ケモノの世界 小学校編
「......女神様、一つ聞いて良いかな?」
「はい、なんですか?」
「何してるんだ?」
女神様の美しい銀髪の上に生えた、二つの異物。
三角形のそれは、自分の存在を示すが如く、ピコピコと動いていた。
そして、女神様自身は地面(そんなものは無いのだが、便宜上地面という事にする)に寝転がって、ゴロゴロしていた。まるで......猫のように。
「何って......猫になってるんだニャ」
「『ニャ』......?」
なんか俺が冷静みたいに見えるが、内心そんなに冷静じゃない。正直大パニックだ。可愛いとか可愛いとか可愛すぎるとかで。ただ、一週回って冷静になってるというか......まぁ、そんな感じだ。
いやほんっとに可愛い。特にさっきの『ニャ』は破壊力が強すぎて、思わず自分で一回呟いてしまった程だ。
これは本当にヤバいだろ......毎回毎回、女神様は俺の理性のストッパー外しに掛かってるよな。いいのか? 襲っちまうぞ? いやしないけど。
「うにゃ~、このウイルスは効き目がありすぎますニャ......」
「ウイルスってどういう事だ?」
「次の世界はこんなウイルスが蔓延してるんですニャ。それでウイルスを再現してみましたんニャけど......これは強すぎますニャ~!」
「うわっ!?」
突然俺の体に飛び付いて来た女神様。顔は赤っぽく、吐息も熱い。これはまさか......
「ちょ、女神様!?」
「どうやら発情期みたいですニャ......少し我慢して下さいニャ......直ぐに......」
あー、理性。俺の理性。耐えろよ理性。お前は俺の相棒だ。まさかこんなところで外れたりしないよな?
――あぁ、もちろんだとも。
おぉ、そうかそうか。ありがとう理性。今お前が外れたら俺はヤバい。絶対女神様を襲っちまうから、ちゃんと頼むぜ。
――お前が今すぐ理性を外してほしいって言ってるのは分かってる。外してやるよ。望みのままに。
ちょ、おい理性! 待てって! やめろ馬鹿! おい! ......あ......
「――ふぅ......やっとウイルスの解除出来ました............トリプ?」
「はぁ......はぁ......」
「ど、どうしたんですか? そんな熱い視線で見つめられても......」
「女神......様......」
「え、あ! ト、トリプ......私達はそういう関係じゃないと......」
俺は冷静だ。冷静さ。冷静に物事を見て、女神様を襲う事にした。冷静じゃないって? いや、冷静だね。ただ、理性が欠席しているだけさ。
――先生! 委員長の理性君がいません!
――そうですか、なら代わりに冷静君が委員長代理をしなさい。
――はーい。
こんな感じだ。なので、現在俺を動かしている思考は至って冷静なんだ。だから、女神様の体に飛び付いた俺は決して悪くない。そもそも、誘ってきた女神様が悪い。うん。
「うへへ......女神様......」
「もうトリプ......こうなったら強制転生です! あまり使いたく無かったんですけど......」
瞬間、俺の体から光が迸る。これは転生する時の......え、転生するのに俺の意思って関係無かったの!? 今初めて知ったよそれ!?
「次の世界では、人間皆がケモノ化してますから、気を付けて下さいねー!」
「まだ心の準備がぁぁ!!」
そんな俺の悲鳴も女神様には届かなかったのか、凄まじい速度で視界は白く染まって行き......
◇ ◇ ◇
クエスチョン、ここはどんな天国だ?
アンサー、ケモノっ娘一杯の天国さ。
「なんとぉぉぉぉ!!!!」
小学生になった俺は、恥ずかしさなど全て忘れて叫んだ。そうさせるだけの魅力が、ここにはあったのだ。
「――そのお耳、かーいいねー!」
かーいいね、かーいいね、かーいいね......
俺に話し掛けた女の子の声が木霊する。そう、俺にも犬耳が生えているのだ............だが、そんな事の為に俺の頭の中で声が木霊していたのでは無い。
「ここは楽園だ......!!」
目の前に広がる女の子の軍勢を見渡す(勿論男子も居るが、そんなもの目に入らん!)。その女の子達は、全員が耳にケモ耳を生やしていて......
まぁ要するに、二次元でしか有り得ないと思っていた世界が、目の前では広がっていたのだ。
どんな世界でも、人は自分達の世界では起こり得ない事を妄想する。つまり、全ての世界の妄想世界において、ケモノっ娘は至高! それを世界で俺だけが、この俺だけが(まぁ実際は女神様も居るが、そもそも人間じゃないし)知り得た事に対する歓喜!
これを何と例えればいいのか......俺には思い付かない。それ程までにここは天国であり楽園だったのだ......!
しかも彼女らのケモノ化は、猫耳、犬耳などのオーソドックスなものだけに限らない。熊耳に鼠耳、狐耳から象耳............バリエーションが豊富なのだ。これなら一つだけの耳を見ていて飽きるなどという事も無い。
故に、精神年齢が万を軽く越える程の俺でもテンションが上がりまくってしまったのは、仕方無い事だったのだ。
「最高だ......最高過ぎる......!」
俺は明らかにクラスで浮きつつも、先ほど俺の犬耳を『かーいい』と評してくれた女の子......まぁ幼馴染みなのだが、その女の子と仲良くよろしくやりながら小学校生活を堪能するのだった。
◇ ◇ ◇
そもそも、俺が小学校でいきなりテンションが上がったのには訳がある。
俺は、最初生まれた時、こんな事になるなら女神様を襲わずに、もう少し女神様の猫耳を堪能しとけば良かった......なんて事を考えながら目を開いた。
しかし、直ぐにそんな事は頭から消え失せてしまった。何故なら、俺を見る家族の視線はとても暗いもので、いつも体験する喜びと興奮、そして安心の熱気が、そこには無かったからである。
まぁ俺は少し控えめながらも産声を上げたのだが、またも俺は違和感に気付いた。
皆、頭を顔まで隠す布でくるんでいたのだ。いや、宗教とかそこら辺の関係で、自分の顔を隠す世界は珍しく無い。最初はそう思った。
しかし、俺が違和感を感じたのはその布の奥、僅かに布と布の間から見える素肌だ。
良く目を凝らすと、それは人間ではありえない程に毛深いのだ。
そう、それはまるで......獣のように。
暫く時間が経っても、俺が心配していたような、両親からの虐待などは全く無かった。俺を見る眼差しこそ暗いが、その奥にはちゃんと愛情があったのだ。
しかし、外出は滅多に行わなかった。この世界はそれなりに科学文明が発達していて、家に居ながら物品の注文などが出来たので、必要な物のほとんどはそれで手に入れていたのだ。
そして両親は、食事をする時でも、風呂に入る時でも、絶対に布を外さなかった。
俺が自分の体に違和感を感じ始めたのは、幼稚園を卒業する間際の事であった。
なんだか、耳の辺りがピコピコと痙攣し始めたのだ。幼稚園の友達にも聞いてみたが(皆は布などを付けておらず、極一般的な幼児だった)、皆最近、耳に違和感を感じているらしい。
それで両親にも聞いてみたのだが、その時両親は、いつもより更に悲しそうな顔をして、『大丈夫』と言いながら俺の頭を撫でるだけだった。
そんな事もあり、この小学校での皆ケモ耳大事件は、中々に衝撃的だったのだ。まるで世界が変わったかのような感覚。
俺に犬耳が生えた時も衝撃的だったが、こうなる事は事前に女神様より教えられていたので、その衝撃も然程でも無かった。
が、やはり女性は違う。その衝撃度が全く違う。女神様の時は俺の理性がどっか行く程だったのだから、当然と言えば当然なのだが。
「――で、今俺は家庭科の実習をやっている......と」
「いきなりどーしたの、とーくん?」
心配げな面持ちで、幼馴染みが俺の顔を覗き込む。
その際俺と同じ犬耳がピコピコと動いているのは見逃せない。最初彼女の犬耳を見た時は歓喜の余り飛び上がりそうになったものだ......俺と同じ犬耳なんて、なんか運命の力が働いてるな......って。
彼女は俺の中でも、中々特別な存在になっている。
その理由は、俺が彼女と初めて会った時、その何も隠さない素顔を見て、両親の素顔を見たことが無いせいで生まれていた寂しさのようなものが初めて埋まったように感じたからだ。
因みに、『とーくん』というのは俺の呼び名だ。トリプというのは流石に違和感が大きすぎるので、取り敢えず『とーくん』にしてくれと頼んだのだ。
「いや......なんか妙に家庭科の実習多いよなぁ......って」
「そーかなー? でもとーくんじょーずー!」
「お、ありがとう」
何となく誤魔化したが、家庭科の実習が多いのは事実だ。小学一年の段階から週一で実習というのは、明らかに異常な頻度だろう。
しかし、それはどうやらこの世界では割と普通なようだ。首を傾げた幼馴染みがその事を示している。
「......よし、出来た」
ようやく作り上げたのは一つの料理。
食材の名前はそれぞれの世界で違う場合が多いものの、食材自体はほとんど共通している。動物もまた然りだ。
その為、俺が他の世界で磨いた料理スキルは、別世界でも遺憾無く発揮する事が出来る。今回のように。
「すごいですね、『――』くん」
「すごいすごーい!」
これだけの年数を生きた俺だからこそ言える事なのだが、やはり人に褒められて悪い気はしない。
そりゃ皮肉とかは腹が立つけど、こうやって純粋に褒めてくれる、というのはやっぱり嬉しいものだ。
近寄ってきた先生がパクリ、と俺の料理を食べた。先生は想像以上、とでも言いたげに一瞬絶句して固まると、俺の頭を撫でて「すごくおいしいです」と言ってくれた。
その際俺の犬耳が嬉しそうにピコピコと動いたのは言うまでもあるまい。いや、恥ずかしいのを隠してるとかじゃないし。先生に褒められて頭撫でられた位ではしゃぐ程俺子供じゃねーし! ......いや、うん、まぁ嬉しいけど。
因みに、先生も俺の両親と同じく頭を布でくるんでいる。どうやら、この世界では大人は皆頭を布でくるむ(常に長袖長ズボンなため、全身素肌が露出しない)ようだ。
それがどういう事なのか......段々と予想は付いて来たが、それも仕方の無い事だ。俺がとやかく言う事でもあるまい。
今はとにかく、クラス中の皆に料理のコツを教えて回る事の方がよっぽど重要だ。
「――すごいなぁ、とーくん......」
故に、俺の背中を見つめる熱い視線に、俺は気付く事が出来なかった。




