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暴君な救世主・2

「いや、てかマジさー」

 真っ青な空に囲まれた廃ビルの屋上で、ルイは胡座をかいていた。暑さのせいで体調も怠く、赤い頭をぼりぼりと掻く。

「救世主連れて来いったって、本人自覚ないわけでしょ? どうやって説得するわけ?」

 地上を見下ろしながら扇子をパタパタと仰いでいるリョウカに、やる気なく訴える。

 オババ様によれば、救世主の力を持つ彼らは救世主としての自覚はないそうである。力だけ勝手に引き継がれているだけなので、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。

 リョウカはしばし考え込むように顎に人差し指を当て、青い空を見上げた。

「そうねえ……脅迫、とか?」

「いやいや、救世主をかよ」

 思わず突っ込む。

 というか、救世主というのは危機的状況の際に本人から現れてくれるものではないのか。まあ、いわゆる救世主とは少し事情が違うことはわかっている。引き継がれた人間からしてみれば、かなりハタ迷惑なのかもしれない。

 ルイもリョウカと同じく、シロ星では見られなくなってしまった青い空を見上げた。燦々と輝く太陽に、暑いけれども今さらながらにありがたみを感じる。

 救世主の一人――安久津京が通っているという学校が見渡せるビルの屋上に、ルイ達はいた。今はまだ授業中なのか、校庭には人がいないようだ。

「でも、真正面から『わたし達の星を救って下さい』なんて言っても、聞き入れてくれないんじゃないかしら?」

 地球人はシロ星の存在を知らない。まず宇宙人が実際に存在していることすら知らないのだ。シロ星人は、宇宙船を使って地球に観光に来ることはあるのだが、宇宙人だということは一切明かさないようにしている。バレればどんな扱いを受けるか、地球人の歴史を影から確認してきたシロ星人達は、彼らの恐ろしさについてもよくわかっているからだ。下手をすれば、戦争になりかねない。

 そんな事情で地球とは一方通行の交流の為、宇宙人という存在を地球人に伝えたところで誰も信じるわけがない。確実にイタイ視線を向けられるだけである。

「ま、確かに。あたしだったら、そっこーぶん殴って逃げるね」

 リョウカの言葉に賛同する。怪しさを全開に押し出すようなものだ。当然である。

「だけどさリョーちゃん、奴を脅せるような材料なんてないじゃん」

「そうなのよねえ。彼の身辺を調査しても、この辺りで最強の不良ってことしかわからないし」

 そう。オババ様からの情報を元に安久津京という人物を興信所よろしく探りを入れたのだが、弱味の一つも見つからない。

 最強で最恐の喧嘩番長だと、一部では恐れと尊敬の念を抱く者がいるという。仲間も家族もおらず、天涯孤独の一匹狼らしいので、人質という方法も使えない。

 シロ星には地球の様子を観察できる〈アースコープ〉という望遠鏡のような物があるのだが、それで安久津京の姿だけは確認ができていた。茶髪にピアス、鋭くキツイ目つき。まさに不良の権化と言えるほどの悪人顔。ルイにも不良っぽい友人が数人いるのだが、彼らはバカで明るい性格の者ばかりで非常に取っ付きやすい。安久津京のような斜に構えてそうなタイプは苦手だった。

「じゃあさ、リョーちゃんの色仕掛けとかどうよ? その胸に惹かれない男はほぼ皆無でしょ」

 ルイが半ば投げやりに言うと、リョウカはわざとらしくスカートの裾をずらし、見せびらかすかのようにスリットから白い太ももを大きく覗かせた。そして腰に手を当て、まるで挑発でもするように胡座をかいたままのルイを見下ろす。扇子をバサッと開き、クスリと微笑んだ。

「彼に――効くかしら」

 妖艶過ぎる雰囲気に一瞬怯みつつ、意外にもやる気がありそうな彼女に思わず驚く。

「マジでやる気?」

「試してもいいわ。ただ色仕掛けでも何でも、彼――京様をいずれは落としてみたいものね」

「え、リョーちゃんってあんなのが好みだっけ?」

 ルイは色恋沙汰にあまり興味がないのだが、リョウカはその男好きのしそうな外見の為にモテるので、色々と巻き込まれることがしょっちゅうあるのだ。やれ彼女を紹介しろだの、仲を取り持てだのとうんざりする勢いである。しかしリョウカは理想が高いらしく、付き合う男は年上でお金持ちの硬派なタイプがほとんどだったはずだ。

「あら、彼素敵じゃない。キリッとした顔が、わたしの好みだわ」

「でもいっこ年下だよ」

「別に年上がタイプってわけじゃないもの。わたし、救世主様に興味があるの」

「物好きな……」

 ルイはまだ、救世主が胡散臭くて仕方がないのだ。

「誰だって憧れるでしょう? 〈救世主様の花嫁〉」

「救世主は白馬の王子じゃないっての」

「ふふ、同じようのものよ」

 嬉しそうに語るリョウカに呆れていると、チャイムが鳴り響く。ルイは立ち上がって、学校の校庭を見下ろした。時間的に終業のチャイムだろう。

「リョーちゃん、もうすぐ現れるよ」

「ドキドキのご対面ね」

 しばらくすると、わらわらと下校する生徒達が校舎から出てきた。中にはジャージ姿の生徒もいる。恐らく部活動をする生徒達だろう。調べによれば、安久津京は無所属なのですぐ姿を現すはず。

 だが。

「ねえ、ルイ。あなた京様を視認できる?」

「いや無理」

 思わず即答した。髪の色で識別できるかと思ったのだが、茶髪の生徒はかなり多い。しかも今いるこの廃ビルは、学校と同じくらいの高さがあり、人が豆粒程度にしか見えない。

 それから二人は無言で顔を見合わせる。

「……このまま飛び降りよう」

「そうねぇ」

 ルイはすぐさま屋上を囲んでいる鉄柵に手を掛けてよじ登り、手すりの上にバランスよく立ち上がる。リョウカも扇子を胸元に仕舞い、大きくジャンプをして手すりの上に飛び乗ってみせる。

 そして二人は躊躇うことなく、数十メートルある地上へと勢いよく飛び降りた。

 地球人であれば自殺するような行為だ。しかしシロ星人は〈パワー〉という能力によって、腕力や筋力を自在に強化することができる。ましてやシロ星の中でトップクラスの二人であれば、こんなことは朝飯前だった。

 スタッ――と、二人は軽やかに降り立つ。ちなみにこの廃ビルの周りは閑散としていて誰もいないので騒がれる心配はない。

「よし、リョーちゃん! 早く学校に……っ!?」

 ルイが駆け出そうとした瞬間、とてつもなく大きなパワーを感じた。リョウカも同じものを感じたらしく、二人は同時に後ろを振り返る。

「……美人とガキか。妙な組み合わせだな」

 今までに感じたことのない強大な力。目の前に現れたのは、まさに探し求めていた人物だった。

「あ、安久津、京……」

 ワイシャツのボタンを大きく開けて、制服をだらしなく着こなしている茶髪にピアス、鋭い目付きの男子学生。間違いなく、アースコープで見た安久津京本人である。ビルの隙間から差し込む太陽の日差しによって、彼の銀色のピアスが眩しく反射する。

 何から切り出せばいいのか。そんなのは決まっている。

 ルイは思い切り息を吸い込み、彼を睨み付けた。

「だーれがガキだ! 誰が!」

 すると京は人差し指をルイにビシッと向け、

「お前の目は節穴か? ガキは一人しかいないだろ。自分の胸をよく見てみろ」

 思い切り見下しながら言った。

 ――こ、このクソ男!!

「あたしはあんたと一つしか違わないっつーの!!」

「へえ。オレの名前だけじゃなく、年齢まで知られてるわけか」

 スッと目を細め、今度はルイが睨まれる。

 ――しまった……!

 挑発されるがままについ口走ってしまった。これでは完全に不審者扱いだ。ルイが彼の立場であれば、とっくに殴り付けている。

「ルイ、落ち着きなさい。ここなら人もいないことだし、ちょうどいいわ」

「オレを襲うつもりか? あんたなら大歓迎だぜ」

 偉そうに腕を組んで厭らしい笑みを浮かべる京に、リョウカは「あら嬉しい」と色気爆発でクスリと微笑む。

「なに本気で色目使ってんの、リョーちゃん!」

「やだ、ルイったら。ヤキモチ妬かないで。わたしはあなたのことも十分大好きよ」

 鼻の頭をピンっと人差し指で弾かれた。

「なんだ、ガキは女が好きなのか。まあ、どうせ男はできそうにないしな」

 ルイはこめかみに青筋を立ててイラッとする。

「……あんたら、本気でぶっ殺してやろうか」

 言われるがままのルイは怨めしい顔で二人を見た。というか、これでは一向に話が進まない。自分から崩しといてなんだが。

「ふふ、冗談はこれくらいにしておきましょうか」

 そう言ってリョウカは京に向き直り一礼した。

「京様、申し遅れましたわ。わたくしはリョウカ、彼女はルイといいます。一目見てあなたしかいないと直感致しました。どうかわたくし達に、その力をお貸し下さい」

 直球過ぎやしないかと思ったが、確かにここまで来たらこれが一番いい方法かもしれない。変に取り繕っても余計に怪しまれるだけだ。それにあのパワー。わざと放っているようにしか思えない。

 京はしばらくルイ達を見定めるようにジッと見つめ、無言になる。すると、彼のパワーが瞬時に鳴りを潜めた。

「力? 何の話だ?」

 ポッケに手を突っ込み、惚けた素振りで言った。

 絶対に彼は、己の持つ力のことをわかっている。そうでなければパワーを自在に放出したり引っ込めたりできないはずである。だが何をどこまで理解しているのか、そこまでは不明だ。

 いや、それ以前に彼は自分達のことをいつから見ていたのか。あのタイミングならば、ビルから飛び降りた場面も目撃しているのではないか。だとしたら、である。何故彼はこんなに平然としていられるのか。

 確実に何かを知っている。自分達をからかっているのかもしれない。ルイはそう結論付ける。

「しらばっくれないで! あんたほどのパワーがあれば、あたし達の星は助かるんだから!」

「かなり他力本願だけれどね」

「リョーちゃんが話の腰を折ってどうする!?」

 結局そのままぶちまけてしまった二人に対し、京は無言で背中を向けた。

「ちょ、ちょっと!?」

「言っとくが、オレはまだ動くつもりはない。どーせ遠からずこっちにも仕掛けてくるだろうしな。それに――」

 こちらを振り返り、彼は不敵に微笑んだ。

「オレの力は、オレの為だけに使う」

 すぐにまた踵を返すと、止める間もなく姿を消してしまった。

「……ふふ。彼、一筋縄ではいかなそうね」

 リョウカは自身の赤い唇に指を当て、妖艶な仕草でそっとなぞった。

「あいつ、どこまで事情を把握してるわけ?」

 オババ様の話とはまるで違う。確実に安久津京は救世主としての自覚……というか、〈パワー〉について自覚している。

「いいじゃない。面白くなってきたわ」

「全っ然、面白くない!!」

 あっけらかんと言うリョウカに、ルイは全力で突っ込むのだった――

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