって流れてくるがそれを避ける気にもならない。
『汚いと感じないのか、相棒』
「もうそんなこと気にならなくなったよ。あの屈辱に比べればなんてこともない」
ドルヒが機嫌よく笑う声が聞こえたので、僕は小声で注意する。
「声が大きいよ。今から殺しにかかるのに……」
『心配無用だ。吾輩の声は相棒にしか聞こえん』
「安心したよ。ということは、剱田や清美も自分の武器と話しているの?」
『いや、これは吾輩独自の力だ。少なくとも相棒のクラスメイトが持っていた悪魔たちは能力を与えることしかできないはずだ。相棒のレベルが上がったことで聞こえるようになったのだ』
それに安心して、僕は村人の背中から腎臓を一突きにする。刃が臓腑に達したのを感触で確認すると、念入りにドルヒをねじって傷を深くした。ドルヒを扱うと人体の急所の情報が一気に頭の中に流れ込んでくるので楽だった。
熊にとどめを刺したときはわからなかったので、この急所判明の力は人間に特化しているらしい。
村人はくぐもった声を出し、地面に倒れる。
顔が見えた。確かここ数日、火を起こすのが上手いって誉めてくれた人だ。それがいざとなれば餌にして差し出すんだから、本当に信用ならないな。
さらに体から力が漲って、傷が完治した。どうやら普通の人間一人を倒すことで熊を倒した時の百体分くらいの経験値が一気に入るらしい。
傷が完治したので、村に入る。
僕が生きていたことに村人たちは驚愕していた。
「なぜだ、なぜ生きている」
「コカトリスに食われたはずじゃ……」
「コカトリスがまた襲ってくるんじゃねえのか」
「弱いくせに餌にすらならねえのか」
「はやくもう一回しばりつけようぜ」
こいつらの顔を見ただけで殺したくなったけど、会話を聞いて更に殺したくなった。
「復讐するために地獄から戻ってきたんだよ」
前口上の時間すら惜しい。
視界内にいた村人たちの首を、とりあえず一気に切り落とした。体に羽が生えたみたいに軽くて、瞬時に村人一人一人に接近できた。さらに首を切り落とした時の手ごたえも感じないくらいにあっさりと切り落とせた。
彼らからすれば一瞬か、それくらいの時間が経った後には首の切断面から垂直に血が噴き出す首のない村人と、同じ数の首が地面に転がっていた。
その瞬間、僕は殺したことを後悔した。
あっさり殺しすぎてしまった。
僕は生きたまま喰われかかったんだから、それと同等の苦しみを与えてあげるべきだった。
『その通りだ、相棒』
ドルヒが語りかけてくる。
『その考えは残酷などではない。むしろ当然だ。自分のしたことの報いを常に受けるべきであろう。吾輩も、相棒もな』
ドルヒがすごくシニカルに言ったので、僕もいつかは同じような目に遭うのだろうと直感する。
でもそれでいい。後悔なんて、あるはずがない。
だって、ひどい目にあわされた腹の虫がおさまらないよ。
日本では復讐なんてくだらない、犬にかまれたと思って忘れなさい、右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ、っていう考えが多かったけど。なんで人をリンチした挙句生贄に差しだしたクソどもを人道的に扱う必要があるんだ?
残った村人をできるだけなぶり殺しにしてから死体の数を冷静に数えて行くと、一人足りないことに気がついた。ここ連日村人と話していたから、村人の数と名前は把握している。
村長は一人、森の中を走っていた。
「なぜだ、なぜあの者が生きていた。それに一体何が起こった」
よぼよぼの体を必死に動かし、肺炎じゃないかってくらい苦しそうに呼吸をしながら森の中の小道を必死に走っている。
「どこに行くの、村長さん?」
僕は一足先に小道を先回りしておいて、村長に声をかけた。ゲームで言うAGIが上がったんだろう、走る速度も段違いだった。
僕の姿を認めた村長は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。
「ゆ、許してくれ」
地面に転がったまま震えている。僕はその様子をにっこり笑ったまま見ていた。
村長が色々と謝罪の言葉を並べたり、お金はいくらでも出すと言ったり、色々とくだらない言葉を並べ立てているが、僕は可能な限り様子を変えないでその言葉を聞いている。
僕が何もしない、何もしゃべらないことに違和感を感じたのか、村長が僕を震えるまま見ている。村長と目があった。
混乱と一縷の期待が混じった、不快な目だ。
「ドルヒ、もういいよね?」
さすがに我慢の限界だ。
『許可する』
ドルヒの許可が出たので、僕は村長の胸の中心、心臓を一突きにした。
心臓は世間のイメージと違って意外と真ん中に位置しているらしい。ただし胸の中心には頑丈な骨があるので、そこから少し下か左右にずらすと良く殺せるそうだ。
村長を殺した後、僕は緊張しまくった顔面筋をほぐす。
「殺気を表に出さないのって、大変だね」
『ああ。並大抵のスキルではない。だが貴様の目的のためには必要だ。自分より強い相手で、不意打ちも通じない場合は友好を装うのも大事だぞ』
剱田や岩崎を相手にするときに必要か。
それなら、どんな嫌なことだって耐えられる気がする。
「ありがとう、努力するよ、ドルヒ」
『そうだ相棒、努力は大事だぞ』
村長を殺し、全身から溢れんばかりの力がみなぎっているのを感じていた。
「ドルヒ、また強くなれたよ。熊相手の今までのレベリングが悪い夢だったかって思うくらいに効率が良い。これなら剱田や清美たちを殺せるかな」
「まだだ、まだ足りぬ、相棒。貴様は弱く奴らは強い」
自覚はしてるけど、そうはっきり言われるとショックだな。
これだけレベルアップしても追い付いていないのか…… 僕はどれだけ弱かったんだ?
『案ずるな、相棒。確かに強いが追いつけぬことはない。相棒も我が輩と言う悪魔の力を手に入れたのだ』
『だから狩って狩って狩りまくれ。吾輩の力をとことん利用せよ。全て吾輩は受け入れる。だから相棒はそのままで良い』
ドルヒにそう言ってもらえると、少し勇気が出てくる。
『これだけの人間を殺したのだ。心が痛むか?』
「昨日まで仲良く暮らしてた人間を、平然と魔物の餌にした挙句リンチするような奴らだよ? むしろ今まで生きてきた中で一番晴々してるよ」
ドルヒに顔はないのに、にやりと笑ったような気がした。
『そうか。お前には才能があるな』
才能がある、か。
そんなことは言われたことがなかったな。勉強も運動も人並み以下だったから、親にも教師にも同級生に先輩にも期待されたことがない。
『だがとりあえず体を洗え。血と尿の匂いで悪目立ちしすぎているぞ、今のお前は』
言われて、服は返り血で赤黒く染まり、靴は尿で汚れていることに気がついたので無人になった村から服を引っ張りだして交換する。汚れた服と靴は村にくすぶっていた残り火にくべて焼いた。
それから食料と、替えの服、わずかな銅貨と銀貨ももらっていくことにした。
また、レベルアップしたせいかドルヒが成長していた。少し刃渡りが長くなり、鞘もボロボロの革からなめした革になって見栄えが良くなっていた。