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魔法の世界 幼少期編

「まー、まー」



「見て、この子もうママって言ったわ! 天才なのかしら!」



「将来はきっといい魔術師になるぞ~!」



「そうね~!」



 ふむふむ。成る程成る程。やっぱり今ので『母親』という意味か。この人達はよく外に俺を連れ出してくれるので、わりと俺も学習がしやすい。近所には子供も多いしな。



 まぁそれはともかく。俺が転生してから......というより、生まれてから一ヶ月が経った。それまでは何とか泣きわめいて空腹をアピールする事で凌いで来たのだが、そろそろ俺も本格的に言葉を話そうと思う。いつまでも話し相手がいないというのは寂しいものなのだ。



「まー、まーおはんー」



「ご飯? ママだけじゃなくて、ご飯って言葉も覚えたのね? 凄いわ!」



「おはんー」



「はいはい、今すぐ用意しますからね~!」



 不思議なもので、この幼少期に覚えたことは頭の中に染み付くようになって全く忘れない。スポンジのようになにもかも全て吸収してしまうのだ。

 これはどんな世界でも共通の事で、俺もこの効果があるから言葉を覚えられる。大人になってから他の言語を覚えようなんて、今のこのフィーバー状態を知っている俺からすれば馬鹿らしい限りだ。



 と、そうこうする内にご飯が運ばれて来た。いや、運ばれてなんかないな。そう、あれだ。皆知ってる、男の子なら誰でも憧れるあれが、今俺の目の前に垂れ下がっているのだ。



「どうしたの~? 食べないの~?」



「あ~、う~......(いや、食べるさ。だけどちょっとな......)」



 いやまぁ、これは今更な話だとは思うよ? 俺は女神様一筋だけど、生きていく上では仕方ない事だとは思う。だから今までだってこの柔らかそうな物体にしゃぶりついて来たし、それを後悔した事は一度だって無い。

 だけど、だからこそ俺は心の準備をする時間が欲しい。こうやって言葉を話そうとし始めた俺は、最早小さく無力な赤ちゃんでは無い。他の人とも意志疎通が出来るようになった、トリプという存在になるのだ。



 ――女神様、いつもの事ですが、今はこの至高の瞬間に縋る俺をどうかお許し下さい......!!



「かぷっ!」



「ひゃん! もう、この子ったら思いっきり噛み付くんだから。私ちょっと痛かったじゃない」



「変な声出てたけどな~?」



「もう、やめて下さい!」



「んー、んー」



 仲のよろしい夫妻の事で。ごくん。まぁこんな牛乳よりまずい液体より、ごくん。ジュースとかの方が俺は、ごくん。好きなんだけど、ごくん。まぁ、ごくん。悪くは、ごくん。ごくん。無い、ごくん。ごくん。ごくん。な。ごくん。



「随分飲んでるけど、大丈夫か?」



「この子は大食いなのよ」



「まぁ早く育ってくれるなら、それがなによりだ」



「早くお父さんみたいに、立派な人になるのよ~」



「ははは、照れるな」



 ふーん、ごくん。俺の父親は、ごくん。凄い人なのか。ごくん。



「なんていったって、あなたのお父さんはこの国の元筆頭魔導師なんですから!」



「ごほっごほっ!」



「あぁもう、飲み過ぎですよ!」



 はぁ? 俺の父親が元筆頭魔導師だって? あの女神様、俺をどんだけいい環境に生ませたんだよ! それってこの国トップクラスの魔法使いって事だろ? 元だけど。でもまだ三十代位にしか見えないのに筆頭って、この人どんだけやばいんだよ!



「昔の話さ」



「そうやって謙遜して。今でも大抵の事は出来るじゃない。ほら、何かやって見せて下さいよ」



「そうだな......じゃあ、破壊と修復の魔法でも見せようかな」



 そう言って父は右手を八メートル位離れている明らかに高級と判る壺に向けて伸ばし、何かをボソリと呟いた。



 瞬間、バリンと音を立てて壺が内側から弾け飛ぶ。



「うー!!(何あれすげー!)」



「もうお父さん、破片なんて飛ばすから危ないってこの子が怒ってますよ」



「あぁ、すまないすまない。だが、これで終わりじゃあ無いぞ......」



 今度は左手を壺が置いてあった場所へと伸ばし、またも何かをボソリと呟くと、今度はなんと壺の破片が重力に逆らって浮き、全ての破片が一つに組合わさって行くのだ。



「......(なんも言えねぇ......)」



 そしてそこにあったのは、最初の形そのままに修復された壺だった。



「――まぁ、ざっとこんなもんだな。お前が言葉を話せるようになったら、教えてやってもいいぞ?」



 ちょっと待て、今『言葉を話せるようになったら教えてやってもいい』的な事言ったよな、多分。つまり、つまりだ。俺が言葉を完璧に覚えたら、この魔法を使えるようになるって事か!? よし、やる。俺全力で言葉覚える!



 かくして俺の魔法学習への道が開かれたのである。


 ◇ ◇ ◇


 二年後。



「お父様、この魔法はどうやって使うのですか?」



「あぁそれか。それはな、ちょっとイメージを変えてやるだけでいいんだ。ほら、こうやって......」



「お父様、出来ました」



「お、おう、そうか。お前は学習が早いな。ほんと、冗談抜きで俺を越える魔術師になりそうだな、お前は......」



「ありがとうございます、お父様」



 俺の魔法学習はすこぶる順調だ。言葉は父親からあんな事を言われた数ヶ月後に基本は掴み、一年前の時点でほぼマスター出来ていた。

 最初は舌が発達しておらず、きちんと話す事が出来なかったのだが、ここ最近はもう完璧といって良いほどに流暢に言葉を話す事が出来る。魔法の学習が始まったのは一年前位からだが、おかげで父親との意志疎通に困った事は無い。



 それに俺の父親はやはり、非常に魔法を使う事に長けている。それを伝える事にも、だ。そもそも、この世界での魔術師と魔導師の違いは人に自分の魔法を教えるか否か、という点であり、その点俺の父親は魔導師だ。

 俺の魔法学習がどんどん進むのは当たり前の事だったのだろう。明確な知能を持つ二歳児に、国内トップクラスの魔導師。魔法の学習を進める上では完璧過ぎる環境と言えた。



 ともかく、そんな偉大な父親のおかげで俺はかなりの魔法を習得する事に成功した。多分、俺の父親が教えられる魔法の内四分の一から半分といった所だろうか。たった一年で国内トップクラスの魔導師の半分近くの力を身に付けるなど、普通の人間からすれば化け物のようなものだろう。



 それも三歳までのフィーバー補正があるからなのだが、これは後一年位で終わってしまう。



 ――とにかく、今の内に覚えられるだけ覚えておかないと......



 かくして俺は今日も魔法学習に励むのである。


 ◇ ◇ ◇


「へっへっへ、おいお前。オイラが誰か分かってねぇんじゃねぇか?」



「ぼ、僕は......」



「オイラはここらじゃ結構名が売れてんだぜ? なぁ、まだ分からねぇのか?」



「な、何をするつもりなんだ......?」



「金だよ、金。金を寄越せってんだよ」



「そんな......僕、お金なんて持って無いし......」



「あぁ? 嘘つくんじゃねぇ! 《ハイフリーズ》!」



「うわっ!」



「金を出さねぇと、どうなるか分かるよな?」



「――止めてください!」



 いじめ? カツアゲ? の現場に颯爽と現れる黒い影、俺。齢六。



「誰だお前は! 邪魔すんじゃねぇ!」



 全く、小学校に入ってからというもの、いじめの現場ばかり遭遇する。なんだか魔法の力にものを言わせた感じで嫌がらせをしたり、脅したり......もちろん俺はどうせ生きるなら正義で生きていく人なので、こうやって止めに入ろうとしているのだが。



 っていうか、コイツ俺の事知らないのか? 俺がもう宮廷魔術師位には強い事は先生方以外には秘められてるけど、それでも俺は学校の安全装置的な感じで色んな不正行為を防ぐため東奔西走しているんだぞ? 同じ学校なら俺を知ってる奴がほとんどだし、知らない奴なんて聞いた事が無い。



 ......まぁ、それなりに名が売れてるらしい彼を俺は知らないし、お互い様か。



 俺は右手を近付いて来る少年の足に向けると、一言。



「《メイトス》」



 《メイトス》は空間自体を歪ませる高等魔法だ。大規模で放てば、それこそ防御不能回避不能の大規模破壊をもたらす事が出来る。

 それを最大まで威力を落とし、足下を狙って放ったのだ。これだけなら相手もつまずくか転ぶかするだけで、大した怪我にはならないだろう。それに、この魔法が高等魔法だとバレる事も無い。完璧なナイスアイデアだ。



 ナイスアイデアだったははず、なのだが......



「うぎゃあ! 痛ぇ! 足が千切れる~!」



「な! え! マジか!」



 少年は突然足を抱えて倒れこむと、痛い痛いと叫び始めたのだ。流石に俺も少し素を出しながら少年に駆け寄る。



 しかし、それは全て少年が謀った事だった。



「もらった! 《シュタイデント》!」



「な!」



 俺が少年に駆け寄り、手を伸ばそうとしたその瞬間に少年は俺の胸に手を当てて、魔法を唱えてしまったんだ。それだけは絶対にしてはならないのに。



「へへへ、どう..................」



 確実に自分の魔法が決まったと見て、自信満々な表情だった少年の瞳から、突如として光が消える。



「い、今のは......」



 カツアゲされていた少年が、何が起きたのか分からないといった表情で俺を見る。そりゃそうだろう。俺は魔法の直撃を喰らったはずなのにピンピンしていて、魔法を放った方が動かなくなってるんだから。



「俺の自作魔法、《ルシファー》......永遠継続型の魔法だ。俺に対して魔法による攻撃を試みた者の心臓を、強制的に破壊する。解除は、不能」



 それはちょっとした出来心で作ってみただけの魔法だった。父から様々な魔法を教わり、組み合わせればもっと凄いのが作れるんじゃないか、という考えの下で作ってみた魔法。



 しかしその魔法は、俺が求める以上の効果をもたらしてしまった。一度、俺達の家の金を狙って入った泥棒がいたんだ。そして泥棒は、俺に対して魔法を使った。俺も新しく作った魔法の実験がしたかったので、わざとその攻撃を受けてしまったんだ。

 結果は泥棒の死亡。正当防衛という事で済まされたが、あの時俺が魔法を避けていればあんな事にはならなかったのだと思う。だから、俺はそれ以来回避系の魔法に力を費やして来たというのに......



「また俺は、一人殺してしまった......」



 あれほど望んだ魔法だったというのに、今ではそれが憎らしくてたまらなくなっていたんだ。俺は。




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