暴君な救世主・3
「ほら、金出せよ」
「ぐっ、クソォ!!」
授業が終了したらしい放課後。人気のない空き地で、カツアゲする男が一人。
茶髪にピアス、吊り上がった目。人を人とも思わないような蔑んだ視線を、喧嘩の末に鼻血を垂れ流し、ボロボロになったチンピラAに向けるこの男――
「あいつ、マジであたし達の星の救世主なわけ?」
電信柱の影から遠巻きに様子を伺い、ルイは呆れながら溜め息をつく。
「まだ、決まったわけではないわ」
「ええ!? あんだけ堂々と力貸してくれって宣言したのに!?」
面白そうに眺めているリョウカに突っ込みを入れる。
「あら、だってそうじゃない。もう一人、救世主様の候補がいるのだから当然でしょう」
大きな胸を張って扇子を開き、藍色の髪を掻き上げた。
確かにそれはそうなのだが、京は確実に強力なパワーを持っている。一度は鳴りを潜めたが、彼と鉢合わせてから約一週間、どうにかこうにか説得してシロ星に連れていこうと画策しながら、彼の動向を探っている途中、やはり救世主と言わんばかりのパワーを度々感じていた。
これで救世主でないと言うのなら、京は悪の親玉に違いないとルイは思う。
リョウカはルイの心境を知ってか知らずか「でも――」と続けた。
「彼のパワーは本物だわ。ゾクゾクするほどよ。ぜひ花嫁として立候補させて頂きたいわ」
要は強けれりゃ何でもいいのか――
彼を見つめるリョウカの瞳はやけに熱っぽく、本気のようだと項垂れた。
「……どう見てもクズにしか見えないのにな~」
この数日、京を観察したものの、最低な不良ぶりしか発見できていない。とてもではないが、奴の嫁などごめんである。
「お、覚えてろよ……!」
何とも情けない声が聞こえてきたので視線を戻すと、満足気にお札を数える京の姿があった。
その向こう側では、腕やら足やらを押さえ引きずりながら走り去っていくどこぞの不良。喧嘩を売ってきたのはあちらなので自業自得と言えばそうなのだが、何だか同情してしまうルイだった。
基本的に京は喧嘩を買うことしかしない。その点に関しては偉いと誉めてもいい。ただ買った喧嘩に対し、彼は容赦なかった。運動神経はかなりいいらしく、目にも留まらぬ速さで攻撃を繰り出し、相手を必ずコテンパンにやっつける。そして最終的には相手の身ぐるみ全て奪い去る。主にお金だが、すでにやられた何人かは、パンツ一丁にされていた。
「へえ、思ったより金持ってんな、あいつ」
ほくそ笑む京は完全にゲスいチンピラにしか見えない。その様子をどうにもこうにも複雑な心境で眺めていると「ああ?」と非常に凶悪な顔で振り返られる。
「ストーカーか、お前ら」
こちらの姿を確認すると途端に不機嫌になった。とりあえず大人しく彼の前へと出ていく。
「何度来ても無駄だ。オレはまだ動かない」
「あんたが本物の救世主かどうかも見極めてるんだっつの」
観察すればするほど、偽者に思えて仕方がないが。
「馬鹿か。オレの力は感じてるだろーが。シロ星の救世主のパワーはこのオレが受け継いでる」
「な……」
ついこの前は知らん振りしてたでしょうがっ――と、ルイは心の中で怒鳴りつける。
しかしまさか、こうもあっさり答えてくれるとは思わなかった。最初の素振りからして、白状させるのに時間が掛かると思っていたのだが。
やはり京は、シロ星と救世主について知っている。救世主の力だけでなく、もしかして記憶も受け継いでいるのだろうか。
「なら、もう一人の救世主様候補が偽者ということかしら?」
リョウカは人差し指を顎に当て、首を傾げた。
「――もう一人?」
京の視線が鋭くなり、ざわり、と背筋に冷たいものが走った。凶悪なパワーが駄々漏れしている。
「ええ、ご存知ありません?」
ルイは思わず一歩後退ったのだが、リョウカは肝が据わっているのか笑顔を絶やさず聞き返す。
「ああ……知らねえな」
意外や意外。すでに何もかも知っているのではないかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
しかし、これは常に高慢な態度の京を負かす大チャンス。
「ええ~、知らないのぉ?」
思い切りバカにしてみる。
京は無表情でルイを見るが、すぐにリョウカに向き直る。
「リョウカ、説明しろ」
「喜んで」
扇子で手を叩いて、笑顔で素早く応じる彼女。
「いやいやいや! あんたらあたしをシカトすんな!」
盛大に突っ込むも、リョウカは京に歩み寄り、すぐに説明を始める。彼女はすでに京の傘下に入っていたようである。
「デカパイ女め」
ルイは舌打ちする。
「あら? 何か言ったかしら、ド貧乳さん?」
クルリと振り向くリョウカ。笑顔だが、負のオーラが恐ろしいほどにはっきりと見える。
「いえ、何でもないです……」
リョウカを本気で怒らせたら怖い。身をもって知っているルイは縮こまり、大人しくリョウカが説明し終わるのを待った。
それにしたって『ド』は付けなくてもいいだろ――
心の中だけで毒づくルイ。
少しすると、京は仏頂面で呻いた。
「オレの他にも救世主の力を持った奴がいるってのか」
「救世主様の子孫だというオババ様によれば、そうらしいですわ。ねえ、ルイ」
いきなり話を振られ、「え。ああ。うん。らしいね」と棒読みの返答をしてしまう。
京はしばらく腕を組んで何やら考え込み、「……面白くねえな」とぼそりと呟いた。
面白いとか面白くないとかそういう問題なのだろうか。
「ま、長年の謎は解けた」
ひょいと肩を竦める京だが、ルイには何が謎なのかすらわからない。口を尖らせていると、彼は不敵な笑みを見せた。
「安心しろ。オレは本物だ」
「……もう一人は偽者ってこと?」
思い切り訝しんで聞いてやると、京は何を思ったか、空き地の中心に移動する。
「お前達の救世主の定義は何だ?」
背を向けたまま、京は何故か左腕を水平に上げ、立ち止まる。
「定義……って、そりゃあ、星を守ってくれる奴のことじゃない?」
それこそが救世主と呼ばれる所以なのだから当然である。
「そうだ。重要なのはただ一つ、お前らの星を守ることだ。それができてこそ、シロ星の救世主と名乗るのに相応しい。そうだろ?」
「京様がシロ星を守って下さる……ということですか?」
「ああ、守ってやるさ」
リョウカの言葉に、京は振り向きニヤリとあくどい顔で笑う。
「オレ一人で、な」
そう言った瞬間、京の左手から赤い光が生まれた。
それと同時に、上空から殺気を感じる。
ぼとり。
緊張感のない音。落ちてきたのは、銀色のツルツルした素材に見える丸い物体。
――鉄球?
そう思ったのだが、それは突然にゅるりと変形し、見覚えのある姿へと形を変えた。
「だ、ダーク星人!?」
ルイは身構える。
だが、黒い大きな目はルイでもリョウカでもなく、真っ直ぐに京へと向けられた。
「ようやく来たな」
楽しそうな京の左手で輝く赤い光が、徐々に形を成していく。
「あれは……救世主様の剣!」
リョウカが珍しく驚いた声を上げる。彼女の言う通り、赤い光は一本の剣となって、京の左手に収まった。
「キサマ……何故、ここにいル」
くぐもった低い声がステンレスのような体から響いて聞こえる。
京は赤き剣をダーク星人へと向け、構えた。
「お前らを倒す為に決まってんだろ?」
何だか妙な会話である。まるで知り合いのようだ。
「っていうか、それはあんたダーク星人もそうでしょうが!? 何、ちゃっかり地球にまで来てるわけ!?」
ルイはダーク星人を指差しながら叫んだ。
まさか、地球まで襲うつもりなのか。
ギギギ、とゆっくりと振り向くダーク星人。
「地球に興味はなイ。シロ星人ヨ、ワレワレはお前達を監視していたに過ぎなイ。そして、覚えのあるパワーを感じタ。だから、ここへ来たまでダ」
監視――まるで気付かなかった。
「覚えのあるパワーというのは、京様のものかしら?」
「当然だ。気付かせる為に、パワーをちょいちょい見せびらかしてきたんだからな。遅いくらいだぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 話がまったく見えないんだけど!」
結局、京とダーク星人はどんな関係だというのか。
しかしダーク星人はルイの言葉に耳を傾けず、京へと再び視線を向け、「キサマを始末すル」と言い放った。
「おもしれえ。やれるもんならやってみろよ」
その言葉を皮切りに、ダーク星人は京との間合いを詰める。
――速い!
ルイは目で追えなかった。
長い腕が、京の頭を狙う。京はその腕を赤き剣で受け止めた。
大きな金属音が響く。
剣を素手で受け止めるとは、一体ダーク星人の体は何でできているのだろうかと不思議に思う。
「前よりも、パワーダウンしたんじゃないカ?」
ダーク星人が小刻みに震える。
「笑ってんじゃねえよ、黙れ」
京は後ろへ飛び、とても笑ってるようには見えないダーク星人と間合いを取る。そしてすぐにダーク星人へと向かい、駆け出した。
剣を勢いよく降り下ろす。が、ダーク星人はまたもにゅるりと変形し、スライム状になった姿で京の足元をスルスルと移動する。
「ちょこまかと……!」
京は舌打ちし、狙いを定めては地面へと剣を降り下ろす。だがなかなか当たらない。まるでもぐら叩きである。
しかし、ダーク星人が一定の場所へ移動した時、赤い輝きが地面から発光した。
「ふん、掛かったな」
京が右手をかざすと光が強まり、スライム状だったダーク星人は元の長身の体へと戻った。
耳をつんざくような悲鳴が頭に響く。
京は再び剣を構え、ダーク星人へと斬り込んだ。
「はあああ!」
気合いの一声と共に、ダーク星人の体が真っ二つに裂かれる。
瞬間、ダーク星人の体は黒い霧と化して、跡形もなくその姿を消した。
強い――
ルイはぽかんと口を開け、ただ呆然とするしかなかった。
「ルイ、オババ様が仰っていたのだけれど、以前の救世主様もあの赤い剣を使っていたそうよ」
リョウカはうっとりと見惚れるように言った。
以前の救世主――ということは、やはり京は本当に救世主の力を引き継いでいるということだ。
「間違いなく、京様は救世主様だわ」
「……まだ、納得はしたくないけど」
「あら、強情ね」
呆れたようにリョウカはクスリと笑う。
そうは言っても、オババ様の話では救世主の力を引き継いだ本人は救世主としての記憶は持たないはずである。しかし京はすでに救世主として自覚を持っている。見た限りでは、つい最近記憶が目覚めたというわけでもないのだろう。
やはりどこか腑に落ちない。
「ちょっと、安久津京! あんた一体何なのさ? いい加減、知ってること吐いてもいいんじゃないの?」
効かないだろうが、思い切り睨み付けてやった。
思った通り、面倒臭いと言わんばかりの溜め息で返される。左手の剣が煙のように変化していき、赤い光も消えた。
「まあ、あいつらもようやくオレの存在に気付いたらしいしな。いいぜ、教えてやるよ」
そう言って京はこちらに歩いてきた。
「オレはな、ただ救世主の力を引き継いでるだけじゃねえんだよ」
ということは、やはり記憶も――?
彼はルイとリョウカへ交互に視線をやり、言った。
「オレは――最後に現れた救世主の生まれ変わりだ」