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知らないシリーズ

知らないほうが幸せなことが沢山ありました

作者: 優兎



【知らぬが仏】

意味:知れば腹も立つが、知らないから仏のように平静でいられること


まさに先ほどまでの私の状態は、このことわざの通りだったのだろう。だからと言って、知らなかったほうがよかったかと言われたら、知らなければ一生恥を書いたまま生きていたのだから早めに知れてよかったのだと思う。……すでに手遅れかもしれないけれど。



でっぷりと飛び出た腹。子供並に低い背。分厚い瞼は二重なんて象る事はできず、一重のせいで小さく見える瞳。顔の中で存在を主張する団子鼻。まさにデブスと言われる容姿の私の最大のとりえは、日本人らしい艶のある真っ直ぐな黒髪だけ。その髪をトリートメントするために行った美容室で綺麗な髪ですね、と褒められる度に髪が綺麗でも他が全部ダメじゃんと自嘲したものだ。


そんな私は今、日本とは違う場所にいる。外国じゃない。異世界だ。

…私の頭がおかしくなったわけじゃないので、みなさん後ずさりしないように。


科学の変わりに魔法が発達したリリシュワール国。

新年会で浴びるようにビールとワインを飲み、ぐらんぐらんの視界で歩いていると、いつの間にかこの国の神殿に呼び出されていた。何がなんだか分からない状態の私に、私の前に跪いていた女性のように美しい男性が、麗しい微笑みを浮かべて告げる。


『異界の神子様。貴女を私達は心よりお待ちしておりました。…リリシュワール国の繁栄には、神子様の祝福が必要です。どうかこの国に、神子様の祝福をお授けください』


そんなことを言われた私は、酔っ払った楽観的な思考で、ある答えに辿りついた。



「…あぁ、なるほど。逆ハートリップか」



最初に外国の俳優さんとかでしか見ないようなイケメンに出会い、神子として迎えると言われ、これはこの間読んだ小説と同じだ、と調子に乗った。多分人生の中で一度として異性に好意的に見られるということがなかったが故の思いあがりだと思われる。



リリシュワール国で過ごす中、私は3人の男性と関わった。


1人目は、私が初日に出会った美人な神官。

腰まで伸びた白髪と真珠のように透き通った肌が特徴的で、どこか生真面目然としたマルシェ。


2人目は、私を護る役目を背負った騎士。

赤い短髪は夜の闇の中でも映える。逞しい鍛え上げられた肉体に、硬派なのか口数は少ないが分かりにくい気遣いが魅力的なギール。


3人目は、リリシュワール国の王子。

童話でよく見る金髪碧眼。人形のように端整な顔立ち。柔らかな物腰なのに、その言葉には人を従わせる圧がある頼れるアルド。



生きていく上で中々出会わないだろうイケメンたちが、私のコンプレックスだらけだった容姿を愛らしいと褒め、愛しいと頬や額や髪に口付けし、私が必要なのだと甘い声で言う。

それに踏まえて、神子とは存在するだけで尊いといい、国の常識などを勉強する以外はなにもしなくていいというのだ。何もしなくていい。その言葉が、社畜と化していた私にどれほどの救いだったか、この国の人は知らないだろう。


ここは楽園なんだ。

そう思って怠惰に過ごしていた私が現実を知るきっかけを得たのは、呼び出されてから半年後のことだった。魔法やこの国の常識などをある程度身に着けて余裕がでてきたとき、ふと気になったのだ。



そういえばマルシェたちが時々使うあの言葉はなんなのだろう、と。

マルシェたちは私と話しているときにときどき分からない言葉を使う。それは前々から分かってはいたのだけれど、言った本人がそ知らぬ顔をしているので特に意識していなかった。



『ねぇ、アミュー。ちょっといいかな』

『なんでしょう、神子様』

『マルシェとかギールが時々使う言葉でよく分からない言語があるんだけど、あれってなに?』


アミューは、容姿でいうなら平凡な男性だ。

私よりは背は高いけれど、男性にしては小柄な身体。茶髪の髪に、そばかすの散った肌。美形ではないけれど、平凡なりの愛嬌がある。従者、と言えばいいのだろうか。私の身の回りの世話をしてくれている彼に、私は常日頃から多大な感謝と信頼を抱いていた。


アミューは私の言葉に一瞬だけ動きを止めると、ついに、と言わんばかりに息をついた。



『あれはこのリリシュワール国で使用されている公用語でございます』

『え?…じゃあ、今話している言葉は?』

『これは神子様と会話するときにのみ使用される言葉です。神子様と直接関わることの多い者が覚えています』


はじめての事実に、少し戸惑う。

初めから言葉が通じていたのでこれもトリップ特典かと思っていたら、どうやら彼等が日本語を覚えてくれていたらしい。この半年間、限られた人たちとしか交流しなかったものだから、全くといっていいほど気づかなかった。


じゃあ今のはあれか。今ごろ気づきやがったか、という溜め息ですか。いやだわアミュー。貴方はそんな直接的に嫌味を言う子じゃないでしょうに。



『アミュー、お願いしたいことがあるのだけれど』

『公用語の勉強をなさりたいのですね』

『えぇ、そう。…それとね、私が公用語を勉強することはギールたちには内緒にして欲しいの』


半年間、与えられてばかりの私。

たまには自分から勉強して、その成果で彼等を驚かせてみたい。

そう思って提案した私に、アミューは複雑そうな顔で頷いた。それが悲劇の始まりとも知らず。



もともと頭の弱い私は、言語を覚えるのに半年かかった。

むしろ私の頭の悪さで、よくこんな短い期間で覚えられたと思う。これも、アミューたちが日本語を覚えていてくれていたからだろう。それに彼等の教え方がよかった。


アミューから言語について問題ないレベルだというお墨付きを貰った頃、私はマルシェとアルドから茶会の誘いを受けた。

最近は勉強に打ち込んであんまり話すこともなかった彼等。

勉強の成果を見せるにはちょうどいい機会だと、二つ返事で了承する。



『あぁ、こうして顔を合わすのは久方ぶりですね。…相も変わらず、麗しい』

『久しぶりだね。君に逢えない日々は本当に辛かった。今日のために公務を頑張った甲斐があったよ』


茶会当日。出会い頭に嬉しい言葉をかけてくれたくれた2人に思わず口元が綻ぶ。

ありがとう、と言って席に着けば、いつもの通り始まる会話。

彼等の近況を聞いて、私の近況を話して。それから国の現状についても話し合う。

どうやら私が来てからの1年で、国家のリリシュローズが城下町のあちこちで花を咲かせているらしい。リリシュローズはこの国が神に愛されている証だ。咲き誇るその花は万病に効く薬となり、同時に国民の心の平穏にも繋がるのだから、それだけで私が来た意味がある。


私は彼等の話を聞きながら、いつ私がこの国の公用語を話せるようになったかを告げようとタイミングを見計らっていた。だが、なかなかタイミングがつかめずにヤキモキする。

どうしようと焦る心を宥めようと茶菓子を食べていたとき、綺麗な微笑を浮かべているマルシェが私を見つめながら口を開いた。



「さっきから菓子ばっかり口にして…。ただでさえデブなのにこれ以上肥えるつもりなのでしょうか」

「はは、しょうがないよ。この子は食べることしか興味ない豚女なんだから。ほっときなよ」


(……え?)


聞き間違いだろうか。いや、そんなことはない。

私の目の前にいるマルシェもアルドも綺麗な微笑を浮かべているから分かりにくいけれど、さっきのは決して聞き間違いじゃないはずだ。


「今朝も男顔負けの餌を食ってたのにな。本当よく食うぜ、この豚。食料も茶菓子も国民の血税だってのによ」


次は私の後ろから声が聞こえた。今のは私の騎士のギールのものだ。

先ほどのマルシェの言葉も、アルドやギールの言葉も、すべて、公用語だ。



『どうかされましたか?神子』

『ん?あぁ、いえ…。なにやらマルシェの発言が、聞きなれない言葉のように思えて』

『あぁ、すみません。今のは公務上で使う限られた言語なのですが、思わず口走ってしまいましたか。まだ仕事の感覚が抜けていないようですね』


いけしゃあしゃあと嘘をつきましたね、マルシェ。

貴方の先ほどの言葉が公用語であることはもうすでに知っているんですよ…。

でも、それを口にする勇気は私にはなかった。なにより私がそれを言えば、私の斜め前で青い顔をして紅茶を入れ直すアミューが彼等に叱責を食らうことがなんとなくだけれど予想がついたからだ。



女は生まれながらの女優と云うべきなのか。私はどうやら、この場を誤魔化すことができたらしい。

いつも通りに茶会を終えて傍から離れた彼等を見送って、私は静かに、息を吐いた。



「…申し訳ありません、神子様」

「いいのよアミュー。…貴方は知っていたから、最初は渋い顔をしていたのでしょう?」


むしろそれを察せなくてごめんね、と謝れば、私が謝ることじゃないと彼は首を横に振ってくれた。



「これから、どうしようかな」


茶会の中での罵りは、あの1回だけじゃなかった。

こんな短い時間でこんなに罵れるのかと不思議になるほど、罵詈雑言だらけ。

茶会の間は平静を保てたものの、淡い恋心を抱いていた相手たちからの罵声は結構、心にキた。



「…っ…、わたし、…ほんと、、馬鹿だね」

「神子様…」


「神子って呼ばないで…私は、私の名前は、裕美(ユミ)だよ」

「しかし、神子様の名は伴侶様だけが呼べる仕来たりで…」


「…お願い、呼んで」

「…ユミ様」

「ありがとう…、アミュー」


ぼろぼろを涙を流すぐっしゃぐしゃの醜いデブを、アミューは優しく慰めてくれた。

そんなアミューに縋りながら、それでも内心ではアミューだって私のことを豚女だと思っているのだろうという自嘲まがいな思考に暗い笑みが浮かぶ。




私みたいな醜いデブスを愛する人なんていない。そんなこと、私が一番よくわかっていたではないか。







国民の湧き立つ声が聞こえる。

神子様が光臨されたと騒ぐ歓声は希望に満ちていて心地いい。


私がこの国にきて、5年が経過していた。


私の心が折られたあの日から、私は一時的に食事をとることができなくなった。

食べても戻してしまい、瞬く間に体重が落ちた。

幸か不幸か、そのお陰でデブな私が華奢と呼べるまで痩せたのだから、いっそ感謝すべきなのか。


いまは人並みに食べることができている。…それでも、少食と言われるけれど。



そして体調がよくなってからは、市井の暮らしについて学んだ。

私がこの神子の地位から追われても、庶民にまじって生きていけるように。


どうやら神子というのは5年に一度、異世界から呼び出されるらしい。

神子を降ろされた人物は国の有力者と結婚して隠居するらしいが、私はそんなのはごめんだった。

私の場合だと、相手はマルシェとギールとアルドの3人だ。彼等はとても素敵な男性だけれど、そんな彼等と自分が見合わないのは分かっているし、彼等も望んでいないことは十分に分かっている。


最近は公用語で私を罵倒することもなくなったが、それでもあのときの絶望が、期待する愚かな私を押し留めてくれた。



「アミュー、本当にいいの?私はこれから無一文になるんだけど?」

「構いません。…俺が、ユミ様の傍にいたいだけですから」


アミューはこの5年間、ひたすら私に優しかった。

まるで愛されているようだと勘違いしそうになるが、きっとそんなことはないのだろう。

痩せたことで瞼が軽くなったのか一重が二重になったり、全体的な輪郭がシュッとしたものの、私がブスなことには変わりないのだから。


「そう…、じゃあ、行きましょうか」


今日、神子様が光臨された。お払い箱の私は、王宮が騒がしい間にこの場所から逃げ出そう。

置手紙はすでに置いている。公用語で書いたから、読めないことはないはずだ。


この5年間で、世界の様々な魔法を覚えた。体を鍛えた。ここ以外の国の話を聞いては、行ってみたいと常々思っていた。…アミューが一緒にいてくれるのなら、冒険者になるのもいいかもしれない。

これまで飼い殺しのようだった王宮を抜け出して、体が軽くなったような感覚すら感じる。



「楽しそうですね、ユミ様」

「ふふ、それはアミューもだよね?すごく楽しそう」

「えぇ、そうですね。…彼等を出し抜けたと思うと、結構気分がいいです」


最後の言葉の意味が分からなくて首を傾げると。

なんでもないですよ、と、アミューは幸せそうにふわりと微笑んだ。




END

修正履歴

市勢の勉強に励んだ→市井の暮らしについて学んだ 20160102

市民→庶民 20160102

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― 新着の感想 ―
[一言] 3人の残された男達の視点の話も読んでみたいです。
[良い点] とても面白かったです。 まぁ、暴言吐いていた3人はアレですがブスだからと言って諦めていて、ダイエットとかの努力すらしなかった主人公もアレな気がしますので3人にはまったく腹は立ちませんでした…
[一言] はじめまして。とても、面白かったです。p(^_^)q アミューや、他の3人の視点や、アミューが、この先ヒロインを王宮の捜索隊から隠し通し、ヒロインに追われてることも察知させずに幸せにしてくれ…
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