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伝説の救世主

 ダーク星人とルイ達をカルムという青年に任せ、迷いのない足取りでズンズンと突き進んでいく京の後を、舞子は混乱しながらも懸命についていく。

「あ、あの、初代さん。グレンって、安久津くんの昔の名前でしょうか?」

 こっそりと質問してみると、『ああ、最初は確かそんな名前だったかもな』とどこか上の空で初代救世主が答える。

「おい、無駄口叩いてないで気合い入れろよ。こっからが本番だぜ」

 突然京が振り向いたので、舞子は慌ててコクコクと首を縦に振った。初代救世主が何か反論するのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、特に何も反応がなかった。

 再び歩み始めた京の後を小走りで追いかける。

『……カルムは真面目でとにかく真っ直ぐな男だった。己の正義を持って、自らを犠牲にし、我らをキセキ星から逃がしてくれたのだ』

 黙っていた初代救世主は一人言のように話始める。

『しかし、目の前のあの男についてはよくわからなかった。常に周りを馬鹿にしたような態度で、本気も感じられなかった。キセキ星にいるのにただ飽きてしまったからシロ星を助けようとし、ダーク星人を倒せなかった腹いせでこの五百年、我の力を思うままに利用してきたのだと思った』

 ――ど、どうか安久津くんには聞こえていませんように。

 舞子は切実に願う。

『何故カルムがあの男の為に己を犠牲にしたのか、理解できなかった。――だが』

「え……?」

 思わぬ『だが』という接続詞に驚きの声が出る。

『カルムとのやり取りを見ると、あいつもそれほど悪い奴ではないのかもしれないな』

「しょ、初代さん……」

 舞子は感動していた。人と人がわかり合うことがどれだけ難しいことか、これまでの人生経験で身をもってよく知っているからだ。

 先程の舞子の説得にも、初代救世主が完全には納得してくれていないということはびしびしと伝わってきていた。正直、舞子自身も京がいい人だと断言できるかと問われれば、素直には頷けないところがある。しかし、彼は宇宙に放り出された時、舞子を助けてくれた。カルムとの約束もきちんと守ろうとしていた。キセキ星を遠くに飛ばしたことも、恐らくカルムの推測が正しいのだろう。

 徐々に京の本質が見えてきて、彼がいればダーク星人も倒すことができるだろうと舞子自身も最終戦の直前になった今、ようやくそう思えてきたのだ。初代救世主も京のことを見直してくれれば、きっともっと成功する確率は上がるに違いない。

 何より、長年のわだかまりが解けたのはいいことである。

 京はこちらを振り返りはしないが、聞こえているのではないだろうか。聞こえていてほしい。舞子はさっきとはまるで真逆の気持ちになった。

 しかし、そんな温かい気持ちになったのも束の間、突如背筋が凍りつく。

 ぞくりとした瞬間、頬に何かが伝った。そっと手を触れてみれば、自分の涙だった。

「あ、あれ……?」

 まさか自分が泣いているとは思わず、濡れた手を呆然と眺める。しかし涙はぼろぼろと溢れ出し、ひどく悲しく暗い気持ちになってゆく。

『舞子! 気をしっかり持て! ダーク星人の気に当てられているのだ!』

 ダーク星人のせいだと言うのか。しかしどうしたら涙を止められるのか、舞子にはわからない。

「…………いるな」

 京は何もない暗闇を見つめてニヤリと笑う。勝手に進み始めてしまう京の後ろを、泣きながらもどうにか追い付こうと試みるのだが、まるで鉛があるかのように足が重くなる。

 初代救世主に名前を何度も呼ばれるのだが、その声もどんどんと遠ざかってしまう。

 舞子は虚ろな表情を浮かべ、完全に足を止めてうずくまってしまった。

 ――ああ、何で自分はこんなところにいるのだろうか。つい周りに流されてここまで来てしまったけれど、できることなら、おばあちゃんのもとでずっと平穏に暮らしていたかった。大体、何で自分がこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。運が悪いにも程がある。ただでさえ、運なんてないような人生だったのに。

 吹っ切ったはずの思いが、また胸の中でモヤモヤし始めてしまう。

 ――そもそも、安久津くんと初代さんが喧嘩さえしなければ、私なんて必要なかったはずなのに。

『舞子さま――』

 不意に、ジオの悲しそうな顔が浮かんだ。

 ――ああ、私が悲しいとジオくんにも伝わってしまうんだっけ。一体、彼には今までどれだけ辛い思いをさせてきてしまったんだろう。

 特に両親が亡くなった時は、自分も死にたくて仕方なかった。祖母のおかげで何とか立ち直ることはできたが、あの時の気持ちも共有されていたとしたら、絶対に彼だって気が滅入ったはずである。

  ――それなのに、何でジオくんは私のことをあんなに気にしてくれるんだろう。……いや、違う。初代さんの力があるからだ。だから彼は――

『舞子! それは違う!』

「しょ、初代さん……?」

 突如、聞こえなくなっていたはずの初代救世主の声が響いた。

『ジオを思い出してくれたおかげで、塞いでいた気持ちが少し開きかけたというのに、また自分で塞いでしまってどうするのだ』

 そうは言われても、今の状況もよく理解できていない。

『確かに、切っ掛けが我にあるのは認めよう。しかし、ジオは純粋にお前を慕っている。お前にはわからなかったのか? ボウのように救世主だからというだけで手のひらを返すような男だと思うのか?』

「い、いえ! ……って、ボウさんに失礼なような……」

『とにかく!』

 一段と大きな声を出され、舞子は「は、はい!」と思わず大きな声で返事する。しかし初代救世主は何かを躊躇うように、息を吐いた。

『……巻き込んですまない』

「え……」

 まさか謝られるとは思わず、舞子は萎縮する。

『救世主は、我と波長の合う者を選んでいる。だから本来ならば我の子孫を選べばいいことなのだが、制約によってそれはできないのだ』

「せ、制約……?」

「キセキ星人と違って、シロ星人はいくつかの制約を設けることでようやく転生の真似事ができた。そうだろ、初代?」

 突然、京が背後から得意気に話に加わってきた。先に進んでいたはずなのに、いつの間に戻ってきたのか。

「お前の魂はとっくの昔に成仏してるクセに、パワーに自分の人格を投影して無限に転生させる。無駄に制約も多い。これを実行するには相当の苦労があったはずだ」

『ふん。キセキ星人とて万能ではないだろう。他星への干渉は自分の首を締めると聞いているぞ』

「そこは頭の使いどころだ。現にオレは転生も空間転移もしてるが、何の犠牲も払ってねえ」

『だからキセキ星人は利己主義だと言われるのだ。所詮はお前も己の為だけに動いているのだろう』

「おいおい、あいつらと一緒にすんなよ。オレはオレのできることをしてるまでだ」

『何が違うというのだ』

「まるっきり違うだろ」

 舞子は二人の話についていけない。というかこんなところで言い争っている場合でもないはずだ。

「ふ、二人とも、早くダーク星人をやっつけないと……」

 瞬間、初代救世主は『その通りだ!』と嬉しそうに叫び、京はニヤリと笑った。

「さっきまで落ち込んでた奴の台詞じゃねーな」

 そういえばそうだった。舞子は頬の涙が乾いていることに気付く。

 しかし初代救世主は『その前にまだ話の続きがある』と言葉を続ける。

『話が思い切り逸れたが、この男の体から出ていくことに成功した時、我はすぐに次の救世主候補を探した。制約によって我とは無縁の者でなければならなかったからだ。そしてその者は案外早く見つかった。我と波長の合う数少ない存在――お前だ、舞子』

「まさか同じ高校の同じクラスで、ついでに席も隣と聞いた時は、初代は何だかんだオレと離れるのが寂しかったのかと疑ったぜ」

『馬鹿を言え。我の力を持ってるお前のことはどちらにしろ監視する必要があった。できるだけお前の転生先と近い者を探していたら、舞子を見つけることができたのだ。我こそあそこまで間近にお前を見なければならなくなるとは思いもよらなかったぞ』

 また言い合いが始まってしまうのだろうかとハラハラしたが、京はニヤニヤするだけでそれ以上言い返すことはなかった。

『これまでの救世主達も、危険なことと知りつつ我に協力してくれたのだ。本当に感謝している』

「初代さん……」

 そうだ、彼女はシロ星の為に、何千年も転生を繰り返して戦い続けているのだ。いくら魂ではないと言っても、こうしてしっかりと会話することもできるのだ。相当の覚悟で臨まなければ、こんなこと続けていられないだろう。

 全てはシロ星を愛しているからこそできることなのだ。

 自分も祖母の為だというのなら、頑張れるのだと思う。その対象が彼女にとっては一つの星だというだけなのだ。

 舞子だってシロ星の皆を守りたいという意志はある。ジオも、セイガも、ルイも、リョウカも、オババ様も、長老も、皆も。

 舞子は強い意志を持って立ち上がる。

「今度こそ絶対に、ダーク星人を倒しましょう」

『……舞子、本当に感謝する』

 まだダーク星人が放つ気はびしびしと伝わってくるのだが、少し心持ちを変えただけで先程のように悪い影響はなくなった。


「どうやラワレワレは、お前達を侮り過ぎたようだナ」


 しかし突如、感情のこもらない無機質な声が辺りに響く。

 ――ダーク星人!

 舞子は姿の見えない敵を前に身構える。

「おう、今そっちに向かおうとしたところだ。手間が省けて助かるぜ」

 京が声を掛けると、暗闇の中に新たな暗闇の渦が現れる。

 まるで台風の目のようなそれは、徐々に巨大化していき、強風が巻き起こった。

 舞子は飛ばされないよう何とかその場に踏みとどまる。

「シロ星の救世主ヨ。ワレワレは必ずキサマに報復すル。積年の恨み、果たさせてもらうゾ」

 瞬間、全身に鳥肌が立った。負けてなるものかという意志とは裏腹に、足がガクガクと震えてしまう。

 恐らく、これが負のエネルギーと呼ばれるものの本当の力なのだろう。

 ダーク星人の言葉に、以前、初代救世主が言っていたことを思い出す。

 ――我が滅ぼしてきた宇宙人の怨念がダーク星人となり、シロ星へ復讐しに来たのだ――

 元はといえばシロ星を襲った自分達が悪いのだろうに、こんなに巨大なエネルギーになるほど、救世主を恨んでいるというのか。とんでもない執念深さである。

 ふと、京と目が合う。

「笹森、よく聞け。この戦い、長引けばこっちの負けだ。一気に片を付けるぞ」

 あの恐ろしいエネルギーに向かっていくのかと思うと不安だらけでどうしようもないが、ここで嫌だなんて言えるわけもなく、コクリと頷いた。

『奴を倒すには、お前の赤き剣と舞子の青き剣が必要だ。どう攻める?』

「言ったろ、短期戦だって。真っ向からありったけのパワーを喰らわせてやればいいだけだ」

 ――む、無計画過ぎる。

 大体、どこを狙えばいいのかもわからない。あの渦がダーク星人の本体なのだろうか。

『舞子、集中すればわかるはずだ。あの渦の中に、奴の動力源がある』

 初代救世主の言う通りに、とりあえず渦を注視してみる。

 すると不思議なことに、その渦の中心に一段とどす黒い光が見えた。

 とても破壊できるとは思えないほどのパワーを感じるのだが、果たして自分にできるのか。

 京は赤き剣を具現化し、初代救世主にも促されたので、舞子も慌てて青き剣を具現化した。

「オレが合図したら全力を出せよ。それまでは最小限の力で奴に近付く」

 返事をする前に京は駆け出す。

 それと同時に黒い渦から無数の黒いトゲのような物が飛び出した。

 しかし彼は左手に持った剣でそれを次々と薙いでゆく。

『舞子、我らも向かうぞ』

「は、はい!」

 はっきり言って京のような運動神経はゼロである。しかし近付かなければ剣は当てられない。

 舞子は剣を構えながら京の後を追う。

「ち、ちなみに遠距離攻撃では駄目なんでしょうかっ?」

 ボウを助けた時を思い出す。

『駄目だ。あれでは力が拡散してしまう』

 駄目元ではあったので残念ではあるが致し方ない。

 ダーク星人が京に狙いを定めている今の内に、その背後に回り込もうとした。渦なのでどちらが正面で背後かは定かではないが。

 しかし、そう簡単に上手くいくわけもなく、 舞子にも狙いが定められてしまう。

 黒いトゲが放たれ、「ひゃあ!」と叫びながら青き剣を掲げた。

 カカッと強く輝き、トゲは霧散する。

「馬鹿! 力使い過ぎだ!」

 京に怒鳴られるが、力の加減などわかるわけがない。

『舞子、心を静めろ。そうすれば自ずとパワーの使い方もわかってくるはずだ』

 生きるか死ぬかの瀬戸際でそんなことは不可能だと舞子は思う。

 気付けば、黒い渦は舞子の眼前に迫っていた。

 再び強風が吹き荒れたかと思うと、突如渦の中に引き込まれそうになる。

 ――ど、どうしよう!

 まるでどこかのメーカーの掃除機の吸引力並だと、どうでもいいことが思わず頭を過ったが、どう考えてもそれどころではない。

 三つ編みに結っていた髪はほどけ、ダボっとしたワンピースがバサバサとはためく中、青き剣を地面に刺して吸い込まれないよう踏ん張った。

 吸い込まれたらどうなるのか考えたくもなかった。

 その時、京がこちらに走り寄ってきた。

「白か! フツー過ぎてつまんねえな!」

「へ!? って……な!?」

 何の話か一瞬理解できない舞子だったが、理解した途端に顔を真っ赤にし、たなびくスカートを両手でしっかりと抑えた。

 結果、青き剣は舞子の手を離れ瞬時に消える。

「わああ!?」

 支えがなくなった舞子は当然の如く黒い渦へと吸い込まれてゆく。

『お前こんな時くらいセクハラ発言を控えられんのか!?』

「いやそこまで反応するとはさすがのオレも思わなかったぜ」

 ――そんなことより早く誰か助けて下さい!?

 切実な思いも虚しく、辺りは一瞬で暗闇に閉ざされてしまう。京の姿も見えず、怖いくらいに静かな空間である。

『……まったく、やはりあの男はろくなことをせん。舞子、青き剣をもう一度出すのだ』

 意外と落ち着いている初代救世主の様子に、舞子も少し落ち着く。

 が、青き剣が出てこない。いくら願っても出てこない。

 周りが暗すぎて、自分が立っているのか、どこにいるのか、自分は本当に存在するのかも不安になりそうだ。

「しょ、初代さん、剣が……」

『舞子、怯むな。お前の手に青き剣は存在する。ダーク星人がくだらないまやかしを見せているだけだ。自分を信じろ』

 そうは言っても本当に存在するのだろうか。舞子は自信が持てない。

「おーい、笹森、聞こえるかあ?」

 不意に、呑気な声が辺りに響き渡る。

「あ、安久津くん!?」

「悪かったな。でも今は絶好のチャンスだ。ダーク星人の内部に潜入できたんだからな。大ダメージ喰らわせてからこっちに帰って来い」

 てっきり助けてくれるのかと思いきや、何という無責任発言だろうか。思い切り落胆する。

『舞子、殴り飛ばしたいくらいに苛つくのは重々理解するが、奴の言うことは確かだ。内部から攻撃すれば、相当のダメージを負わせることができる』

「いえあのそこまで思ってはいませんが……。と、とにかくやってみます」

 舞子とていつまでも怖がったり、落ち込んだりはしていられない。今は何よりこの状況を打破し、皆を助けて自分の住む地球に戻りたかった。

 とりあえず右手をブンブンと振り回してみる。暗闇を切り裂けないだろうかと考えたのだが、やはりそんなに甘くはない。何も変化がなかった。

『ふむ、何も起きないか。ここに吸い込んだ以上、何かしらダーク星人が行動を起こすはずなのだが』

 吸い込まれたらすぐ死んでしまうのではないかと思っていたので、確かに拍子抜けである。

 しかしその時、暗闇だった周りが急に明るくなった。

「わっ」

 突然明るくなったので思わず目を瞑った。ゆっくりと瞼を開くと、見覚えのある風景が広がっており、舞子は呆然とする。

 広いグラウンドにサッカーゴール、大きな桜の木々。少し古びた雰囲気の校舎。

「が、学校……?」

 そう、舞子は自身の通う高校の校庭に一人突っ立っていた。

『舞子、後ろだ!』

 初代の声に勢いよく振り向くと、そこには見覚えのある人物がこちらを見つめていた。

 見間違えるはずもない、舞子の祖母――伊代の姿だった。

「な、何でおばあちゃんまで!?」

『……なるほど。そういうことか』

 どういうことなのだ。

『舞子、ここは――』

 初代が何か言い掛けたその時、突然伊代がこちらに突っ走ってきた。

「え!?」

 伊代は滅多なことでは走らない。スーパーの特売日セールの時くらいだ。まさに彼女はそんな意気込みを見せる表情でこちらに向かってきている。

 手には金属バットを持って。

「な、何をする気なの、おばあちゃん!?」

『あいつは伊代ではない! 舞子、戦うのだ!』

 どう見ても祖母にしか見えない。しかし、危険だということは舞子にもわかったので、踵を返してその場を逃げ出す。

「しょ、初代さん! おばあちゃんじゃないって、どういうことですか……!?」

 走りながら、何とか初代へ問い質す。

『恐らくここは、お前の深層心理をもとにした世界だ』

「し、しんそうしんりっ?」

『簡単に言えば、お前の心の中にいるということだ』

「そ、そんな馬鹿な!?」

『事実だ。今、お前の深層心理を覗いているダーク星人が、お前の弱点を探し当て、あのように具現化させているのだ』

 確かに祖母と戦うなど考えられないが、あれが本当に偽物なのかその確証はない。倒した後に本物でしたなんて言われたら取り返しのつかないことになる。

『案ずるな、舞子。裏を返せば、こちらが主導権を握ることもできるということだ。何せ、お前の心の中なのだからな』

 それには一体どうすればいいのか、怖くて後ろも振り向けないまま、舞子はとにかく校内に駆け込む。

 靴のまま廊下を走るのは少し気が引けたが、そんなことを気にしている場合ではない。

 しかしそう思った瞬間、何故か靴が履き慣れたいつもの上履きへと変化した。

「ひ、ひえ!?」

 立ち止まりそうになったが、とにかく階段を駆け上る。

『おお、舞子! まさにそれだ! 今お前は靴ではなく、上履きを履きたいと願ったろう。その調子で、伊代の姿も変えてしまえ。何、叩きのめしたい奴を想像すればいいだけだ』

「そ、そんなこと急に言われても思い付きません……!」

 日頃、自分を卑下しつつ暮らしてきたのだ。苦手な人は多くいるが、叩きのめしたいとまで思うほどの人物はどうも頭に浮かびにくい。

 自分がそんなことを言える立場ではない。どうしてもそう考えてしまって引け目を感じてしまうのだ。

『ボウやミーアはどうだ?』

「で……できません!」

 実際嫌なことはされたのだが、なんとなく同情の余地もあるような気がする。同情できるような立場でもないのだが。

『ふむ、難儀だな。このまま逃げ続けることなどできないぞ』

 彼女の言う通り、息は切れてすでに体力の限界が近い。大した距離はまだ走っていないが、舞子の体力を舐めてはいけない。運動など、学校の授業で嫌々やるくらいしか機会がないのだ。

 そうこうしている内に、いつの間にか伊代が階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。

 ――ど、どうしよう!?

 一度階段を上るのをやめ、廊下を一直線に走ることにする。

「おい笹森! ダラダラしてんじゃねえよ! こっちは待ちくたびれてんだ!」

 再び外側にいるだろう京の声が聞こえた。

 ――だ、誰のせいでこんな目に遭ってると!?

 込み上げてきた怒りに反応したように、初代が不敵に笑った気がした。

『すぐ側にいたようだな。叩きのめしたい対象が』

「え!?」

 思わず後ろを振り向くと、すでに同じ階に辿り着いた人影が、廊下の向こうに佇んでいた。

「へ……?」

 思わず二度見してしまったが、伊代の姿はどこにもなく、代わりにまたまた別の見覚えのある人物が立っていた。

「……あ、安久津くん!?」

 そう。外側にいるはずの京だった。

「……ん? 何か呼んだか? こっちだとお前らの声がよく聞こえねえんだけど」

 目の前の京が話しているわけではなく、外側の京が話しているのだろう。

 つまり、目の前の彼は――偽物。

『どんな奴よりも数段に叩きのめしやすいだろう』

「そ、そうですね、確実に偽物だってことがわかりますし……」

『フッ……まあ、そういうことにしておこう』

 少し言い訳染みたかもしれないが、本心である。いや、すでに京の姿が現れた時点で否定は無意味なのかもしれないが。

 とにかく青き剣を出そうと右手に力を込める。出せるか不安があったものの、すぐにキラキラと青く発光し、舞子の意思通りに青き剣は形成され手に収まった。

「や、やった……!」

『よし、行くぞ!』

 初代の言葉と同時に京の姿をしたダーク星人がこちらに突進してくる。

 舞子は身構え、自身も京に向かって駆け出した。

 本物であればとても敵う気はしないが、あれは偽物。ならばきっと、倒せる。ダーク星人だということは一旦忘れ、自分にそう言い聞かせる。

 そして、彼に対する諸々の感情も少し上乗せし、舞子は剣を大きく振り上げた。

『今だ、舞子!』

「……はい!」

 初代の指示に、目の前に迫った京へ青き剣を思い切り振り下ろす。

 バチバチッと青白い光が弾けた瞬間、京の姿は闇色に変化し、瞬時に霧散した。

「クッ、こ、こんな小娘にやられるとハ……!」

 ダーク星人の呻き声が聞こえたかと思うと辺りが急に暗くなり、学校ではなく、元の暗い風景が広がった。

 そして気付けば隣に京の姿がある。

 思わず身構えるが、彼は本物だろう。人を馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いは舞子の想像力だけでは再現できない。

「予想以上の出来じゃねえか。あとはあの弱りきったダーク星人をオレ達でぶっ壊すだけだ」

 京の指差した方向を見れば、さっきまであの中に吸い込まれていたのだろう巨大な渦はすっかりと小さくなり、微量の風を起こしているのみだった。

「いい気になるナ……! まだワレワレの力はこんな物ではないゾ……!」

 明らかに虚勢を張っている風ではあったが、それは一瞬のことであった。急に渦は激しく動き出し、徐々に巨大化してゆく。先程よりも渦が大きくなっているようだが、気のせいではないだろう。

「ま、また大きくなっちゃったよ……!?」

 思わず京にすがるような眼差しを向けると、彼はまるで焦る様子もなく、寧ろ今まで見たことのない落ち着いた大人っぽい表情をしていた。

「大丈夫だ。オレとお前の力があれば――倒せる」

 真っ直ぐに見つめられ、舞子は少しドキリとする。

 ――そうだ、この人はこの時の為に五百年間ずっと生きてきたんだ。

 何だか妙に感心し、そして納得した。

 自身も心を落ち着け、黒い渦をしっかりと見据える。

『我の存在を無視するなよ』

「ああ、お前もいたな」

 途端に京はニヤニヤと笑い、いつもの調子に戻ってしまったが、京があのままでもある意味落ち着かないのでよかったかもしれない。

「……さてと、笹森」

 京は左手から赤き剣を生み出し、舞子の右側に並んだ。

 視線はダーク星人から逸らすことなく、「構えろよ」と一言だけ告げられる。

 舞子は大きく頷いて、右手から青き剣を生み出した。

「ありったけの力を剣に込めろ。オレが合図したらあの渦に突進する。また変なトゲみたいなのを出してくるかもしれねえが、もう避ける必要はねえ。オレ達が本気を出した剣の力なら、そのくらいの小技はね除けられる」

 舞子的にはとても小技には思えなかったが、心の中だけにしまっておく。

「あとはタイミングを合わせて思い切りダーク星人を切りつけりゃいい」

「や、やってみる!」

 もう案ずるより産むが易しだ。

 ニヤリと微笑んだ京は、大きく息を吸い込んでから「行くぞ!」と叫んだ。

 そのタイミングに合わせ、舞子も青き剣に念を込めながら走り出す。

『舞子、もっと強く念じろ! 全ての力を出しきるつもりで行くのだ!』

「は、はい!」

 自分でも徐々に剣の輝きが大きくなるのを感じながら、ダーク星人へと狙いを定める。

「愚かなる者どもヨ……! ワレワレ、ダーク星人の力を思い知るがいイ……!!」

 再び無数のトゲが舞子達に向かって飛んできた。

 だが、赤き剣と青き剣の輝きによって、それらは易々と跳ね返されてゆく。

「な、なんだト!?」

 無機質だったダーク星人は完全に動揺している。

『このタイミングを逃すな! 剣を振り上げろ!』

「はい!」

 京が素早く舞子の隣に付いたので、お互い視線を交わす。軽く頷き合い、二人で同時に剣を振り上げた。

「これで終わりにしてやる!」

 京の言葉を合図に、舞子はダーク星人へと剣を思い切り降り下ろす。

 ――本当に、これで全部終わらせてみせる!

 京の赤き剣と舞子の青き剣が交わる。

 その瞬間、目の前が煌々と輝いた。


『――ダーク星人よ。安らかに眠るがいい』


 ――初代さんだ。

 舞子は上空に浮かぶ人影を見つけ、何の迷いもなくそう思った。

 真っ直ぐに伸びた金色の髪。どこかで見たような綺麗な萌葱色の切れ長の瞳。

 銀の鎧に身を包んだその姿は、気高き女戦士といった雰囲気である。

 しかし、その姿が見えたのはほんの一瞬。すぐにそれは風のようにさあっと消えてしまった。

 輝きは失せ、二人の剣が渦の中心部へと届く。

「がああア……!」

 苦しそうな呻き声を上げるダーク星人。

 ――あと、もう少し!

 剣が徐々にダーク星人の中心部を抉っていくと、ブワッとどす黒い煙のような物が溢れ出した。

「はああああ!」

 京がここぞとばかりに力を込める。

 ――パキイィィ……――ィン。

 嫌に響く何かが壊れる音。

 突如、黒い渦は大きく揺れ出し、舞子の頭の中で声が流れ出した。

『嫌だ』

『死にたくない』

『痛い』

『殺してやりたい』

 ――あ、頭が割れちゃう!

 負の感情にまみれたたくさんの声に気持ち悪さと頭痛が襲ってきた。

「離れるぞ!」

「ちょっ、む、無理……!」

 舞子の言葉は聞き入れてもらえず、京に腕を掴まれて強制的に走らされる。

 吐きそうになりながらもダーク星人が気に掛かり、後ろを振り向くと、

 パアアアアア――ァァン!!

 まるで巨大な風船でも割れたかのような衝撃音が鳴り、渦は黒い水飛沫を上げたように霧散していった。

「あ、安久津くん……! ダ、ダーク星人が……!」

 舞子の腕を掴んで走り続けていた京は立ち止まり、こちらを振り返った。

 するとまた頭の中で声が流れる。

『ワレワレは……お前達の、負の感情から生まれた存在……今は消滅しようとも、いずれまた、生まれるのダ……』

 宇宙に生きる者達の負の感情がある限り、彼らは再生するということか。

 舞子は冗談ではないと不安になっていると、隣に佇む京はいつもと変わらずニヤニヤと笑った。

「せっかく五百年掛けて倒したってのに、ありきたりな台詞しか聞けなくて残念だぜ。大体そりゃ何百年先の話だ? 悪いがオレの目的は全て果たした。もう――心残りはねえよ」

 最後の言葉には、どこか強い意志を感じた。

 ダーク星人は京の言葉をどう受け取ったのか、霧散している黒い雫が軽く痙攣しているような動きを見せ、跡形もなくスッと静かに消え失せてしまったのだった。

「た、倒したの……?」

 まるで現実感がないのだが、跡形もなく消えたのだから倒したに違いない。

 そんなことを考えていると、何やらズゴゴゴッと地鳴りが聞こえてきた気がする。

 京が「やっぱダーク星も消滅するか」と呟くのを聞いて、ダーク星人が滅べばダーク星も滅びるかもしれなかったんだということを思い出し、冷や汗が出てきた。

「おい、初代。笹森とさっさとここを脱出しろ」

『……当然そのつもりだが、別々に行くつもりか?』

「寂しいのか?」

『馬鹿者。……お前、本当に力を根こそぎ使っただろう。そんな状態で一人で帰れるとはとても思えん』

「そ、そうなの……!?」

 舞子も死ぬほど力を出したつもりではいたのだが、彼はその比ではなかったというのだろうか。

「オレがこの星と一緒にいなくなれば、初代の力はすぐに全部戻る。オレも必死に生にしがみつく必要もねえし……問題ねえだろ」

 ありありだ。舞子は眉間にシワを寄せる。

 自分だけ戻るなんて後味の悪い終わりは嫌だ。大体、ルイやリョウカは京の帰りを待っているはずである。

「あとは帰るだけなのに……どうにかならないの?」

 地響きに少し焦りつつも詰め寄ると、妙に呆れた顔をされた。

「お前が一番オレの存在を疎ましいと思ってんじゃねえのか?」

 そりゃそうだ。彼のおかげで巻き込まれたようなものである。

 否定はしないが、しかしそれで死なれても困るものは困るのだ。

「が、学校だってあるでしょ。……九条さんの誤解も解かないと」

『確かに、このままこいつが死ねば、舞子は彼氏に先立たれた可哀想な子という烙印を押されるだろうな』

 それが汚名かどうかはさておき、そんな状態は勘弁である。

 京は非常に面倒臭そうに溜め息をつく。

「ま、笹森がどう噂されようと知ったこっちゃねえが、オレを助けたいってんなら、お前が頑張るしかねえんだぜ?」

「わ、私にできることなら頑張るよ……!」

『我としては面倒だがな』

 相変わらず京には厳しい。

 そうこうしているうちに地響きは激しくなり、地面がビキビキとひび割れてきた。

 すると京に腕を掴まれ、グイッと引き寄せられる。

「じゃ、またアツーイ抱擁でもするか」

「は?」

『セクハラは程々にな』

「おいおい、これは逆セクハラだろ。オレは仕方なくやるんだからよ」

 ニヤニヤ笑いの京の言葉に、前に宇宙に放り出された時を思い出す。

「しょ、初代さん。もしかしてあの時みたいにして、シロ星に帰るんでしょうか……?」

『それしかあるまい』

 当然のように返される。

「ちゃーんと責任、取れよ?」

 あまり見たことのない輝かしい笑顔を浮かべる京。

 ――ひいい、やっぱり余計な口出しはすべきじゃなかった……!

 いやしかし、ここはもう腹を括るしかない。

「も、もちろん! 死なばもろともの覚悟だよっ!」

「ははっ……ゾッとしねえなあ」

 舞子のヤケクソ気味な返答に、京も何かを吹っ切ったように笑った。


 そして、舞子達の立っていた地面は完全にひび割れ、ダーク星は崩壊を始めた。

 二人の救世主は新たな伝説をつくり、宇宙へと脱出したのだった――

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