卑屈な救世主・4
――まるでタイムスリップでもしたかのようだ。
セイガの言う通り、それが舞子のシロ星に対する第一印象だった。
和風の屋敷が立ち並ぶ風景は、さながら江戸時代。
だがそれとはミスマッチしている現代的な服装に身を包んだ人々。髪もジオやセイガのように様々な色をしている。
「……何か、変」
思わずぽつりと漏らした言葉に、ジオが心配そうに顔を覗き込んで「気分がすぐれませんか?」と聞いてきた。
慌てて「大丈夫」と返して首を振る。
するとセイガが薄いブルーの髪を掻き上げてニコリと笑い掛けてくる。
「まあさっきも言った通り、シロ星人の趣味だと思ってよ」
舞子の気持ちを読み取ってくれたのだろう。納得するにはやはり適当過ぎる説明な気はするが。
しかしもう一つ気になることがある。いや、先に気にするべきことだったかもしれない。
空が暗いのだ。
時間は地球とあまり変わらないらしく今は夜ではないようだし、別にそこまで暗いわけでもない。曇っているかのような、また少し霧もあるようで視界も悪い。
町並みに驚き過ぎて、肝心の空を覆う霧の存在のことを忘れていたのだ。太陽が隠れてしまっているせいか、少し肌寒い。
――ダークスモッグ、だっけ。
舞子が虚ろに空を見上げていたら、ジオは遠慮がちに口を開いた。
「舞子さま、お疲れだとは思うんですが、さっそく長老のもとに寄って頂いてもいいですか」
長老というのは、このシロ星を治めている一番偉い人らしい。正直会いたくないが、そうも言っていられないのだろう。
素直に頷こうとすると、
「あ、セイガ!」
カン高い声が耳に届く。
振り向くと、何とも派手な女性三人が嬉しそうにこちらを見ていた。いや、正確にはセイガを見ていた。
「ああ、ミーアか。久し振りだね」
セイガは好青年の仮面を被ったまま、ステッキをクルリと陽気に回して、声を発した真ん中の女性の名前を呼んだ。
舞子はピンとくる。彼女達は自分の苦手とする人種そのものだと。
特にミーアと呼ばれた女性――化粧が濃いのは当然のことながら、目がギラギラしている。完全に肉食系女子だ。
別に悪い人だと決めつけているわけではないのだ。ただ今までの人生でそういう女子には縁がなく、またいい思い出もないので、とにかく生理的に無理なのだ。もちろんセイガみたいなタイプも例外ではない。
パーマをかけた金髪に大きなわっかのピアスをしている彼女は、大胆なミニスカート姿でセイガのもとに走り寄ってきた。
「本当よ! 寂しかったんだからぁ!」
「ははは、悪かったよ。急な仕事だったから」
――仮面同士の会話だ。そんなことを思っていると、彼女の視線がこちらに向いた。
「……その子は?」
改めて顔を直視すると、すごく美人だった。舞子はいたたまれず俯く。
「ああ、彼女は笹森舞子ちゃん。地球人だよ」
セイガが笑顔で答えると、ミーアといつの間にか近付いていた女性二人が驚いたように顔を見合わせた。
「まさか……救世主様?」
ミーアの言葉に、セイガは何の迷いもなく頷いた。
「おい、セイガ」
諌めるようにジオが睨み付けるが、セイガは飄々としている。
「いいじゃないか、どうせすぐ噂になるだろうし。ねえ、舞子ちゃん?」
そう言って肩に手を置かれ微笑み掛けられるが、舞子には答えようがない。口をへの字に曲げてセイガを見上げた。
「いいねえ、舞子ちゃんのその顔。可愛いよ」
可愛いと言えば誰でも喜ぶとでも思っているのだろうか。彼はクスクス笑って、ミーア達に向き直る。
「まあそんなわけだから、皆、彼女に優しくしてあげてね」
瞬間、ミーアの視線が少し冷たくなった気がした。
「……でも、まだ本物かはわからないのよね? だって、救世主様は一人じゃ――」
「黙れ」
低い声が響いた。ジオだ。
「舞子さまは救世主様だ。勝手なことほざくんじゃねえよ」
萌葱色の瞳は、静かな怒りをたたえていた。
――怖い。
舞子はジオを見て初めてそう思った。
ミーアはバツが悪そうに視線を外すと、セイガが肩を竦めた。
「ジオ、女の子にそんな乱暴な言葉を使うなよ。悪かったね、ミーア。でも、僕達だってそれなりの確証があって連れて来たんだ。舞子ちゃんは本物だよ」
ミーアは「そう」と少し歯切れ悪く言う。
「……じゃあ、アタシ達もう行くわね。セイガ、また後で――ね」
ミーアは少し媚びを含んだ言い方で踵を返し、舞子を一瞥して二人の女性とあっという間に去ってしまった。
『……………………』
沈黙が痛い。そして気まずい。何故、二人は黙ったままなのか。
彼女の言葉の意味も非常に気になる。
「…………あ、あの」
勇気を振り絞って二人におずおずと視線を送る。
ジオと目が合うと、さっきの迫力とは打って変わって眉尻を下げ、気弱そうな表情になった。「舞子さま!!」と叫んでまさかの土下座の態勢になる。
「申し訳ありません! あの女、めちゃくちゃ失礼なことを舞子さまに……!」
「ちょ、ちょっとジオくん、落ち着いてっ」
舞子は慌てて顔を上げさせようとするが、まるで聞く耳を持たず謝り倒すジオ。
「お前が謝ることじゃないだろ」
セイガの素っ気ない言葉に、ジオはキッと睨み付けた。
「だったらてめえが落とし前つけろ! 自分の女くらい、ちゃんと自己管理しやがれ!」
「いや、付き合ってないって。それにミーアが言ったこともあながち間違ってはないだろう? 俺はお前についたわけだけどさ」
それはつまり――
舞子が問い質そうとした時、「ジオさーん!」と野太い声が聞こえてきた。
「……次はボウかよ」
額に手を当てて面倒臭そうに呟くジオ。かなり素の性格があらわになってきている。
ボウと呼ばれた声の主は、筋肉ムキムキの巨漢だった。割に瞳は大きくパッチリしており、一歩間違えれば美形になりそうだが、大きな鼻と顎が顔のバランスを崩している為、愛嬌はあるのだが決して美形とは言いがたい様である。
ずんずんと駆け寄ってくると、大きな口から歯を見せた。歯並びはガタガタだ。
「ジオさん、ようやく帰って来たッスね! セイガさんもお久し振りッス! 留守の間、こっちは大変っしたよ! 乙川のチームのガキがケンカ吹っ掛けてきやがってですね~!」
「わかったから後にしろ。こっちは大事な用が……」
チラリとジオに視線を向けられ、ボウもつられたように舞子に視線を向けた。
「そ、その女は?」
何故か警戒される。
「地球人の笹森舞子ちゃんだよ。救世主様なんだ」
セイガの紹介に、大きな瞳が一際大きく見開かれた。
「こ、この女が!? いや、ジオさんの女じゃないかと不安だったんスけど、地味だしもっと美人を選んでほしいっつうか、とにかく違ったのならよかったんスけど、でも……」
好き勝手な言葉を早口で並べ立てられ、こちらが一歩引くくらい急に顔を近付けられる。
途端に、彼は笑った。と言っても、爽やかに笑みを浮かべたわけではない。
腹を抱えて大笑いし始めたのだ。
「ブハハハハ! う、嘘でしょ!? 救世主様ってのはもっと強そうな奴っしょ! めちゃめちゃ根暗っぽいし~! もう一人救世主の候補がいるんスよね? だったらこっちは確実に偽物でしょ、ジオさん! いやー、連れて来る前にわからなかったんスか~?」
舞子は自分でも驚くほど冷静に、ミーアの言っていたことはこのことか、と理解する。
救世主には候補が二人いた。舞子はあくまでその候補の一人に過ぎなかったのだ。
ならば彼の言う通り、自分は偽物なのだろう。
――馬鹿みたい。
未だ笑い続けている彼を見て、舞子は唇を噛み締める。
その時――目の前のボウが、消えた。
いや、ジオの拳に吹っ飛ばされて地面に倒れ伏していた。
「ボウ、いい加減にしやがれ」
右手の拳を握り締めながら、静かに言った。
「今のは僕もかなり頭にきたな。くたばれ、ボウめ」
ステッキを地面に叩き付けて黒く微笑むセイガ。
「な、何するんスか、ジオさん!? セイガさんもその地味女を庇うんスか!?」
ズキリと心が痛む。言われ慣れていると思ったのに、やはり面と向かって『地味』とか『根暗』とか言われると辛いものがある。
『笹森さんって、いつも暗いよね~』『一緒にいると地味が移るよ~』なんて悪口を言われるのは、小学校、中学校では日常茶飯事であった。
今はまだ挨拶を普通に返せるようになったし、あまり派手な子もクラスにいないので、平穏な生活を送っているが。
……友達はいないけれど。
「あの――」
――あ、どうしよう。泣きそうだ。
来たくて来たわけではないのに、どうしてこんな目に合わなくてはならないのか。最初から救世主であるはずがなかったのだ。自分のような人間が星を救うなんて大役、担えるわけがない。
わかっていたのに。わかっていることだったのに。
何で、こんなよくわからない筋肉大男に馬鹿にされなければならないのだろう。
――でも、涙は見せたくない。
「わ、私、ごめんなさい……!」
舞子は駆け出した。
それを言うだけで精一杯だった。一体、何に謝っているのか。一言くらい言い返してやりたかったが、それも叶わない。
情けない、情けない、何て情けないんだろう。
帰りたい、帰りたいよ、おばあちゃん――
無我夢中で走り続け、気が付けば暗い森の中に迷い込んでいた。
息が切れて、仕方なく足を止める。
木々に囲まれ、前も後ろもわからない。
――どくんどくん。
何故か鼓動が激しくなる。
嫌な気配を感じる。
これは――
「何故、地球人がここにいル?」
無機質な声がする方角を見れば、そこには異様な生物が佇んでいた。
「う、宇宙人……!?」
舞子は一歩下がる。まるで漫画や映画に出てくるような、見たら誰もが宇宙人と言うだろう容姿だった。セイガが言うところの〈ザ・宇宙人〉である。ツルッとした頭に、大きな黒い二つの目玉。衣服は身に付けておらず、背は舞子よりも頭三つくらい高いかもしれない。
「……キサマ、もしかしテ……」
「え…………?」
宇宙人は一時停止すると、虚空の瞳をカッと見開いた。
「危険分子は潰しておこウ」
細長い手をかざし、そこから黒い球が生まれる。
ヒュッと音を立ててその球は、舞子へ真っ直ぐと放たれた。
私、死ぬ――?
現実感も湧かぬまま、時速百五十キロ以上ありそうな速度で黒い球が迫る。
しかし。
舞子の体に当たる直前、大きな衝撃音がし、黒い球は霧散して弾けた。
一体、何が――
「お前がもう一人の救世主か」
ハッとして後ろを振り返る。
そこには、ピアスをした茶髪の少年が佇んでいた。
舞子は愕然とした。
何たってその少年は、自分のクラスメイトだったのだから――