銃撃の世界 前編
「閃光手榴弾で目眩ましからの脱走なんて......粋な事しやがるぜ」
まだチカチカする目と、響きが残る耳を擦りながら、俺は嫌な顔をして呟く。もちろん誉めていない。ただの嫌味だ。
見たところ、この建物に人影は無い。それどころか、出口らしきものも見当たらない。
直ぐ後ろには壁があり、そこから端までは......直線距離にして、二百メートルはあるだろうか。幅は六十メートルと少し。
高さはかなり余裕があり、地面から天井まで十メートルはある。
本当に、ここはどこなのだろう......不自然に思いつつも、俺はそこら辺にあるコンテナを適当に開け(幸い、ほとんどが手動で開くタイプのものであった)、ワドと戦うための武器を探していく。
だが、コンテナから現れる物は食料、食料、燃料、食料、燃料......いつになったら武器が出るんだ......
俺の歩く音と、ときたまコンテナを開けた時の大きな音以外何も聞こえない、静かな空間。
その二種の音だけは壁や天井で反響して大きな音に聞こえるから、尚更周りが静かなように思えてくる。
或いは、目をつむって周りの音に耳を傾けていれば簡単にワドを探し当てられるのかもしれないが、俺もわざわざそんな自分の身を危険に晒す行為は行いたくない。
こうしている間にも奴に狙われている可能性はあるのだが......どちらにしろ、武器を見つけなければ話にならないのだ。
「......お、このコンテナ最初から開いてるな。ワドが開けたのか?」
数にして六。時間にして二十分程。
そうして発見した、俺の身長より少し大きいくらいのオレンジ色のコンテナの中を、一応周りや中身を警戒しつつ覗く。
「どれどれ......ん、いいな。これは使えそうだ」
コンテナの中で更に積まれていた木箱の一つを開け、中身を包んでいた紙を適当にポイと捨てる。
するとそこには、黒く、固く、横に長い金属の塊が......いや、こんな遠回しな言い方は止めよう。
銃だ。それも、アサルトライフル。ようやく、武器を見つけた。
単発と連射を切り替えられ、その上ライフル弾を発射するため、拳銃の弾を使用しているサブマシンガンよりも威力が高い。
どんな状況でも安定して戦果を出せる、万能の銃。ご丁寧な事に、弾倉と防弾ベストも同じ木箱に入っていた。
「よし」
防弾ベストを着用し、それについているポケットに弾倉をしまっていく。数は六。一つの弾倉に二十発分の弾が入っているので、計百二十発。少ないと言えば少ないが、たかがワド一人を捕らえる位なら、これで充分だ。
更に近くにあった木箱を漁って出てきたホルスター付きの拳銃を後ろ腰に装備し、同じく出てきた閃光手榴弾を右腰に紐で括り付ける。
そして最後にアサルトライフルを肩から腰に掛けて準備完了。
これだけの装備をこのコンテナだけで用意できるとは思わなかった。なんならこの装備を奪われないよう、壊して行けば良かったのに。俺なら間違いなくそうする。ワドも抜けてるな。
コンテナから出ようと歩き出し、途中俺が開けた覚えの無い木箱に足が当たって躓きそうになる。
......なんであいつはサブマシンガンを選んだんだろう。アサルトライフルの方が威力も高くて強いというのに。
ここにあった装備の中では、最も強力な武器だったはずだ。なのに、それを差し置いてまで、何故サブマシンガンを............いや、適当に選んだ奴がサブマシンガンだったのかな。俺はたまたま一番強いアサルトライフルが当たった訳だ。まぁ結局他の木箱も開いてるから同じなんだけどね。
本当に、抜けている。
最後にコンテナから出る前に試射をしておこうかとも考えたが、音で居場所がバレるかもしれないので止めておいた。多分、使えないという事は無いだろう。
いつでも発射出来るようにアサルトライフルを構え、コンテナから外に出る。
前良し、右良し、左良し。
素早く体の向きを変え、全方向の安全を確認。俺はそのまま近場のコンテナの陰へ走り、取り敢えずの安全を確保した。
ふぅ、と自分でも気付かぬ間に息をついた、正にその時。
「――お~い! そろそろなんか装備が手に入ったと思うんだけど~! もう出てってもい~かぁ~い~!?」
どこか気の抜けたワドの声が響く。
一瞬体がビクリと反応してしまったじゃないか。驚かせるなよ。
声から今何処にいるのかを割り出そうともしてみたが、やはり駄目だ。音が反響しまくって全く分からない。
まさか返事をするはずが無いが......しかし、何処か俺には見つけられない場所に隠れているのであれば、どうにかしてその場所を見つける必要がある。
もちろん、返事をしてそこから出させるという手段もある。多分、あの全てを遊び半分でやっているような奴なら、俺が『準備完了だー! さぁ、ゲームをちゃんと始めようぜ!』と言えば、必ず出てくるだろう。
だが、出来るならばこのままワドには俺が準備出来ていないと勘違いさせておいて、そこを後ろからこっそり襲撃、という方法を取りたい。
あまり姑息な手は好きでは無いが、そんな事で悩む程、俺の覚悟は甘くない。どんな手を使ってでも、俺はワドを捕らえて、真実を吐かせる。その為に女神様の気持ちを裏切ってまで、ここに来たのだから。
どんな手を、使ってでも。
「すまない! まだ準備が終わってないんだ! もう少し待っていてくれ!」
平然と、なるべく平静を装って言葉を放つ。幾度も反響し、耳にうるさい音となったその情報は、確かにワドに届いたはずだ。
まるで、かくれんぼ。『もういいかい』『まーだだよ』......そういう感じ。
本当はもう隠れる場所が決まっているのに、こそこそ動いて他に隠れる場所を見つけておいて、その隠れ場が危険と分かれば予備の隠れ場に移る......そういう姑息なやり口。
なら俺は、鬼に見つけられる小さな子供か。
だが今日の俺は、その鬼を越えて......凌駕して、倒さなければならない。あぁ、やってやる。
しかし。
「――それは......嘘、だね」
静かな口調......怒りを含んでいると言うべきか。それは響きを得て力を増し、精神的な圧力を持って俺に届いた。
「なぜ、そう思う?」
俺から出る声が、僅かに掠れているように感じる。
「当たり前だよ。そうではない。そうであるはずがない。君がまだ装備していないというのはおかしいんだ。あってはならない。堕ちた身だけれども、仮にも僕は神なんだよ? しかも、上位神。あぁ、まだ君には言って無かったかもしれないけれど、実はそうなんだ。今後は覚えておいて欲しい。まぁ薄々感付いてはいたんだろうけど......そんな事はどうでもいいんだ。それより、何より......」
一拍。
「――君は、焦っていなかった」
これが決定的な証拠だと、言わずしてその意味を乗せ、強い口調でワドが言った。
「なぜ、君は僕に問われた時、平然と、平静を装って答えた? おかしいだろう。何がって、そりゃ平然と、平静だった事がさ。僕は君に装備が手に入ったかい、もう出てってもいいかいと聞いたんだ。本当に何も準備が出来ていないのであれば、普通もっと焦るはずだ。だって、君が何の準備もしていないままで僕が出てきたんじゃあ君に勝ち目は無いんだからね。だけど、君は焦っていなかった。だから、嘘。偽り、虚偽」
「..................」
何も言い返せなかった......というより、言い返さなかった。
そりゃ、言ってやりたい事はあるけれど、自分で自分を守りきれないと分かりきっている言葉で守ろうとしても、滑稽なだけだ。俺は無様に抗うくらいなら、黙ってその事実を受け入れる。
......まぁこういう言葉も、ただ滑稽なだけなのだろうけど。
とにかく、これから嘘をつく時は気を付ける事としよう。失敗を次に活かす。これ大事。
「その様子だと、図星のようだね」
「あぁ、そうだな。俺の準備は整ってるよ」
「僕はね、君の事が大好きだ。愛している。全世界全ての生物全てをここに持ってこられても、僕は必ず君を選ぶだろう。それほどまでに、僕の君への思いは深いんだ」
突然、ワドは俺に対する思いを語り始める。
いつもの興奮した様子も気持ち悪いが、こういう静かな口調で愛を語られるのも中々に気持ち悪いな。結局、どっちも気持ち悪いのだが。
「だけど、嘘は嫌いだ。嫌悪している。さっきも言った通り、僕は神なんだ。大抵の嘘は見抜ける。嘘というのは大抵相手を騙すものだけど、僕にはそれが通用しないんだ。つまり、嘘は嘘としての役割を果たしていない。嘘が嘘でない。ならば、その嘘に何の意味がある? そう、何の意味も無い! 故にっ! 僕は嘘が嫌いだ! 自らの役割を果たさず、ただ怠慢に嘘であり続ける嘘がっ!」
ワドが高らかに両手を上げて力強く演説している様が容易に想像出来る。この......仮に倉庫という事にするが、倉庫内で良く響く中性的な声は、少し美しいようにも聞こえた。
......いや、気のせいだ。奴の何処かを少しでも認めるような感情など、あって欲しくない。
「でもね、トリプ! 僕の大好きな君が僕の大嫌いな嘘をついたからといって、僕は君が嫌いになる訳では無いんだよ! 当たり前だ! 僕の君への思いは、全ての世界の愛を圧倒しているのだからぁ――!! それっ! 故っ!! 僕が君を嫌いになる事はあり得ない! 断じてっ、無い!! そうだけれどっ! 僕は君にぃ、怒りを感じている! 感じてしまっている! 本来あってはならない、あらざる感情が、僕の中で芽生えている! 君は僕の禁忌に踏み込んでしまった! 感謝しよう、トリプ! 君は僕に、新たな可能性を呈示してくれた! そして、僕が裁こう、トリプ! 怒りのまま、怒りを晴らすため、怒りを無くすためにぃ――!」
突然、ドドドドドドドドドドドド、とリズミカルに太鼓を叩くような音と共に、真上から無数の銃弾が降り注いだ。
「クソ、最初から見てたんじゃねぇかよ!」
天井に張り付いた状態からの無茶な射撃だった為からか、十数発も放たれた銃弾は全て、俺という目標では無く、コンテナや灰色の硬い地面などの背景でしか無い物体に当たり、甲高い音と火花を散らしてその役目を終える。
たった十メートルではあるが、このままならワドの射撃は当たらないだろうと予測を付けた俺は、アサルトライフルをそのまま真上に向けての射撃を敢行しようとするが、真上から落ちてくる球体と人の姿を認め、直ぐ様射撃を断念。全力で走り出し、近くのコンテナの陰に潜り込んだ。
そしてその球体と人影が地面に着いた瞬間、眩い光と轟音が。
「アッハッハハー! やっぱり反射神経がいいねぇ!」
「流石に二度も同じ手は喰らわねーよ!」
目を瞑り、耳を塞ぎ、閃光手榴弾による目眩ましを防いだ俺は、コンテナからアサルトライフルの銃身と顔の半分だけを見せて、走りだそうとしているワドを狙って一発、撃ち放つ。
アサルトライフルは連射が出来るライフルだが、あくまで単発を主として作られている。その為、あまりに連射すると銃身が変形したり、破損したりするのだ。あまり無駄な連射は出来ない。
サブマシンガンのそれより少し大きい銃声が倉庫内に響き、それを耳の直ぐ横で聞いた俺は、そのあまりのうるささに顔をしかめ、耳栓を容易すれば良かったと思いながらも、しっかりと自身が放った弾丸の行く末を見守る。
ゴン!
「うわっ、危ないなぁ。ケホッケホッ、もし今のが僕に当たっていなかったら大変な事になっていたよ?」
鈍い音の次、軽く咳き込みながらも元気そうに言うワド。
そうか、なら次はちゃんと当ててやる......ん?
待て。今俺は、ちゃんと弾がワドの胸......それも左の方に当たったのを見たはずだ。何故それでも奴はあそこまで元気そうにしていられる?
いや、防弾チョッキが防いだというのは分かるが、しかしアサルトライフル程の威力ならば、衝撃がそのまま襲い掛かり、骨が折れたりしていてもおかしくないはず。そもそもアサルトライフルの弾を防ぐ防弾チョッキというのも驚きなのだが、まぁそれは置いておくとしても、だ。
それに、ワドのさっきの発言。『僕に当たっていなかったら大変な事になっていた』というのは、どういう意味だ?
意味を問うべきか、問答無用で射撃を続行するべきかで悩む俺の隙を見計らい、ワドがすかさずコンテナの陰に隠れる。戦闘は膠着状態に陥ってしまった。
「全く、その威力じゃ君の銃はアサルトライフルだろ? あの中でそれを選ぶとは、君もドジッ子ちゃんだねぇ! そういうのもいい所ではあるんだけれども!」
「どういう意味だ!」
俺は銃口をコンテナの脇から出していつでもワドを狙えるようにしているが、ワドは一向に姿を見せず、コンテナの後ろで陽気に声を上げている。
少し苛立つが、このままさっきの発言の意味や、ダメージの無いトリックを明かしてくれるというのなら、それを聞く他無い。
声を荒らげながらも、俺は相手の発言を誘った。
「だって、アサルトライフルって普通ライフル弾使うでしょ? でもライフル弾って先が尖ってるよね? そりゃ拳銃弾だって尖ってるけど、ライフル弾程じゃない訳だよ。じゃあ、硬い場所に先が尖ってる弾を撃ち出すとどうなると思う?」
「......っ! そうか、跳弾......!」
気付き、俺はうめく。
跳弾とは、その名の通り、弾が跳ねる......弾が跳ね返る事である。跳ね返った弾は変形した状態になり、ただ腕などに被弾しただけでも致命傷になりかねないため、非常に危険なのだ。
しかも、敵味方双方に被弾の危険性がある。
その点、先がライフル弾と比べて丸い拳銃弾を使用しているサブマシンガンは安全だ。跳弾が起こらないとは言い切れないが、起きにくくはある。
だが、ライフル弾を使用しているアサルトライフルでは跳弾の危険性が大きすぎる。自分で撃った弾が自分に当たるなど、笑い話にもならない。
成る程、だからワドはサブマシンガンを選んだのか。抜けていたのはワドではなく、俺だったようだな。
「うん、そうそう。それにさ、ライフル弾って貫通力高いからさ、しっかり角度が決まってコンテナとかに当たっちゃうと、穴が空いちゃうんだよね」
「何言ってんだ。穴が空くなら、反対が撃てて便利だ、ろ......?」
言っていてようやく気付いた。俺は抜けているどころでは無い。馬鹿だ。大馬鹿だ。
ここにあるコンテナの大半は、食料と燃料なのだという事を忘れたのか? 燃料という事は、当然着火する。コンテナを貫けば、実に容易に。
更に、食料という事は小麦粉がある。着火した燃料が小麦粉に引火すれば......
「..................」
「――思い至ったかい? そう、粉塵爆発だ。ここにあるコンテナ内全ての小麦粉がそうなれば......まぁ、ここは吹き飛ぶだろうね」
そうなれば自分も確実に死ぬというのに......奴は何の変わりも無く、ただ陽気にコンテナの向こうから話し続けて来る。
だが俺にはもう、一々そんな事で苛立つ余裕さえ無かった。
今俺は、武器を使えないという究極のピンチに陥っていたのだ。




