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救世主への憧憬

 リョウカがルイと出会ったのは、今から四年ほど前のこと。

「ねえ、あの子また告白されたのに断ったんだって」

「またあ? 前も先輩が振られてるんだよ! わざわざ付き合ってた彼女と別れたのにさ! ひどーい」

「ちょっと美人でパワーが強いからって、転校生のクセに生意気だよね!」

 ――なんて好き勝手に噂されるのは、リョウカがシュトへ転校してきた十四才の時では日常茶飯事のことだった。

 能力に優れていたリョウカは親元から離れ、シロ星で一番と評されるパワー訓練学校に転校することになったのだ。

 昔から美人で目立っていた為、男子の注目の的であり、女子からは目の敵にされていた。

 馬鹿らしいとは思いつつやり過ごしてきたのだが、やはりいい気分はしないので、たまに授業をサボるようになった。

 そんなある時、教師に呼ばれた。この訓練学校ではパートナーを作る決まりになっているらしく、リョウカのパートナーを紹介したいということだった。

「あたしルイ! よろしくね、リョーちゃん!」

 二つ年下なのだが、いきなり愛称で呼ばれるという非常にフレンドリーな――礼儀知らずとも言う――態度に驚きながら、陰湿な陰口を叩くタイプではないことに安堵した。

 一緒に訓練したり仕事をするようになり、二人はお互い親友と呼べるほどの仲になった。しかしリョウカはルイのチームの傘下には入っていない。彼らと自分では少し毛色が違うだろうから気を遣わせてしまう気もするし、常に女のやっかみや男の欲望がリョウカの周りでは渦巻いているから、ルイ以外はあまり巻き込みたくなかった。いや、ルイにも申し訳ないとは思っているのだが、彼女にはついつい甘えてしまうのだ。反応が楽しいのもある。そこが九割かもしれない。

 そんな彼女の人望はすごいと思う。パワーが強いということもあるのだろうが、非常に好感を持たれやすい性格なのだ。チームリーダーになりたくてなったわけではないらしいが、仲間思いの彼女にはとても合っている気がする。

 だからこそ 、ダーク星人にさらわれた仲間を助けに行くなどという無謀なことを言い出してしまったのだろう。リョウカはその時、オババ様とまだ話をしていたので人づてに聞いたのだ。

 そこで慌ててルイを探し始めた。自分に何の相談もなしに決めてしまった彼女に少しの不満と寂しさを感じながら。

 ルイの好きな甘味処を数ヶ所尋ねてみたが残念ながら収穫はない。さすがのルイも、こんな緊急時にそんな呑気なところにいるわけないのだろうかと肩を落としていたところ、見覚えのある少女が、目の前に立ち塞がった。

 ルイの同級生であるサナだ。

「リョウカさん」

 いつも冷静な彼女だが、声が少しだけ上擦っている。マルクがさらわれたという話だから、まだ動揺しているのかもしれない。

「サナ、大変だったみたいね。ルイに会いたいんだけど、どこにいるか知らないかしら?」

「……学校の訓練室に行くって」

 なるほど、そこもよく入り浸っている場所だ。

「助かったわ。ありがとう」

 すぐに向かおうとすると、彼女に再び名前を呼ばれ振り向く。

「どうしたの?」

 サナは頭を掻きながら何やら言いにくそうに目を泳がせた。

「あの……ルイさ、ちょっと自棄になってるとこがあるから……」

 ルイを心配しているのだろう。彼女も少し不器用なところがあるから、照れ臭いのかもしれない。

 手を伸ばしてそんな彼女の頭を撫でてやる。

「わたしに任せて。踏みつけてでも止めるつもりだから」

 ウィンクしてみせると、サナは小さく笑ってくれた。

 他のチーム仲間にも心配するなと伝えておくように彼女に頼み、リョウカはすぐに踵を返して学校へと駆け出した。

 ダーク星人の騒ぎのせいか、時間帯のせいか、学校はほとんど人がいなかった。足早に訓練室へと向かい、到着する。

 ここはパワーの訓練というよりは基礎体力を高める為の部屋だ。中はたくさんのトレーニングマシンで溢れている。

 そんな中に一人、赤髪ツインテールの少女がいた。

 サンドバッグの代わりに何故か設置されたへのへのもへじのかかし相手に、蹴りやら拳やらを繰り出し体を動かしている。

「ルイ」

 彼女の名前を呼ぶと、動きを止めてこちらを振り向いた。

「リョーちゃん!」

「……ねえ、本気で行くつもりなの?」

 そう問うと、ルイは真剣な表情になり、またかかしに拳を繰り出し始める。

「行くよ! あいつに任せてたら、シロ星人は皆殺しになるもん!」

 息を荒らげながらの攻撃に、かかしが左右に大きく揺れる。

「何の勝算もないなら、ただの無駄死によ」

 はっきり言ってやると、ルイはピタリと動きを止めた。

「リョーちゃんはそう言うと思ってた。あたしだって頭ではわかってる。でも、だからってさ――」

「長老の言う通り、舞子さんを待つべきだと思うの」

「――本当に頼りになると思うの? 安久津京は三日しか待たないって言ってるんだよ」

 確かにジオ達が説得しに行ったが、ただ連れて来るだけでは無意味なのだ。彼女の力が覚醒しないことには、京のやり方でしかダーク星人を葬ることができないことに変わりはない。

「まずは京様を説得する必要があるかしらね……」

 リョウカとしてもやはり京のやり方は素直に頷けないでいる。まだ舞子という希望があるならば、彼の方法は最終手段として考えたいのだ。

 ルイは目を丸くしてリョウカを見つめた。

「あいつを説得ぅ? リョーちゃんでも……無理じゃないの?」

 まあ、あまり自信はない。

 でも京も薄情な性格ではないと勝手に思っている。もちろん救世主への憧れで過大評価しているわけではないのだが、明確な証拠がないのもまた事実。

 何となくそんな気がしたのだ。

「可能性があるなら挑戦してみるわ。ルイも、どうせ出発するのは明日なのよね?」

「うん……本当はすぐにでも行きたいけどね。それこそ無駄死にしかねないから、この後皆で作戦練る予定」

 悔しそうに表情を歪めるルイを見て、リョウカはそっと彼女を抱き締めた。

「リョ、リョーちゃん……?」

 ルイは人一倍強がりで、仲間には絶対に弱音を吐かない。そんな時はリョウカがよく話を聞いてやっていた。

 今回のマルクのことだって、チームリーダーとして責任を感じているのだろう。

「ルイ。お願いだから、一人で勝手に無茶しないで。わたしにも相談してちょうだい」

「……ごめん。でも大丈夫だよ。リョーちゃんってば、意外と心配性なんだから」

 ルイの顔をチラリと横目で確認すると、頬を少しだけ赤くして照れているようだった。その様子にクスリと笑う。

「ルイは考えなし過ぎるのよ。だから胸もこんなにペッタンコなんだわ」

 わざと自分の胸をルイの平たい胸に押し付ける。

「か、関係なーい! 考えなしと胸の大きさはまったくもって関係ないよ!? っていうか一応ちゃんと考えてるし!?」

 ギャーギャーと騒ぎながら、ぐいっと押し退けられてしまった。ついつい、からかいたくなってしまうのは致し方ない。

「いいわ、とにかく京様に会ってくるわね」

「え、ちょ、マジで行くのっ?」

「あら、当然よ」

 狼狽えるルイにリョウカは胸を張って答えた。



 京が長老の家に戻って行ったという目撃証言を町で仕入れ、リョウカは真っ直ぐそこへ向かった。

 ルイも一応誘ってはみたのだが、「冗談じゃない」と突っぱねられた。まあ想定通りである。彼女がいたところで、ただ話がこじれるだけだと思っていたので、ついてくると言われればこちらから突っぱねていたところだった。ならば誘うなという話ではあるが、ルイの反応を楽しんでるだけなのでリョウカ的には問題ない。

 長老の家を再度訪ねると、少し驚いた表情の長老が現れた。

「どうした、リョウカ」

「京様に用事があるんですの。会わせて頂けますか?」

「まさか……止めに来たのか」

 大分疲れているような様子の長老に苦笑しつつ、コクリと頷いた。

「……情けない話だが、儂は長老として何をすべきなのか、何を選択すべきなのか、もうわからなくなってしまった」

「仕方がありませんわ。皆も同じ気持ちですもの」

 ダーク星人が現れただけでも不運だというのに、頼みの綱である救世主が二人現れるというイレギュラーまで起きているのだ。シロ星の中心人物という立ち位置なので彼の選択と行動は責任重大だ。長老の苦労は計り知れないだろう。

「……止められると思うか、京殿を」

「わかりません。ですが、今は止められずとも、まだ舞子さんがいます。ジオとセイガなら必ず連れて来てくれますわ」

 ジオはチームリーダーとしては手下を野放しにしてしまうので困ったものだが、彼自身の性格や人となりは信用に足ると思っている。仕事に対する責任感からも、リョウカは彼を高く評価していた。

 セイガについては性格や人となりは最悪なのだが、自分に利益のあることに対しては抜かりがない為、シロ星を救える存在である舞子をどんな手を使っても連れて来ようとするだろう。

 うまくすれば、二人が舞子の力を覚醒させてくれるかもしれないという期待もしている。

 長老は小さく唸り、「そうだといいが……」とぼそりと言って、リョウカを京の部屋へと誘った。

 部屋へ入る直前、長老は心配そうにこちらを見る。

「儂もいたほうがいいか?」

「あら、女が男に恥を忍んで会いに来たのですから、そんな野暮なことしないで下さいな、長老」

 冗談めかして言うと、彼は「何かあったら呼びなさい」と苦笑しながら去っていく。その姿を見送ってから、リョウカは躊躇うことなく襖を叩いた。

「リョウカですわ。お話があるのですが、入ってもよろしいでしょうか」

「…………ああ」

 微かに聞こえた返事に、遠慮なく襖を開く。

 質素な畳の部屋。家具はちゃぶ台と箪笥のみで、敷布団が乱雑に置かれている。

 京は肘をついて窓の外を眺めていた。庭に面しており、薄暗い空と、そのせいで萎れてしまったであろう赤色の花をつけた木が見える。

「何しに来た――ってのも、野暮な質問か?」

 先程の会話が聞こえていたのだろう。ニヤリと笑って視線を寄越す。

「ふふ、そうですわね。女に恥をかかせないで下さい」

 彼の口から僅かに溜め息がこぼれる。

「悪いが、オレは受けるつもりはねえぞ」

「あら、据え膳食わぬは男の恥とも言いますのよ?」

 京はククッと笑った。

「一応、確認しとく。ダーク星への攻撃を止めに来たんだよな? そりゃオレに何の得もないだろ」

「得、ですか。それなら別の方法自体はあるということですわね」

「随分と必死だな」

「もちろん、わたしの可愛いルイの命が掛かってますから」

 満面の笑みで返すと、京は眉を吊り上げ「へえ」とどこか楽しそうに言った。

「てっきり、あいつのほうがお前に依存してるのかと思ったが、どうやら逆みたいだな」

 依存――そうなのかもしれない。

「……ルイにはとても感謝してますの。彼女がいなければわたし、かなり荒んでたでしょうね」

「ふーん、あの貧乳女がそんなに役に立ったのか」

「――昔から救世主様に憧れがあったんですけど、ルイはわたしにとっての救世主様かもしれませんわ」

 何の見返りも求めずにシロ星の為に戦う救世主は、嫉妬と欲望に翻弄されていたリョウカにとって憧憬の対象であった。

 ルイもまた、そんな対象の一人なのである。

 周りから疎まれている自分に躊躇いなく近付き、嫌味を言ってくる子達には焼きを入れ、しつこく言い寄ってくる男達には股間に蹴りを入れたりと、大いに助けられたのだ。

「……人ってのは面白いよな」

 どこか儚げに呟きながら、京は真っ直ぐにこちらに顔を向けた。

「確かに、他の方法はある」

 リョウカは息を呑む。

 どうにかその方法を聞き出し、人質を助けなければならない。

「……何かお礼が必要ということであれば、何でも致しますわ」

「簡単にそういうことは言わないほうがいいぜ。特に男にはな」

 京はそう言って、再び肘をついて窓の外を見つめた。

「……得はねえが、気が変わった。安心しな、何もいらねえよ。違う方法でシロ星を助けてやる。……お前の救世主像を壊しちまうのも悪いしな」

 一瞬、彼の横顔が優しい笑顔を浮かべていたような気がしてどきりとする。

 今の短い会話の中で、一体どういう心境の変化が起きたのか。知る由もないことだが、リョウカにとっては嬉しいことだった。

「そうとなれば、今さら黙ってても仕方ねえから、はっきり言っておく」

 急に憮然とした態度になり居直った。

「安久津京となった今のオレは、以前よりも完全にパワーが落ちてる」

「それは……舞子さんに関係が?」

「そうだ。この体に転生する直前に、救世主の奴はオレの魂から無理矢理出ていきやがった。オレと奴の力はこの五百年の間でほぼ同化してたから、危なくオレの魂も壊れるところだったぜ。まさか笹森に宿ってるとは思いもしなかったしよ」

 チッと舌打ちが聞こえた。

 どうやらジオの予想は当たっているようだ。

「最悪なタイミングで、パワーを丸々半分持って行きやがったからな。本来ならもっと楽勝でダーク星人の野郎を倒せたはずだったが、オレの計画はパアになったわけだ」

「それで、今回の方法に出たということですの?」

「ああ。ダーク星をまんま破壊するだけなら、オレの残りのパワーを全て使えば可能だ。魂ごとぶつかる必要があるがな」

「それは……京様が無事では済まないのでは――」

「奴らを全滅できるなら問題ねえよ。オレも随分と長く生き過ぎたし、未練もねえ」

 リョウカは言葉を失う。

 どうしてそこまで、ダーク星人を倒すことに執着しているのか――

 京は構わず話を続けた。

「だが人質を助けるとなると、まずはダーク星に乗り込んで奴らと直接対決しなくちゃならねえ。今のオレの力じゃ、返り討ちに合う」

 つまり、京一人では無理ということだろう。

 ならば方法は――

「笹森を連れて来い。話はそれからだ」

 ――やはり、鍵は舞子にあるということか。

「問題ありませんわ。必ずシロ星に戻ってくるはずですから」

 リョウカは自信を持って答えたのだった。

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