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ケモノの世界 贖罪編

 それから俺とあいつが話をする事は無かった。

 あいつは転校したんだ。唐突に、何の前触れも無く。



 今思えば、俺はあいつの電話番号も知らなかった。俺の両親なら知っていたのだろうが......



 そうだ、話さなければならないな。俺の両親は《死んだ》。まぁいつかこうなるって、分かっていた事だけど。



 俺の両親は中学に入った辺りから、急に衰弱していったんだ。しかもタチの悪い事に、衰弱していったのは人間としての機能の部分だけで、ケモノの部分はむしろ活性化していきやがった。

 最終的には拘束具で常にベッドに縛り付けておかないと、暴れだす程になってしまった。その時の両親の姿は、最早人間とはかけ離れたものだった。



 そしてある日、俺の知らない人間達が家にやって来た。全身白くて分厚い服......所謂宇宙服みたいなのを着た人間達が。バイザーの奥から見えたそいつらの頭には、ケモノの耳が無かった。



 そして両親は《死んだ》。つまりは、そういう事だ。



 この世界に蔓延しているウイルスは、異常に感染力が高い。最初、このウイルスはある研究チームが開発した人工的なものであったが、ある事故によりそのウイルスは世界中に蔓延した。



 次々に感染したそれは、研究当初よりも種類を増やし、その効果を強めていき......最終的には体の全てを何らかの動物に変貌させるという凶悪なものになった。



 体が若い内は抵抗力がある為、非常に進行が遅いが......三十後半にもなると急激に症状が進み、四十にもなると大抵の人間が完全に獣となってしまう。妙に家庭科の授業が多かったのも、子供が突然一人になっても生きていけるようにしていたのだろう。



 ともかく、それに対抗する為、世界各国は選りすぐりの天才を一ヶ所に集め、ウイルスに対抗するワクチンを開発した。

 しかしそれはコストが非常に高い上、使った後もウイルスには感染するので、ウイルスから完全に隔離された空間に居なければならないとい欠点があり、とても世界中の全人類に投与出来る程量産出来たものでは無かったのだ。



 各国の代表は即座にある程度の市民の切り捨てを判断し、国内でも重要な特定の人物にのみワクチンを投与する事になる。その事実を、市民に隠して。



 もちろんこんな事では問題は解決しない。むしろ問題は増えるばかりだった。

 その中の一つが、子供。自分達の未来が最早絶望しかないと悟った市民達は、未来を託す為に子を作った。が、しかし、感染者が子を作ったとしてもお腹の中で感染し、男性のみの感染であった場合も、子を作る際に空気感染で女性が感染。人工受精の場合も精液から感染してしまう。



 つまり、片方が感染者であった場合、子供も100%の確率で感染してしまうのだ。市民は絶望し、せめてその醜い姿を見られないように、顔まで覆う黒い服で全身を隠した。



 市民は知らない。ワクチンが特定の人間達にしか使用されていない事を。皆、ワクチンは今開発中なのだと信じているのだ。



 ......え、なんで俺がそんな事知ってるかって? そりゃ俺は転生者だからな。他の人間よりはスペックが高い。

 その天才的な能力を買われて、両親が《死んだ》時に、白く分厚い服を少し赤く染めた人間達に、全てを告げられたんだ。そして俺にワクチンを今すぐ投与するか? って聞いて来やがった。



 ――冗談じゃない。一生そんな服着て生きるなんて、死んでも御免だね。あの両親達のように全身黒い服着るのも嫌だ。まぁワクチンは貰っておくけど。



 それよりも俺にはやる事がある。中学を卒業し、高校には入らずに一人で稼いで来た俺には、やる事が。


 ◇ ◇ ◇


「よし、いよいよだ。行くぞ、俺」



 鏡に写った自分の姿を一瞥する。

 俺のケモノ化は大分進行しており、鼻が結構長く、犬歯が鋭く尖って来た。体毛ももう剃りきれない程に増え、見た目はよくいるファンタジーの擬人化犬みたいだ。正しくは擬獣化、なのだが。



「やっと会える。全く、居場所を掴むのにも苦労したぜ」



 彼女は絶対に俺と会いたくないのか、徹底して自分の身元を隠していた。俺も中々見つけられず、こうして七年もの月日が流れてしまった訳だが......

 しかし実に簡単な方法で彼女は見つける事が出来た。俺が頼み込んだのだ。この国のお偉いさん方に。



 廊下を進み、玄関から家を出る。

 目の前にあるポストの中には沢山の手紙が入っているが......まぁ見る必要は無いだろう。どうせ全てお国からのものだ。

 お偉いさん方に頼み込む時に一度手紙を開いて電話番号を見た時以来手を付けていない。一々見てられるかってもんだ。

 どうせ彼女の家を教えてくれる条件は、ワクチンを自身に投与し、国の機関に所属する事だったし。今更見た所で何の意味も無い。



 残念ながら、免許は持っていない。だがこの世界は交通機関がそれなりに発展しているので、普通に電車とかを使えば行けるはずだ。



「あの時の事、謝って、それで絶対に......」



 決意を固めた俺の背中には、大きなリュックの姿があった。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ......ふぅ......こんな歩くなんて聞いてなかったぞ......もう着いたからいいんだけど......」



 チッ、国の癖に地味な嫌がらせだ。場所は教えてくれたけど、行き方は教えてくれないとか......

 ここもここだ。見渡す限りの麦畑や田んぼなんかで田舎なのは分かるけど、せめてバスは走らそうぜ、せめてバスは。



 ――まぁいい。目の前には待ち望んだ彼女の家がある。後はインターホンを押して、謝って、それで......



「――今日もいい天気~!」



「っ!?」



 かなり遠めだったが、彼女の声が確かに聞こえた。

 長らく田舎に居たせいか、中学の頃にあったトゲはすっかり抜けているように思える......って、冷静に言ってるけど、俺今心臓バックバクだから。思わず隠れちゃう程に。



 多分縁側にでも居るのだろう。彼女が犬耳をピコピコさせながら足をブラブラさせている様子が目に浮かんだ。うむ、実に可愛い。



「妄想はさておき......よし、やるぞ」



 ゆっくりとインターホンに震える指を近付け......確かに、押した。



「はーい! どちら様でしょうか~?」



 タタタ、と足が廊下を鳴らす音が聞こえる。

 それが一つ一つ近付いて来る事に、俺の決意は正しいのだろうか、彼女を不幸せにするだけなのでは無いだろうか......そんな考えが頭を過った。



 ――いや、そんなハズ無い。俺は俺なりに彼女を幸せにしてみせる!



 そして横開きの戸が開く。奥にはキョトンとした顔で首を傾げている彼女の姿があった。

 髪が随分長く伸びていて、以前よりおしとやかな印象を俺に与える。だがケモノ化は進行しており、体毛は全てしっかりと処理しているようだったが、伸びた鼻や、鋭く尖った爪などはもう隠す事も出来ない。

 だが、両親のように黒い服で身を隠さないでいてくれて良かったとも思った。あれは嫌いだ。自分を隠して生きるなんて。

 彼女はその表情のまま、先程も言った言葉を呟く。



「あの......どちら様でしょうか?」



 その一言を聞いて、俺の口から思わず苦笑が漏れた。

 いや、無理も無い。俺だって彼女の声が無ければ、彼女だと気付く事は出来なかっただろう。それほどまでに、二人の体はウイルスに......ケモノ化に蝕まれていたのだ。



「俺だ」



 簡潔な言葉で俺は返す。これで気付いてくれなかったら、本当に笑い者だな。



「ま、まさか......」



 幸いにも、俺の言葉を聞いた彼女は、顔を真っ青にして後ろに後退った。

 ......うん? 幸いにも? いや正体には気付いてくれたようだけど、なんか幸いでは無い気がする。この際無視するが。



「まさか、怪盗ル○ン!?」



「どーしてそうなる!?」



 正体にすら気付いて無かった......ショック......ってかどこの世界に獣の怪盗ル○ンがいるんだよ!? 思わず声に出してツッコんじまったじゃねぇか!



「その鋭いツッコミ......まさか、と、とーくん?」



「そこで気付くのかよ............あぁ、そうだ。俺だ」



 田舎に居たせいで天然になってしまわれたのだろうか。でもまぁ、天然ってのもそんなに悪くない。犬耳で天然の幼なじみ......お? よくね?



 って、ふざけてる場合じゃない。俺は俺のやることをやらないと。



「どうして来たの? 私はもう......」



 顔を伏せて悲しそうな顔をする彼女。だけど、例えそんな顔をされようと俺は。



「聞いてくれ。俺は確かにお前じゃない、もう一人の女の人の事を想っていた」



「じゃあ、なんで?」



「その人には......今の俺では届かないんだ。凄く立派で、時々バカっぽい所もあるけど、俺を救ってくれた人で、優しくって」



 銀髪で碧眼。ほとんど全裸なのに、大事な部分は光の服で見えないという過度な色っぽさを持っている。この世のものとは思えない程綺麗で、口から紡がれる声は正に天使の囁き。

 その声を聞くだけで、俺は幸せになれる。その姿を見るだけで、俺は幸せになれる。その側にずっと居られたら......



「――でも、届かないんだ。俺には遠すぎる。なんていうかな......アイドルを追っ掛けるファンみたいな感じだよ。絶対一緒にはなれない。だけど、好きであり続ける......そんな感じだ」



「とーくん......」



 なんで心配そうな目でこっちを見るんだよ......別に、自分でも分かってた事を言ってるだけだ......悲しくなんか、ねぇのに......



「でも、俺は気付いたんだ。俺はお前も好きだって。あの時、お前が俺に告白してくれたあの時、だ」



「そ、そんな事もあったねー......あはは、昔の事だから、あんま覚えてないかも......」



 どうやら、強がりな性格は直っていないようだ。内側の本当の気持ちを隠せないところも。



「ごめん! 俺は、お前が好きだった! なのに、ずっとお前に辛い思いをさせて......本当にごめん!」



 きっと、俺が女神様の事を思い出す度に、彼女はその光景を見て傷付いて来たのだろう。俺はただひたすら、この事を謝りたかった。そして、贖罪を。



「とーくん......じゃあ、私......とーくんと、一緒に......」



 自分を選んでくれる、そう思ったのだろう。今にも泣き出しそうな顔で目を潤わせ、だけど表情は嬉しそうに、彼女は俺に手を伸ばした。だけど、俺は。



「それは......出来ない」



 そう言って、彼女の手を払う。



 罪悪感が俺を責めるが、全ては贖罪の為だ。確かに、彼女と一緒に生きるという選択肢もあったのかも知れない。

 だけど、それでも生きられるのは、あと精々長くて二十年だ。



 ......そんなのは、違う。幸せじゃない。

 俺は彼女の人生を変える事が出来る唯一の道具を持っている。俺と一緒になるよりも、ずっと幸せな人生を生きられるようになる道具を――



「ごめん」



「えっ? あ......ど......ぅ............」



 あまりの事にボーっとしていた彼女に近付き、忍ばせていたスタンガンで気絶させる。

 何かを言おうとしていたようだが、それを最後まで聞き取る事は出来なかった。



 そして、贖罪は行われた。

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