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銃撃の世界 後編

 よくもまぁこんな鉄の塊が沈まないものだ。俺はこういう乗り物に乗ると、いつもそう思う。

 いや、原理は分かっているのだが、どうしてもそれだけで納得のできる話では無いのだ。俺にとっては。



 まぁそれはともかく。



「しかし......ここが超巨大な貨物船だって事は分かったが、なんだってこいつは動いて無いんだ?」



 馬鹿のように広く、先ほど俺が出てきた部屋以外のほとんど全てが灰色の平面で出来ている、ある意味絶景を眺めながら、俺はふと呟いた。



 風が無いのだ。船が動いているのであれば、風があって然るべきのはず。



 船の端まで歩いて行き、そこから顔を覗かせ下を見る。もちろん、波は立っていなかった。



「......そうだ、ここが船なら、他にも人は居るはず......そいつらに会ってどういうわけか説明して貰おう。俺なら多分、怪しまれないだろうし」



 ......いや、違うか。ワドは全員殺したのだろう。俺と会うために。



「ちょっと待て、良く考えろ。別にこの船を動かす必要は無いじゃないか。俺はワドを捕らえて真実を吐かせる事が出来れば、それでこの世界に用は無くなる。うん、そしたらここでのんびりワドが来るのを待つとするか」



 どうせ俺はこの体で、この世界で生きていく事など出来ないのだ。人から乗っ取った体で生きるなんて、土台無理な話。どんなに足掻いても良い人生にはならないだろう。



 そんな事を考えつつ、俺はあの階段から続く部屋の出口をいつでも狙撃出来るように伏せ、アサルトライフルの銃口を向ける。残り百十九発。現在使用中の弾倉内の弾数は十九発。残り弾倉五つ。



 余裕だ。ぬるいぬるい。ここで一発相手の足に当てれば終わりなのに、まだ百発以上あるんだぜ? 大丈夫、これなら全然大丈夫だ。こんな広い場所では、俺のアサルトライフルが最も効果を発揮する......!



 ようやく訪れた絶好の機会に、少々テンパりながらもイメージトレーニングを行って数分。



「......遅い。遅い。遅すぎる!」



 たかだか百メートル歩いて階段のぼって部屋から出るのに時間かかり過ぎだろあいつ! もう八分になるんじゃないか? 歩いていたんだとしても、それでも時間かかり過ぎだ!



 あるいは、俺の有利な地形に自分から踏み込む程、あいつも馬鹿じゃなかったってか? 俺の見込み違い?

 なら、少し様子を見に行くべきか......



「いや待て。それだと奴の思うつぼだ。仮にあいつが俺が降りてくるのを待っているのだとしたら、これは我慢勝負。どちらが先に折れて、どちらが先に自分の不利な状況に自分から踏み込むか......」



 だが、俺は我慢強い自信がある。なんてったって、女神様にどんな大胆な事をされても耐え続け、それで尚、今まで俺の気持ちを明かさなかったのだから!



 ヘタレと言われようが関係無い! ヘタレはヘタレなりに我慢してるんだ!



 と、自分を自分から弁護するのに必死で、俺は今まで気付かなかった。その事に気付くのは、少し後の話。



「――いやぁ、待たせち」



「貰った!」



 問答無用。何を話そうとしていたかは知らないが、扉を開けて陽気に出てきたワドの足を、俺は瞬時に狙って撃ち抜いた。



 はずだったのだが。



「全くもう、人の話は最後まで聞きなさいってお母さんや先生に言われなかった? 言われたよね? せっかちだと色々損するよ、人生。のんびり気ままに自由奔放と生きろとは言わないけどさ、ある程度余裕を持って生きてく方がいいんじゃないかな」



「お前、避けた......?」



 足をがに股に開き、おかしな体制のまま話を続けるワド。もちろん、その足に傷は無い。代わりに、がに股に開いた足と足の間中央右寄りの所の扉に、俺が放った弾丸の跡が付いていた。



 それはつまり、避けたという事だ。

 だだっ広いとは言っても、所詮は船の上。二人の間は僅か......といえる程の距離では無いが、百メートルしか離れていなかった。

 そこからアサルトライフルの弾を見てから避けるなんて、不可能。人間の反射神経の限界を突破している。となると、あいつは俺が足を狙う事を予測して、ピンポイントであらかじめ避けてきたという事。



「そりゃ君は僕を殺せないからね。狙うのは足しか無いでしょ。行動不能にし、かつ腕より狙い安いし。少し考えれば分かる事だよ。まぁ右と左どっち狙って来るのかは分かんなかったんだけど。君はどうやら左を狙ったようだね」



 ようやく俺の姿を見つけたのか、さっきまでキョロキョロしていたワドが俺を見ながら言う。

 その手には、さっきまでワドが持っていたサブマシンガンよりも一回り大きい銃が、握られていた。



 間違いない。あれは、アサルトライフル。



「いやいやぁ、ごめんごめん。準備に時間かかっちゃってさぁ! あ、でも準備って言ってもこれとこれの弾倉をサブマシンガンの分と入れ換えて来ただけなんだけどね。ついでにさっきの銃達は全部壊して来たから、もう補給は出来ないよ。安心してくれていい」



 何処が安心出来るんだ......俺は今回、本当に抜けているどころでは無いぞ。

 下でこういう準備をしていると、何故俺は考えなかった? 相手は降りて来られないと分かっているなら、準備はしてきて当然の話だったというのに。



「うーん、いやぁ良く見えるね。見晴らしがいい。君の姿が、良く見える」



「クソ!」



 直ぐに反撃が来るのを悟った俺は、咄嗟に右へ駆け出した。

 途端、先程まで俺が居た場所に小さなへこみが幾つも出来る。



 ワドが放っているのは、間違いなく殺気だった。



「あーあ、まだ痛いんだけどねぇ......ちょっと無理をしてみようか」



 全身から放たれる殺気をそのままに、ワドは自分の腹をさすりながらのんびりと言う。



 瞬間、一段階ギアが上がったかのように、奴の殺気が度を増した。



 ダダダダダダダダ。



「駄目だ、反撃しないとこっちがやられる!」



 アサルトライフルが限界を迎えようと、それこそ内側から破裂しようがどうでもいいといったレベルでワドは弾を容赦無く連射する。

 今はなんとか避けているが、このままでは負ける。殺される。



 本能的な危機感が命じるまま、俺はその場に伏せ......というよりは倒れこみ、銃口をそのままワドに向けた。

 そのままフルオートで連射。



「くぅ......!」



 激しい反動を腕力と体重だけで抑え、なんとか狙いからほとんど外さずワドを撃つ。



 鼓膜を破くような騒音の中、ワドが放った弾の一つが俺に当たったようだ。左足に、溶岩を直接流し込んだような焼ける痛みを感じた。

 だがその痛みも、沸騰してアドリナリンを分泌しまくる脳には僅かしか届かない。

 今はただ、命を奪わんとする横降りの雨の中で、元凶たる雨雲を撃ち抜くことしか頭になかった。



 装填、発射。装填、発射。装填、発射。



「はぁ......はぁ......」



 残り五十三発。



 初期弾数の半分とすこしを消費したところで、ようやく俺の指は止まった。

 先程が非常にうるさかったのもあるのだろうが、銃声が鳴りやんだ後の船上《戦場》は不気味なほど静まり返っていた。

 潮風の音、それだけがこの場を支配する王者のように思える。



「痛っ......」



 急速に頭が冷えていき、それと同時に脳が現状の理解を始める。

 左足の鋭い痛みに顔をしかめ、直ぐ様止血を試みようとして......止めた。



 銃声が無いということは、ワドには俺の弾が当たったのだ。生死は不明だが、どちらにしろ無力化には成功した。

 ならば生死を確認し、生きているなら情報を聞き出し、死んでいるなら次の世界へ転生しなければならない。

 この体の元の持ち主には悪いが......どちらにしろ、俺はもうこの世界では生きていけないのだ。

 俺はこの体を使い捨ての道具のように、使い捨てる。ほんと、自分勝手だと思うし、体を用意したのがワドであっても、やっぱり使い捨てるのは俺なのだから、結局は俺が悪い。だけど。



 ――無駄じゃあ、無かったぜ。ありがとう、元の持ち主。



「ぐ......う、うぅ......!」



 赤い線を引きながら、俺は地を這ってワドのところへ向かう。

 ズキリズキリと、左足が痛い。痛いということは、まだ動ける。


 交互に腕を繰り出し、少しずつ、だが着実にワドに近付いていく。



「ワドォ! 生きてるのか、死んでるのか、返事をしろォ――!」



 ようやく、地に仰向けになって倒れているワドを見つけ、叫ぶ。そこには血溜まりが出来ており、半ば絶望しながらも、俺は呼び掛けることを躊躇わなかった。

 海を漂う船の上に、潮風の音を上から上書きするような、悲鳴に近い声が響いた。



 返答は。



「――ゲホッ、あぁ大丈夫ー、死んでるよー、もう死んでる」



「返事できるってことは、まだ死んでないってことだよな。ちょっとそこで待ってろよ!」



 こんなに痛いのに、少し笑みが漏れた。何故だろう、あいつは俺の敵なのに、どうして『生きてて良かった』と思ったのだろう。

 それはもちろん、あいつから情報を聞き出せる、という思いが大半を占めていたのだろうが、まだそれだけでは無いような......そんな気がした。



 しかし。



「――あー、ごめん。間違えたー! 僕は、今から死ぬんだよねぇ!」



 たいそう愉快そうに、奴は声を上げた。ケラケラと笑い声が聞こえそうな、そんな気持ちの悪い声。

 まだ終わらない。終わらせない。暗にそう言っているようだった。



「馬鹿! やめろ!」



 その言葉が意味する事を瞬時に悟った俺は、既に限界まで上げていたスピードを更に上げる。

 このままでは、あいつは死ぬ。

 ふだん死にたい奴なんてあんまり居ないからみんな気付かないが、案外、人というものはどんな状態からでも死のうと思えば死ねる。

 それこそ四肢を切り落とされようと、口さえあれば死ねるのだ。必要なのは、自ら死ぬ覚悟。それを奴は満たしている。あいつは、死のうと思えばいとも簡単に死ねる。



 俺とは違う。俺は生に執着しているから、そんな簡単に死ねない。あいつは、死に執着しているから......



「アッハッハ――!! それじゃ、次の世界で待ってるよぉ! 愛しのっ、トリプゥ――!!」



「待てぇ――!!」



 俺の制止も虚しく、全てを言い終えたワドは、青い空に赤い噴水をふかせ、死亡した。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ......ふぅ......あ、はぁ......ぐ......あぁ......」



 俺は葛藤していた。死ぬか、死なぬか。拳銃を片手に、問答し続ける。



 死ななければ、奴を追えない。

 だからといって、自殺する必要があるのか? このまま出血死だって出来るんだぞ?

 だけど、自分の意思で死ななければ、奴を追えない。そんな気がする。

 そんな証拠、どこにある?

 俺が今回、あいつを追えたのは俺の意志の力ゆえだ。それは間違いない。

 なら、追いたいという気持ちだけを持っていれば、死んだ時に追えるじゃないか。

 それじゃあ駄目なんだ。それじゃ......覚悟が足りない。

 そんな事はないだろう? 俺は絶対にあいつから真実を吐かせると、誓ったはずだ。それだけでは覚悟が足りないのか?

 あぁ、足りない。あいつを追うなら、自分が何度死んでも、何度顔を知らない誰かを殺しても、必ずあいつを捕まえる。それぐらいの覚悟が必要だ。

 そんな覚悟、俺にあるのか?

 無いなら、今覚悟を決めればいい。

 そんなのは言葉のあやだ。実際的な問題として、俺はそれが出来るのかと聞いているんだ。

 やってみせる。俺だって《ワールドトリッパー》の持ち主。女神様から与えられた借り物だけど、俺はこいつと何億年も一緒に生きてきたんだ。使いこなしてみせるさ。



「死んだら、また女神様と会うのかな? できれば、気まずいから会いたくはないんだけど」



 血が随分と抜け、少し青くなった顔で俺はそんな台詞を漏らす。

 だけど、不思議とそんなことにはならないという確信があった。



「ワドは直接体に入れるんだろ......なら、俺でも出来るはずだ」



 何せ、俺とあいつは同じ力の持ち主なのだから。結び目だかなんだか知らないが、俺にだって解けるはずだ。

 あまりやりたいとは思わないが......あいつを取っ捕まえるまでは、俺がその罪を背負わなければなるまい。



「ふぅ......ふぅ、ふぅ......」



 すちゃ、と、頭にヒンヤリとした鉄の塊が当たる。



 トリガーに指をかけて......と、そこで俺の指は震え始めた。

 きっと、血が抜けすぎて、末端に力が入らないのだろう。そうに違いない。



「ふ......はぁ......や、やるぞ......やるぞ、やるぞ、やるぞ!」



 少しずつ、力を込めて......限界ギリギリのところで、一気に、押し込む。



 ドン!



 小さな銃声が一発分だけ海の上で鳴り響いて、俺は死亡した。

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