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安全な世界 誕生編

「おぎゃー! おぎゃー! おギャッ!?」



 一回目、二回目は普通にいつも通りのおぎゃー。



 ......そして三回目のおぎゃーは、突然首に走った物理的な痛みに対しての叫びだ。



「よし、取り付け完了しましたよ、お母さん」



「ありがとうございます......」



 相変わらず言葉は分からねぇけど、何嬉しそうな顔してやがるんだ! これメッチャ痛いんだけど! お前は本当に俺の母親か! 



 ......っていうか、生まれた当初から痛みを感じるなんて、何処が安全な世界なんだよ! 全然安全じゃないじゃねぇか!



「おぎゃー! おぎゃー!」



 そもそも、この痛みだと普通の赤ちゃんならショック死の可能性もあるぞ! 本当に何考えてやがるんだ!



「凄いですね......生まれた瞬間からここまで元気な赤ん坊は珍しいです」



「そうなんですか......元気な子に育つといいわね、あなた」



「あぁ、そうだな」



「おぎゃー! おぎゃー!」



 ほっこりしてんじゃねー! 俺は怒りまくってんぞー!



 生まれた瞬間に感じた首の痛みの正体......しばらくは痛みで何も分からなかったが、ようやく痛みに慣れてきた頃、それが何らかの異物なのだと分かった。

 それも、金属だ。この首のひんやりとした感じは金属で間違いない。



 そしてこの部屋を見る限り、この世界は非常に文明が発達している。

 さっきから看護師さんはホログラフの医師と話をしていたりするし、何より子供が痛がるのを喜ぶ最低な母親の寝ているベッドは、それだけでありとあらゆるオペを行えそうな凄まじい数の道具を収納し、更にそれを全て機械で出来たサブアームで使用するという無茶苦茶な装置が付いていた。



 という事は、俺の首にある機械もまた、そういう文明の結晶なのだろう。

 だがやはり、異物が常に首に引っ付いているというのは、本能的に嫌なものだな......かといって、取れそうなものでも無いのだけれど。



『――インストール、完了......いやはや、本当に凄いですね。まだ若冠二分歳にして、ここまでの知力数値。これは《ヒューマン支援プログラムAI》である私も、驚かざるを得ません』



 突然俺の耳に、いや、頭に響く、女神様によく似た声。

 ただ、その声はこの世界の言語を用いたものだった。



 最初は俺を抱いている看護師さんが言ったのかとも思ったのだが、まさか超能力者でもない一般的な看護師さんである彼女が、俺の脳内に直接話しかけるなんて事は出来ないだろう。

 それに、先ほどから聞いていても、彼女が突然女神様のような声を出せるとは思えない。



 となるとやはり、この言葉は俺の幻聴という事だな。



『しかし......何故あなたはこの世界のものではない言語を使用して思考しているのですか、マイマスター?』



 また聞こえた。全く、なんだってんだ。俺ってばそんなに疲れてんの? 



『おっと、自己紹介が遅れました......私は《ヒューマン支援プログラムAI》、今後あなたの人生におけるパートナーとなる存在です』



 と、そんな声が聞こえたと同時に、俺の視界の中で光が一ヶ所に集まり、ほんの手のひら程の大きさしかない、羽の生えた小さな女の子が現れた。



 しかも、銀髪で碧眼。

 流石に服は着ているが、今俺が見ているのは、正しく羽が生え、手のひらサイズになってしまった女神様そのものだった。



 彼女はピョコンと元気よくお辞儀をして、俺に向けて微笑む。



 ――はぁ。次は幻覚かよ。呆れるぜ......



『うーん、マスターが何を言ってるのか分かりませんね......言語データ解析! ............よし、解析完了! あー、あー、もしもしマスター。聞こえますか?』



 遂には違う世界の言語使用して来やがった! あー恐ろし恐ろし。

 なんで俺の幻覚と幻聴ってこんなにハイクオリティなんだよ?



『なんですってー! 私は幻覚でも幻聴でもありませんよ~? さっきも言いましたけど......って、あれは意味伝わって無いんでしたね。まぁとにかく、私は《ヒューマン支援プログラムAI》、今後一生、マスターの事の世話をさせて頂くパートナーです!』



 あーもう、意味分かんね。

 母親とか父親とか看護師とかが色々言ってるけど、幻聴が煩くて何も聞こえん。

 っていうか、この状況でこれが幻覚と幻聴でないってのがまずあり得ないだろ。だって俺以外誰もお前の事見えてないんだぜ? なんなら証拠を見せてくれよ、証拠を。



『むむむ、証拠ですか......うん、受諾しました! では、触って貰いましょう!』



 は? 触るって、何を?



『もちろんこの私です! ほら、私に向かって手を伸ばして!』



 まぁ取り敢えず、言われた通りに手を伸ばしてみる。

 人差し指を出して、胸を張って仁王立ちしている女神様似の少女をツンツン。



 ......不思議な事に、確かに感触はあった。

 だが、俺の母親は不思議そうな顔で何かを問い掛けて来た。

 つまり、やはり俺の母親には見えていないのだ。それどころか、俺以外の誰にも。



 と、母親を見上げた時にようやく気付いた。

 その母親の首には、銀色のチョーカーのような機械が取り付けられていた事に。



『あれはマスターの母上の《プロテクトチョーカー》ですね! ほら、マスターの首にもついている奴です。現在、この世界の全人口の内、およそ八割もの人間が《プロテクトチョーカー》を着用し、安全で快適な生活を送っています。因みに、私達《ヒューマン支援プログラムAI》は《プロテクトチョーカー》のシステムによって存在しているので、マスターの母上にも私と同一の存在が見えているはずですよ? もっとも、それは個人にしか見えないものであり、私がマスター以外の人間に見られる事は決してありません。ずっと私はマスターが独り占めという訳ですね! もちろん、マスターが他の《ヒューマン支援プログラムAI》を目にする事は今後一生ありませんが......』



 ニコニコと微笑みながら言う《ヒューマン支援プログラムAI》。



 所詮は機械であるはずなのに、まるで生きている人間は言っているかのように、言葉は流暢で鮮やかだ。

 だが、機械が流暢に喋る事なんてよくある。それよりも今、俺は優先して彼女に質問しなければならない事があるはずだ。



『質問ならどんなものでも承りますよ?』



 成る程、完全に俺の思考を読める訳か......って事は、お前は俺が思考した事をダイレクトに受け取れるんだよな?



『はい! 既にマスターとの接続は完全に完璧に済んでいます』



 だが、受け取るだけじゃ無いはずだ。さっきお前は、安全で快適な生活、と言っていた。

 なら、お前と俺が接続しているだけじゃ、完全に俺の安全を確保する事は出来ない。さてはお前......



『そうです。ご想像の通り、私はマスターの神経に接続し、自由にコントロールする事が出来ます。もちろんマスターの体を自由に動かしてあんな事やこんな事をしてみせる事は可能ですが、私はあくまで《ヒューマン支援プログラムAI》。そんな事は絶対にしないので、どうかご安心下さい! あ、因みに、さっきマスターが私を触った時に感じた感覚は、私が指先の神経に与えた擬似的なものです。更に、私はの姿はただの立体映像でしか無いので、大きさも自由に調節可能です! なんなら、その擬似的な感覚も使えば、マスターにしか見えない彼女にだってなれますよ!』



 俺はまだ生まれたばかりの赤ん坊だと言うのに、頭に手を当て、首を振る。

 俺としてはこんな無茶苦茶な状況になってしまった事に呆れての事だったのだが、両親には随分奇怪なものを見るような目を向けられた。まぁ当然か。



 呆れから立ち直った俺は、具体的には神経を操作して何をするのかを聞くために口を開こうとして、その必要は無いのだと思い出す。

 ただ、思うだけでいい。どうするんだ、と。



『まぁ簡単な話、マスターが危険な行動を取りそうだと思ったら、その時点で強制的に私が体のコントロールを奪います............あ、安心してくださいよ? ちゃんと安全が確認出来たらコントロールはやめますので!』



 俺の視界内の空中を飛び回りながら、彼女は物騒な事をいい続ける。



 ......しかし、こうして見ると本当に似ているな。



『似ている......というのは、私のアバターがでしょうか?』



 あぁ。俺のよく知っている人に似ている............いや、もう同一人物じゃないのか、って程に。



『このアバターは、マスターの理想に基づいて構成されているんです。普通はこの時期なら、まだデフォルトのアバターで、年を取る毎に段々マスターの理想に近付いて変化していく、っていうのが普通なんですけどね。マスターは珍しいです』



 成る程。脳にも接続してるから、自由に思考を読んで俺好みに姿を変えれるのか。



 ......ん、ちょっと待てよ? さっきからお前、俺の事『珍しい』って言ってるよな? 『初めて』じゃないのか?



『もちろん、初めてではありません。過去の記録によれば、あなたのように生まれた当初から高い知能数値を有し、違う世界の言語を使用する、所謂『異世界人』は、あなたを含め、今まで四人までの存在を確認しております。その内の一人は存命ですよ?』



 ......なん、だと......?



 余りの事実に、俺の脳は一瞬フリーズする。



『ですから、異世界人は今まであなたを含め四人まで......』



 分かってる! ちゃんと聞いてる、聞いてるさ......だから驚いちまったんだろうが......



『そうなのですか! それはすいませんでした、マイマスター』



 ――だが、良く考えればありえない話では無い。そもそも、ただの一般人でしか無かったはずの俺が、こうやって転生出来ているのだ。

 転生が俺にしか出来ないと、誰が言い切れる? もしかすると、女神様の世界のように、他にも人を転生させる事が出来る神様のような存在がいる世界が幾つかあったって、何の不思議も無いのだ。



 今、存命しているその転生者......いや、異世界人は何歳だ?



『確か、五十歳ちょっとだったかと......』



 なら、会えるチャンスは充分あるな。頼むから病死とか事故死とかしないでくれよ......



『まぁ多分大丈夫ですよ! 私達《ヒューマン支援プログラムAI》は万が一の事故も起こさないよう、いざとなれば神経に接続して体を最も安全なようコントロールしますし、体に何かの異常があっても直ぐ感知します! 科学技術だって随分発展しましたし、大抵の病気なら確実に治せますよ? 全世界の平均寿命は、九十を超えていて、今もその記録を更新し続けているんですから!』



 どこか自慢げに、エヘンと胸を張って彼女は言う。

 なんだか、性格まで女神様に似ている気がするな。やはりそれも思考を読み取っているからなのだろうか......



 とにかく、今回の世界はかなり重要なところになっちまったぞ。長生き出来るだけの世界だろうと思って来たのだが......まさか、こんな感じで他の転生者が見つかるなんてな......



 何はともあれ、俺はその転生者と話をしなければなるまい。俺と同一な存在であるのか、それとも別の存在なのか。



 フラグ、と思われるかもしれないが、異世界人である彼(いや彼女なのかもしれないが、ここは便宜上彼としておく)には必ず会えるはずだ。



 この極めて安全な世界であるならば、そんなフラグも機能しない。

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