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始まる世界

 そして俺の意識は再び覚醒した。



「ぐ……あぁ……!」



「お帰りなさい、トリプ」



「あ……あぁ。ただいま、女神様」



 微笑みながら俺を『トリプ』と呼ぶ女神様に、俺も若干引き攣った笑みで返す。



「それにしても、酷い死に方でしたね。刺殺、ですか」



「あぁ。もう一万二千八百三十一回目の死だってのに、俺も最近は楽な世界が多かったからって、油断してたぜ。まさか盗賊に後ろからグサリ、なんてな」



「そういう数、ちゃんと覚えてるんですね」



「当たり前だろ? 何回やっても、転生する時と死ぬ時の衝撃は忘れらんねぇよ。数くらいちゃんと記憶するさ」



 俺は若干得意げに言った。



 さっきの死は辛いものだったが、もう俺の体に傷は無い。いつまでも無い傷を痛がるのもおかしな話だろう。まぁ、今の俺の体は実際曖昧なもので、俺の意識次第でどんな形にも姿を変えるのだ。

 しかし、未だに女性になったり、獣になったりという事はない。今まで一度も女性や獣に転生した事が無いからだ。俺はなった事の無いものを詳しく想像出来る程、頭の良い人間では無いのだ。実際、今の俺はさっきまで山道を歩いていた、見た目ひ弱そうなヒョロリとやせ細った長身の男の姿である。



 ここは、俺の意識体と女神様だけが存在する世界。真っ白で何も無い、始まりと終わりの世界。



 女神様が得意げになった俺を見て、一度驚くような表情を浮かべてから、再び微笑み言う。



「じゃあ、次は一万二千八百三十二回目の転生ですね」



「そうだな……なぁ、女神様」



「なんです?」



 ここで俺は日々疑問に思っていた事を口にする事にした。毎日毎日、俺がまず第一に考える疑問。女神様はニヤニヤとした顔をしている。

 こういう顔をする時は、俺が何を言うのか大体分かっているのだ。もうかなり長い付き合いになるから、俺にも分かる。



「どうしてあの時、俺を助けたんだ? いや、あの時なんて言っても、どんな死に方をしたのか俺全然覚えてないんだけどさ」



 女神様はその質問に、輝く碧目を更に輝かせ、雪のように白い肌を少し朱色に染めながら言った。



「もう、その質問何回目ですか? 一目惚れみたいなものだって言ったじゃないですか。もう、恥ずかしいです……そうやって、私をからかおうとしても無駄なんですからねっ…………もしかして、私のこの反応を楽しむ為にいつもこの質問をするんですか?」



 そう言って女神様は納得がいったかのような顔をして、俺の瞳を覗くように顔を近づけた。もちろん、俺にはそんなつもりは毛頭ない。

 ただ、いつもこの質問をした後の女神様のこの返答になんとなく疑問があるというか……本当に、一目惚れなのだろうか。

 確か、生きようとする魂の輝きに惚れたとかなんとか言っていた気がするが、少し納得させるには弱い理由だと思う。いや、光栄だとは思っているし、確かにこの返答と女神様の反応に胸が高鳴ったりするけれども、だ。



 ……まぁ、いい。俺と女神様には時間が無限と等しい程にあるのだ。話したいと思った時に話してくれればそれでいいだろう。

 どんな理由だったとしても、俺が女神様に助けられた事に変わりはないのだから。それで俺がなんらかの計画に利用されていたりしても、俺は動じない自信がある。

 もしも、だが、女神様が凄まじい考え、例えば俺の意識を乗っ取り、自分が転生する事を目論んでいたとしても、俺は喜んで協力する。 

 確かに女神様ともう会えなくなり、転生が出来なくなるのは寂しいが……俺は女神様から色んなものを貰い過ぎた。こんな事で少しでもそれを返済出来るのなら、そんな寂しさなど、どうという事はない。



 要するに、俺は女神様に心酔してるって事だ。自分の命を彼女に捧げようと思えるくらいには。



「——トリプ?」



 急に黙りこくった俺を見て、心配げな表情で女神様は更に顔を近づけた。それはもう、互いの鼻先が触れ合う程の距離。



 やばい。俺の純心が喝采を上げてやがる。駄目だ、抑えろ。このまま女神様の唇を……とか、シャレにならん。おい待て俺の両腕! 何故女神様を抱きしめようとしてやがる!? 



 そう、俺は未だに童貞だ。沢山の世界を経験した全てを合わせても、だ。キスくらいならあるが……そこまで発展した事は一度もない。

 俺は初めては女神様と心に決めているからな。どんな事があろうと手は出さないのだ。



 俺は慌てて顔を離し、手を振りながら誤摩化す。



「いや、実はいつものその反応可愛いなーって思ってさ! これからも質問させて貰うぜ!」



「むぅー……まぁ、可愛いって言ってくれたからいいですケド……」



 女神様は頬を膨らませてそっぽを向いた。

 その碧目の瞳に若干残念そうな表情が覗いたような気がしたが、気のせいだと首を振り、再び女神様に向き直る。

 その頃には既に女神様の瞳はいつも通りの輝きを取り戻していた。良かった、正直、女神様の悩みを俺がどうにか出来るとは思えない。やれと言われればやるが、やれそうにない事をやりたいとは思わないのだ。

 女神様が元の表情に戻ったのを見て安心した俺は、次の世界について話そうと口を開こうとした。しかし、



「「な…………どうぞお先に」」



 この世界には俺と女神様しかいない。そして俺を転生させてくれたのは女神様なのだから、優先順位は女神様が先。

 彼女はそうは思っていないようだが、俺の中ではそうと決まっているのだ。だから、たまにあるこういうどちらも同時に口を開くという状況に陥った時、先に話すのは女神様だというのが俺ルールだ。



 俺がいつも通りに『先に話せよ!』という意思を込めた目で見つめてやる。女神様も負けじと『トリプこそ先に話して下さい!』という目で見つめ返す。

 それが実に三十秒も続き、それでもまだ俺が退く意思は無いといった目で見つめていると、ついに女神様の方が折れ、諦めた風に首を振りながら閉じてしまった口を再び開いた。



「はぁ、仕方ありませんね……トリプはいっつもそうなんですから」



 因に、『トリプ』というのは俺の持つ能力、《ワールドトリッパー》の略称である。

 一々転生する度に新しい名前が付くので、毎回違う名前で呼ばれるのはどうかと思い、俺が提案したのだ。即ち、この世界における俺の名前を作ろう、と。

 そして女神様が考えついたのが『トリプ』という名前だったのだ。

 実際、俺も本当の名前なんて忘れてしまったので、仮の名前であったとしても、俺はその名で呼ばれるのが結構嬉しかったりする。



「私が話したかったのは、次の世界についてですよ」



「あぁ、そうなのか? なんだ、俺もその話しようと思ってたんだよ」



 結局、どちらが口を開いても同じだったと言う訳だ。だとすればあの三十秒に渡るにらみ合いにはなんの意味があったのだろうか。まぁどうでもいいけど。



「私が見て来た感じ……次の世界には《魔法》なるものが存在しているようです」



 女神様の『見て来た』という言葉は、本当にそのままの意味だ。彼女は、世界を覗く事が出来るのだ。

 俺の前でやってるのは見た事がないが……しかし、事実俺は毎回毎回女神様の助言を受けて世界へ旅立っているし、俺がその世界でした事を女神様も知っているのだ。

 早い話、俺は監視されているのである。なので、迂闊な行動は取れない。

 いや、女神様を信じてないとかそういうのじゃなくて、俺が見られたら恥ずかしいと思う行動が出来ないという事だ。

 屋内であろうと、勿論油断は出来ない。屋外に比べればまだマシなようだが、朧気ながらも女神様は屋内も見通す事が出来るのだ。恐ろしい話である。



 しかし、魔法とはな……



「魔法か……今までも何回かそんな世界はあったけど、俺魔法の適性無いんだよなぁ。その事で悪ガキ共に散々いじめられたのは今では良い思い出だぜ。もう一度は嫌だけど」



 ジーアンとかいったかな? 魔法で増大した凄まじい威力の『声』で歌を歌い、俺達の耳を破壊して回ったのだ。

 確か俺の名前はその時ノベタっていう名前で、魔法の適性が全く無く、一度も魔法が使えないままジーアン達にいじめられ、眼鏡がよく割れて大変だったものだ……

 ネコ型ロボット? そんな救世主はいなかったよ。



「いえ、それが……次の世界の《魔法》は、生まれた瞬間から誰でも使えるらしいのです」



「な、なんだってー!?」



 俺は大げさに驚くが、別にわざとやってるのでは無い。本当に心の底から驚いているのだ。

 それはそうだろう。俺は今まで本当に、一度も魔法を使った事が無いのだから。

 凄まじい時を生きた俺でも、いや、凄まじい時を生きたからこそ、出来なかった事はやりたくなる。それが出来ると言われたのだ。驚かないはずがない。



「それは、どうやったら伸ばせるんだ? 才能か? 努力か?」



 俺は目を輝かせて女神様との距離を詰めた。

 それというのはもちろん魔法の事である。出来れば努力であって欲しい。

 俺は運を女神様に会えた事で使い果たしており、今までの転生で運が良かった事などほとんど無いのだから。



「確かに若干の才能は含まれるようですが......ほとんどは自身の努力の結果らしいですね。実際、国の筆頭魔導師という人も、大抵は老人らしいですし。でも、一番魔法の力が伸びるのは年齢の低い内らしいですね。特に、何でもクッションのように物事を吸収する三歳までの間にたくさんの事を覚えると、俗に言う『天才』になれるそうですよ?」



 いやっほう! これは俺にとって一番素晴らしい世界になるんじゃないか!? 

 俺は記憶を引き継いで転生するから、赤ちゃんの状態からでもかなり知的な行動が取れるのだ。

 つまり、全力で言語を覚えさえすれば、後はもう魔法の特訓を行うだけで俺は『天才』と呼ばれて人々の上に立てる訳だ!

 久々に、面白そうな世界だ。俺は記憶受け継いでいるとは言っても、知識無双が出来るという訳では無いのだ。

 何故なら、忘れてしまうから。当たり前だろう? 俺はもう何億年という時を生きたが、その内のほとんどの記憶が無い。別に俺は完全記憶能力を持っている訳では無いのだ。

 極普通の人間の頭が、何億年もの知識を記憶しておけるはずがない。

 おかげで俺は、精々一個前の世界の記憶を朧気に覚えているかどうかという所なのだ。



 ともかく、それが分かれば今すぐ行くに超した事は無い。

 転生は俺の意思でいつでも出来るので、いつまでもこの世界に留まる事は出来るのだが、女神様も俺が転生してくれるのを望んでいるらしいので、さっさと行くとしよう。



「じゃあ、ちょっくら行って来るぜ。また会うのは六十年後位かな......ま、それまで精々俺の事を見守っていてくれ」



「分かりました。行ってらっしゃい」



「おう」



 俺は目を瞑る。再び瞼を開けば、そこは別世界のはずだ。



「魔法、使うぞー!」



 変な掛け声と共に、俺は目を開けた。


 ◇ ◇ ◇


「お母さん、生まれましたよ! 元気な男の子です!」



「ふふふ......『――』」



 ふむ。この人が俺の母親か。

 見た感じ、貧乏では無さそうだ。出産を手伝ってくれたメイドらしき人もいる事だし、お金に困ってはいないのだろう。少し安心だ。

 そして俺の名前が『――』か。面倒なので書かないけど。俺には女神様がくれた『トリプ』って名前があるのだ。



「う、生まれたのか!?」



 その時、バタンと木製のドアを開けて一人の男が入って来る。

 どうやらこいつが父親のようだ。結構高そうな服を着ている。俺はお金持ちの家に生まれたのだろうか......



「それにしても、この子泣きませんね......?」



「大丈夫......かしら......」



「おぉ、天よ、我らの子に祝福を与えたまえ......!」



 言語が分からないので、何を言っているのか皆目見当が付かないが、多分泣かない事を心配しているのだろう。経験で分かる。

 転生した瞬間に必ず通る道なので、流石にここはどうすればいいか俺も覚えている。

 泣けばいいのだ。大きな声で、大量の涙を浮かべながら。



「おぎゃー! おぎゃー!」



 その日、俺は一万二千八百三十三回目の産声を上げたのだ。

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