暴君な救世主・4
「なっ……ど、どういうこと?」
ルイの頭の中はクエスチョンマークだらけである。
目の前の男は言った。自分は『最後に現れた救世主の生まれ変わり』だと。
「どういうことも何も、そのまんまの意味だ」
京はポッケに手を突っ込んで言った。
「あれは五百年くらい前か。前回もシロ星は壊滅しかけてた。オレは救世主の力を宿していたことを知って、お前達の星を守ってやったんだ」
「…………成程。だから京様も、以前の救世主様と同様に赤い剣で戦っていたということですわね」
「リョーちゃん、理解度高すぎ!?」
ルイの叫びを無視して、京は満足そうに「その通り」と頷いた。
「ちょっくら事情があってな。救世主の力ごと、今の時代まで転生を続けてきたんだよ」
「……はあ? その言い方だと、自ら生まれ変わったって聞こえるけど!?」
「だから、そうだっつってんだろ」
そんなことが可能なのか。ルイは顔をしかめる。
「信じられねえって顔してるな」
その様子を見て、京はニヤリと笑う。
「オレは元々、キセキ星の生まれだ」
「……な!?」
キセキ星――――だと!?
思わずリョウカと顔を見合わせる。
「ま、マジで!? 本当に存在するわけ!?」
「あの不可能なことは何一つないという〈キセキ〉の力を持つ星人……?」
リョウカも口に手を当て、呆然と呟いた。
キセキ星人とは、シロ星では伝説上の存在として語り継がれている救世主と相反する存在である。
彼らはシロ星の〈パワー〉とはまた違った〈キセキ〉という力が使える星人だ。わかっているのは、その力はどんなことでも叶えることができるという最強の力だということのみ。詳細は不明だ。シロ星の歴史の教科書にもそうとしか書かれていない。
何故、救世主と相反するのか。それは彼らが大変利己的な性格であることに起因する。己の星の為にしか力を使わず、他の星とはほとんど関わることもなかった。
とは言え救世主も、力を宿す者によっては助けてくれないのではないかと思うのだが。
キセキ星はシロ星よりもずっと前に生まれた惑星らしいのだが、現存するのかは定かではない。それこそ、京がシロ星を救ったとされる五百年前までは存在を確認できたというが、以降はキセキ星は行方知れずとなってしまった。そういった理由からも彼らについては謎が多く、結果、伝説の存在となったのである。
「ふん、さすがキセキ星だな。姿を消した今も、語り継がれてるわけか」
「……あ、あんた、本気で言ってるわけ?」
すでに信じられないことだらけなので、嘘を言っているとも思えないのだが、やはり信じられないものは信じられないのだ。
京もこちらの心情を理解しているのだろうか――特に嫌な顔はせず「本気だぜ」と言った。
「キセキ星が消えた原因もオレだしな」
「……とっても、興味深いお話ですわね」
リョウカは上目遣いで京を見る。
ルイは辺りに気を配るが、人気のない空き地なので誰かに聞かれるということもないだろう。
もとより聞かれたところで、地球人には理解できないだろうし、おかしな人間だと笑われるだけかもしれない。
「誰かに話すのは久し振りだが、興味があるなら話してやるよ」
最初はすっとぼけていたというのに一体どんな風の吹き回しだろうか。
「オレが持つ最初の記憶――それが五百年前のキセキ星人として生きた記憶だ。オレはキセキ星人の高慢な性格が大嫌いでな、星を出たくて仕方なかった」
「あんたは高慢じゃなかったの?」
ルイとしては、高慢にしか思えない。
「全員がそんな性格ってわけじゃねえよ。オレは高慢じゃない少数派の一人だったってだけだ」
今も一匹狼のようなので、昔からそうだったということなのか。いや、高慢な性格には十分に見える気がしてならないが、少し違う種類なのかもしれない。
「まあそんなある時に、お前らのシロ星が謎の宇宙生命体に襲われ、壊滅の危機に晒されていた」
今と同じではないか。
「救援信号はこっちでもキャッチしてたが、キセキ星は一切動かなかった。別にオレもどうでもいいとは思ったんだがな。何となくあいつらと同じになりたくなかったから、正義の味方でも演じてやろうかと考えた」
京は空を見上げた。
「そしたら、自分の中にシロ星の救世主の力が宿ってることに気付いた」
「そ、そんな突然……?」
どうやって気付いたのだろう。
「救世主の声が聞こえたんだ」
「救世主様の――?」
リョウカは少し期待の眼差しを向ける。
「ああ、だがそこはどうでもいいから説明は省く」
「あら残念」
リョウカはおどけた調子で返した。
しかしそれはこちらにとって何より気になる情報だと思うのだが、突っ込んだところで話してくれないだろうと判断し、ルイは黙っておく。
「とにかく、その力でシロ星を襲った奴らを殺した――つもり、だったんだがな」
少し悔しそうに表情を歪める。
「失敗したの?」
ルイの直接的な質問に、京はわかりやすいほどに不機嫌になる。
「馬鹿野郎。このオレが失敗するわけねーだろうが。封印してやったんだよ。殺せなかっただけでな」
やはりこいつも十分高慢な性格ではなかろうか――
ルイは呆れつつ、「そうなんだ」とよくわからず返事をした。
「救世主の力をもってしても、あいつらを殺せなかった自分に腹が立ってな。封印はいつかは解かれる。オレは奴らが復活する時の為に、力を蓄えることにした」
「……それが、転生という方法だったのですか?」
「さすがだな、リョウカ。そこの馬鹿と違って察しがよくて助かるぜ」
「悪かったな!」
マジ、ムカつく。
「オレは転生することで、古い力と新しい力を何度も融合し、力を強化することに成功したわけだ」
「ちょっと待ってよ。救世主の力はどうしたのさ?」
「さっきも言っただろ。もちろん持ったままだ。オレの魂の中に封じ込めてある」
自信満々に言ってのけてくれるが、ならば今回現れたもう一人の救世主とは何者なのか。その謎は解けない。
「少し話をとばしちまったが、シロ星を襲った奴らを封印した時、オレの行動を気に入らなかったキセキ星人がいてな。面倒だからキセキ星は遠くに吹っ飛ばしてやった」
「ええ!? そ、それって生きてんの?」
なんという力業だ。キセキ星が消えた原因はそれだというのか。というかそんなオマケ的に話さないでほしい。
「さあな、生きてんじゃねえの? 殺しても死なないような奴らだし。どうせ他星との干渉を嫌ってるから、今のほうがあいつらも幸せなんじゃねえか」
ククッと嫌味ったらしく笑う。
「……ま、キセキ星のことはどうでもいい。オレが待っていたのは、あいつらだからな」
不意に笑うのをやめて京はあくどい表情に変わる。
「あいつらって……」
「ダーク星人のことさ」
ルイの言葉を遮り、京ははっきりと告げた。
「五百年前のシロ星の危機は、ダーク星が原因だったということですわね……」
リョウカは少し驚いた様子で呟いた。
ルイも黙ってはいられない。
「じゃあ、もう復活しちゃったってわけ!? っていうか、あんたキセキ星人だったんだよね!? それでも倒せないってどんだけ強い奴らなの!?」
「キセキ星人だからって万能じゃねえんだよ」
ケロッと返答され、少しイラつく。
しかし京は拳を握り締め、ゾッとするほどの気を放った。
「だが、今度は必ず、オレはあいつらを倒す」
その表情は狂気に満ちていた――
それから二日経った午後。
「要は復讐でしょ?」
ルイは宇宙船をモップで掃除しながら、冷たく言い放つと、リョウカは扇子でパタパタと仰ぎながら「そうかもしれないわね」と何でもないように答えた。
先日、京から粗方の説明を受けた後、「ダーク星人の復活もこの目で確認できたからシロ星に向かう」という彼の言葉に従い、シロ星に帰る準備をしていた。
適当な森の中に宇宙船を置いていたので、木葉などで少し汚れてしまっていた為、京が来る約束の時間になるまで掃除をしているといった状況だ。
リョウカは地面にシートを敷いて休んでいる。
「あのままシロ星に連れて行っていいのかなー。とても救世主には見えないし、動機も不純だしぃ」
「あら、でも救世主様の力は持ってらっしゃるのよ。動機なんて関係ないわ。これまでの救世主様だって、心からシロ星の平和を望んでいたのかと問われれば、わからないじゃない」
確かにリョウカの発言には一理ある。結局は無理矢理パワーを与えているのだ。これまでの救世主の動機などわかったものではない。
「だけどさ、もう一人の救世主が何者なのか、あの安久津京だって知らないんだよ? まだ色々と鵜呑みにはできないね!」
モップに力を入れてゴシゴシッと宇宙船の汚れを落とす。
「……それも、何かしら事情はありそうだけれど」
「リョーちゃんはあいつに肩入れし過ぎ! もうちょっと怪しんだっていいでしょ」
文句を言うと、リョウカはクスクスと笑い出す。
「もうルイったら、寂しん坊なんだから。わたしはいつだってルイの味方よ」
「いやそういうことを言ってるんじゃないから!?」
突っ込むけれども聞いてくれるわけもなく。
二人が戯れていると、人の気配が近付いてきた。
振り向けば目立つ茶髪頭――京だ。相変わらず乱れた制服の着方である。
「へえ、それがお前らの船か。……なんつーか、毒々しい色だな」
彼は偉そうに宇宙船を眺め、バカにしたように言った。
「失礼な! あたしの美的センスを舐めんなよ!」
ルイはモップを京に向けて言い放つ。
どんな色かと言えば、宇宙船はド派手なピンク色をしている。モップで掃除したおかげか、その表面はツルツルと輝いていた。
長老の無茶ぶりに応える為、よく他の星にも宇宙船で移動することがあるので、長老自ら用意してくれた船だ。
もちろん色はルイが指定した。性格に似合わず、ピンクとかフリフリが意外と好きだったりする。
「ま、どーでもいい。早くシロ星に向かおうぜ」
「早くって言う割には、何で二日も空けたのさ?」
ルイとしては話を聞いたあの日の内に帰っても構わなかったのだが、京は用事があると言って結局、今日出立となったのである。
「しばらく地球に戻るつもりはねえから、後腐れないように片付けをする必要があったからだよ」
「身辺整理、というやつですわね」
リョウカは扇子を広げてニコリと微笑む。
京は肩を竦め、「それにまだ夏休み前だったしな」と付け加えた。
「あんた、まともに学校行ってるわけ?」
「今のオレは学生が本分だからな。大体、オレをストーカーしてたんだから、ちゃんと学校行ってんのも知ってるだろうが」
確かに学校には毎日来ていたように思う。まともに授業を受けているのかまでは知らないが。
ルイは「そーでしたね」とヤケクソ気味になってモップを片付け始める。
――とにかくシロ星に帰ろう。
今は京しか頼れる者もいない。唯一の希望が不良男というのも切ないものがあるが、そんなことも言ってはいられない。
ルイは京に向き直る。
「安久津京! あんた、シロ星を救えなかったら、ただじゃおかないからね!」
京はニヤリと笑みを浮かべ、言った。
「上等だ」