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安全な世界 安全編

 何万と転生を繰り返し、何億と生きた俺の魂。

 それが遂に、俺と同一の存在と出会う。

 なんという奇跡。なんという僥倖。



 俺はその奇跡であり僥倖である存在と対面するその事実に心を震わせ......



『クドイですよ、マイマスター』



 うるせぇ。今ちょっと緊張してんだよ。



『まぁ、それも仕方ありませんよね......もう生まれた時からずっと『いつか会う』ってうるさかったですし』



 いいからちょっと黙れよ......マナーにするぞ?



『お願いします......それだけは勘弁して下さい......』



 マナーモードは彼女の唯一の弱点だ。マナーの間、彼女は外界から途絶され、ずっと暗闇の中で過ごすハメになるらしい。

 それはもう生き地獄で、もう二度と経験したくはないそうだ。だが、マナーモード中は完全オートで俺の安全は守られるらしいので、ほんとは《ヒューマン支援プログラムAI》なんて話し相手以外に必要無い。俺がマナーモードの存在を知ってしまったのが運の尽きだったな。

 ......といっても、彼女が得意げにこの機能を紹介し、その後も余りにうるさかったので試しに使ってみた結果、泣き言をいい始めた、というのが実際なんだが。



 まぁ自滅という事だ。機械のくせしてアホである。



『むぅ、失礼ですね......言い返せないのが癪な所ですが......』



 因みに、現在の彼女の姿は以前の通り、手のひらサイズの妖精のままである。

 一度大きくした事もあったが、普通に視界の邪魔になるので小さくした。それに、どうしても大きいと女神様と被せて見てしまう。

 俺はあくまで、こいつと女神様は別物だと思うのだ。どんなに理想に近付けても、それは俺の理想。

 俺の理想でしかない女神様は、俺の中での女神様でしかないという事でもある。だが、俺は女神様の事をまだ何も知らない。

 ならば、俺の中での女神様と、実際の女神様はまったく別物だ。そして、俺が好きなのは実際の女神様。

 理想の女神様なんてクソ食らえだ。所詮偽物だ。紛い物だ。



『う、うえぇぇん......そこまで言わなくても......ぐす......』



 おっと、忘れていた。思考はダイレクトに伝わるんだったな。



『絶対わざとです! 絶対分かってて思いましたよ......うぅ......ここまで嫌われる《ヒューマン支援プログラムAI》は他にいませんよぉ......』



 彼女は俺の肩に乗り、滝のように流れる涙をそのままに俺を睨む。

 もちろん肩に重さは感じるし、濡れる感覚もある。だが、その感覚を制御しているのもまた、こいつなのだ。

 こうやって泣いている間も、緻密な計算を行っている。なんて嫌な奴。



 それに、俺は女神様の姿だからお前が嫌いってのが大きいんだ。姿を変えれば、俺のお前に対する扱いも多少改善するかもしれないってのに。



『アバターはオートで決まるんです! マスターの意思によって変わるんです! 変わってないって事は、本当はこの姿が気に入ってるって事です! なんですかツンデレですか!?』



 は? いや、俺はもちろんその姿が大好きだけど? ただ、お前がその姿をしているってのが気に入らないだけだ。

 その姿は言葉のまま全世界でたった一人の為にあるんだよ! お前なんかが使っていいモンじゃねぇ!



『私には変えられないんですから我慢して下さいよぉ......』



 チッ。仕方ねぇ。我慢してやる。だけどお前の扱いは今後も変えねぇからな!



『うぅ......』



 さて、随分と長いプロローグだったが、ここからが本題だ。



 今日で俺は十七になる。

 十七年もこの口煩い妖精と一緒に暮らすのは苦痛だったが、全く役に立たなかった訳では無い。

 例えば、最初にこの世界の言葉を覚える大変な時期。その時から既に彼女とコミュニケーションを取れていた俺は、彼女から二十四時間ぶっ通しで言葉を学ぶ事が出来たので、いつもの世界の三倍は早いスピードでこの世界の言葉をマスターする事が出来た。



 それに、これは俺の直接的に役に立ったという訳では無いのだが、この世界ではほとんどの人間が《プロテクトチョーカー》と《ヒューマン支援プログラムAI》を使用している。

 そのおかげで事故などの危険性が圧倒的なまでに減り、ホバー車(車体下方から噴き出すジェット噴射により低空飛行をし続けて走行する車である)の免許を取るために必要な年齢が十五にまで落とされていたのだ。



 更に、この世界では一般的に仕事に就くのも十五からで、それまでには基本的に学校で学習しなければならない事は《ヒューマン支援プログラムAI》から学んでいるというのが普通らしい。

 そのせいか、この世界では学校の必要性が薄く、学校に通う生徒というのも少ないそうだ。



 かくいう俺も両親の方針で学校に通わなかったのだが、普通に学校に行って友達と話すという日々を知っている俺にとっては、かなり寂しいものであった。

 恐らく、そこら辺の事も絡んで俺は彼女が嫌いなのだろう。だからほとんどの人間はやっている、自分の《ヒューマン支援プログラムAI》の名付けも行わない。



 ともかく、俺はようやく仕事で金をためてホバー車を買い、免許も取って例の異世界人とやらに会いに行く事が出来るようになったのだ。

 なんならタクシーで行く事も考えたが、そこはなんとなく、自分のホバー車を使用する事にした。ああいう人に任せる乗り物、というのは俺の本能的に恐ろしい。

 確か、一回ああいうのに乗って事故死か何かをしたのだと思うが......あまり覚えていないのだ。



 まぁ公の場とかではなるべく我慢はしている。が、やはりこういう個人の話ともなると、そうやって安全を確保してしまう俺を責めないで欲しい。

 それに、どうせ免許は持っていて困るものでも無いのだし。



 そして今日、俺は家から出て、ホバー車のジェットを噴かして走行中である。

 休日の為、車の数は多いが......でも渋滞になる程じゃない。何とかたどり着けるだろう。


 ◇ ◇ ◇


 さて。さてさて。



 ......これは一体どうしたものか。



『困りましたね、マスター。まさかこんなに渋滞してるだなんて......』



「あーもう、あと少しだってのに......」



 俺は思わず、口に出す必要が無い事も忘れて独り言ちる。

 ホバー車に搭載されているナビゲート機能によれば、例の彼、もう一人の異世界人の家までは、後ほんの十数キロなのである。



 ホバー車は非常に速い速度を出せるので、この程度ならばものの数分で着く事だろう。

 だが、フロントガラスから見える道路の先には車、車、車......



 一体どうしてこうなった。さっきまではいつもよりは多いとはいえ、そんな渋滞する程では無かったのに......



『むー、どうやらこの道の先で何らかの障害が発生しているようですね......マスター?』



 俺の中から、怒りが噴き出す。別に何が悪いという訳でも無いのだが、何故よりにもよって今日、ここで障害が発生したのか。そんな事で、俺は怒っているのだ。

 確かにまたいつでも来れる、と言われればそうなのかもしれない。だが、いつでも来れるからといって、いつでも会えるという訳では無いのだ。



 ......一応、電話は掛けて、会えるかどうかの確認は取ったのだ。



 ――詳しい事は直で会って話そう。僕も君も、そっちの方が慣れてるだろう? 是非、今日......そう、今日、会いに来てくれ。



 彼(声は中性的で、男なのか女なのか見当が付かなかったので、取り敢えず『彼』で)はそう言った。何故か嬉しそうに、『今日』という単語を強調して。



 それだけ、普段の生活が忙しいのだろうか。もう七十になるだろうという歳なのに、一体何をしているのだろうか......気にならないでも無いが、特に俺が気にする事でも無い。



 とにかく、彼が俺と会うのは今日でありたいと思っているのは確実だ。ならば、俺だってそれに答えなければ。



『マスター!? 駄目ですよ! 絶対それだけは駄目ですよ!』



 俺の思考を先読みしたのか......でも、こうなったら強行突破しかない。

 そして、それを可能にするのは、この手段しかないんだ。



『でも、それは危険過ぎます! 《ヒューマン支援プログラムAI》として、見過ごせません!』



 大丈夫だ。俺は危ない橋どころか、こんにゃくで出来た橋だって渡れるぜ。それだけの経験があるって事だ。



『駄目です! 絶対に許しません!』



 俺の視界を塞ぐように、彼女は両手を広げて俺を自主的に止めさせようとする。

 やろうと思えば、ずっと体のコントロールを奪って、この渋滞を乗り切る事だって出来るのだ。だが、彼女はあくまで《ヒューマン支援プログラムAI》。人間を支援するだけであり、強制させる訳ではない。



 今までも、俺が何か危ない事をしようとすれば、ギリギリまで粘って彼女は説得を続けていた。

 一方で、突発的な事故的なのに関しては、彼女はコントロールを躊躇わない。例えば、俺が洗い物でミスって皿を落としてしまった時だ。

 突然足が冷えたように感覚が無くなり、だがそれは皿が地面に落ちるまでのコンマ数秒の間に、破片が飛ばない安全な場所へと移動していた。

 その後も、ホバー車とぶつかりそうになれば大きく体を後方に飛ばすし、そんな命に関わる事でなくてもいい。

 普通に段差で躓いた時でも、俺は勝手に地面に向けて両手を出し、そのまま勢いを殺すように前転。結果少し土などの汚れが付いただけで、俺は擦り傷すら負わなかった。



 他にも多々こういうエピソードはあるが、あまりに量が多いので省略するとしよう。ただ俺が何が言いたいかと言うと、一つは、やはりこの世界は極めて安全な世界であったという事。

 そして一つは、上手くやれば彼女を説得出来るかもしれないという事だ。



 頼む。俺を行かせてくれ。マナー使うぞ?



『うわ、最低です! 脅迫なんて......マスターはクズです!』



 マスターって尊敬する言葉使いながらもクズと罵倒するスタイル......新しい。



『どうでもいいです!』



 まぁまぁ。どうどう。



『私は馬じゃないです! 同じような響きだからって二つを並べないで下さい!』



 そう怒んなよ......『どうどう』って普通に人間相手でも使う事ってあるんだぜ?



『怒りますよ! それに、私はそもそも人間じゃありません!』



 映画とかだったら気まずくなる言葉をお前は『どうどう』と言うな............ほら、『どうどう』って普通に使うだろ?



『それで上手く言ったつもりですか! 全然上手く無いですよ! そもそも意味が違いますし!』



 え? こういうのって意味違う言葉を上手いこと言うもんじゃないの?



 『え?』



 え?



 『........................』



 ......ま、まぁさ。俺とお前の仲じゃん。行かせてくれよ。



『......こ、こういう時だけ仲良い事にしようだなんて虫が良すぎです! そもそも、私はマスターの思考を読んでるんですから、マスターが頑張れば私を説得出来るって考えてる事だって分かってるんですから!』



「チッ」



『舌打ちされました......』



 でも、お前なら分かってくれるって俺は信じてる。これだけは......



『嫌い』ではある。だが、『嫌』という訳じゃない。

 字こそ一緒だが、『嫌い』と『嫌』では意味に大きな差があると思うのだ。



 俺は彼女が嫌いだが、信頼している。何せ、十七年も俺のためだけに頑張ってくれていたのだ。

 だから、信じられる。



 果たして俺の真っ直ぐな気持ちに折れてくれたのか......彼女は諦めたように両手を下ろすと、機械とは思えない柔らかな笑みを見せて言った。



『......はぁ......仕方、ありませんね......まぁ、マスターの夢みたいなものでしたし。本当は、元々諦め気味だったんです。私が止めた程度で、マスターが止まるハズ無いって』



「ふ......あぁ、ありがとう」



 俺も微笑を漏らし、小さな感謝の言葉を口に出す。



 そして右手をハンドルの左隣に設置されている赤いボタンに伸ば――



『あー! ちょっと待って下さい!』



 な、なんだよ? 許可は貰ったんだし、やってもいいだろ?



『駄目です! 私にはマスターの安全を守る義務がありますから、私がやります!』



 瞬間、全身から感覚という感覚が消え失せ、首から下に自分の体が無いのではないかという錯覚に捕らわれる。

 分かってはいるものの、思わず目を下に向けて自分の体の存在を確認してしまった。もちろんそこに体はある。

 だが、もう俺の思い通りには動かない。



 何やってんだよ! 別にお前にやって貰わなくても出来るっつーの!



『だーめーでーす! 万が一の可能性も全て考慮しての事なんですから、マスターは我慢して下さい!』



 む......仕方ねぇ。分かった分かった。もう俺はどうもしないから頑張ってくれ。



 相手が自分から代わりに操縦してやると言っているんだ。断る理由も無いだろう。

 下手なプライドを守って機嫌を損ねるよりは全然良い。



 止まっていた俺の左手が再び動き出し、直ぐ前にあったボタンを押す。



『シートベルトはいいですか? 行きますよ~!』



 確認したってどうせお前がコントロールしてるだろ......ってうお!



 ガゴン、と何かが嵌め込まれる音が鳴り、元々浮遊していた車体の高度が、徐々に上がって行く......



 ジェット噴射の出力を上げているだけなのだが、道も何も整備されていない空を飛ぶのは危険だ。

 その為、普段は本来出せるほんの五パーセント程度の力で低空飛行を行っているのだが......こうやって空中を飛ぶのは初めてだ。

 というか、普通はかなりの緊急時でないと使わない。

 しかし、この世界には警察という概念が存在していないのだ。《ヒューマン支援プログラムAI》のおかげで、犯罪を起こす者がほとんどいないからだ。

 つまり、《ヒューマン支援プログラムAI》の許可さえあれば、どんな事をしても許される。ここは、そういう世界なのだ。



「おぉ、すげー!」



 眼下三十メートル程に車の群れが見える。きっと、中の人間は俺を羨ましそうに見上げて、自分の《ヒューマン支援プログラムAI》に自分も飛んで良いかと聞いて、拒絶されているのだろう。

 なんというか、凄い気分が上がってきた。



「よし、飛ばせー!」



『くれぐれも安全運転で行きますけどね!』



 そして、車体が前進を始める。俺が異世界人と出会うまで、後少しだ。

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