それでも私は甘やかしたい
転生ネタと、転校生が乙女ゲームヒロインとかいうのをやりたかったのです。
唐突だが、私には前世の記憶というものがある。
と言っても、些細なもので、前世の私が小さい時から死んでしまう高校生までの記憶が映画のワンシーンの様に思い起こされるだけ。だから、幼少の時に思い出した、次元の違うファンタジーな出来事は私にとってたいしたことではなく、受け入れてしまえば簡単だった。今の私と過去の私は別物だと思っているし、少しだけ精神年齢と環境対応力が高くなっただけで私の現在は何一つ変わることはなかったのだ。
そうすることで私は「今世の私」を守ったのだといってもいいかもしれない。記憶と感情に飲み込まれて精神に異常をきたしてしまうより、ずっといい。
前世の私は高校生の時に事故であっさりと死んでしまった。あの時の状況はもやがかかったように思い出せないから、きっとえぐいものだったはずだ。――そして、私は過去の私と同い年になった。
高校に入学して、二年目の春。一年前は着慣れなかった制服もこうして今では違和感なく着ることができていると思っている。
紺色のブレザーにネクタイ、赤と黒のチェックスカートがデフォルト。男子はスカートがズボンに変わるのみで、ネクタイは規定はあるけれど各自好きなように変えて構わないことになっている。
そんな高校は、偏差値が高く学費も若干高めではあるが、生徒の自主性を尊重するという方針の下で他の高校よりも規則が緩い。のびのびと生活できる高校が私は気に入っていたし、何より隣家に住む幼馴染も同じ高校に通うことになったので余計に思い入れもある。
私の幼馴染は、少しだけ他とは違う子だ。
彼の両親は所謂ネグレクト気味で幼馴染を放ってそれぞれ家庭を作って放置、みかねた祖父母がいくものの極度の人見知りと表情が表に出にくいという点であまり可愛がられるということはなかったという。
そこで距離も出来、祖父母が事故で無くなった結果彼の両親たちが家と生活費、学費を大学を卒業するまで面倒を見るが決してお互いに干渉しないという決まり事を決めてしまった。それが私と彼が中学生の話だ。今まで独りだったから、と周りと積極的に関わらない彼を積極的に引っ張り出し、ご飯を一緒に食べることを覚えさせた。
これから生きていくのだから。誰も彼も、一人で生きてはいけないのだ。誰かを信じるということも、難しかったかもしれない。でも、私は彼に笑ってほしかったのだ。
傷が少しでも癒えてほしい、笑った顔が見てみたい。
彼のことを心配していた両親を巻き込んで、私たち一家と彼は、一緒に過ごしてきた。
「リツくーん、起きてる?」
「…ん、…おはよう」
朝起きて身支度が終わると、私は両親が用意してくれたお弁当とタッパー類を持って彼の家へと向かう。私が持っているのは私たちの朝食と、昼食だ。
両親は朝から仕事へ向かわなければならないので、幼馴染――遠藤リツくんの家で私は一緒にご飯を食べることを日課としていた。ご飯を炊くのはリツくんの担当で、夕飯と休みの日や両親ができない日の朝昼ごはんは私の担当。
玄関のインターホンを押して、ドアを開けてもらったまま家の中に入る。おはよう、とおずおずと口に出された言葉におはよう、と返して私はローファーを脱ぐ。
「ご飯にしよ!」
「…うん、ありがとう…桜ちゃん」
「いいのいいの、ところでリツくんネクタイまがってる」
リツくん一人には広すぎる一軒家のリビングのテーブルにお弁当類を置いて、まずリツくんのネクタイを直す。そっと手を伸ばして、頭についていた糸くずを取りつつ頭をなでる。
そうして、くすぐったそうに目を細めるリツくんに私も笑みが浮かぶ。
こうして半強制的に世話を焼き今でこそ受け入れてもらっている私だが、最初から受け入れてもらったわけではなかった。
最初、私の伸ばした手は振り払われた。誰も信じられないという暗い瞳が私をにらみつけていた。それでも、私は手を伸ばした。掴んでほしくて、少しでも甘えてほしくて。私があっさりと享受している優しさを、リツくんが受け取れない不条理さに泣いた。そして何より、過去の私の思い出が、リツくんを離さなかった。
過去の私が拾ったネコに似ていたのだ。カラスに襲われて傷付いて周りを威嚇しながら弱っていた子猫。その子を保護して甘やかして、そして怖いものから守ってあげるよ、と言ってあげたように私はリツくんに安心だと思う世界へ旅立ってほしかったのだ。
もちろん、リツくんは猫ではないということも私は理解している。悪意も害意も簡単にまとわりつく世界で、すべての怖いものや傷をつけるものから守ってあげることなんて、できない。
でも、少なからず傷をいやす手伝いを出来るとは思った。友達として、そしてもしかしたら疑似家族の様になれるかもしれないと思って。だって、一人ぼっちは怖い。独りは辛い。だから、甘えられる場所を作りたかった。
そんな思いを込めて私は突き飛ばされることを覚悟で抱きしめた。私と同い年なのに、痩せていて細い体は私より身長はあっても折れてしまいそうだった。痛くないように抱きしめながら、私はどれだけの悲しみがこの身に降り注いだのかと考えて、泣きながら抱きしめた。同情も、憐憫も、全部が混じっていたから私は自分をいいことをしたのだということはできないし、もっとやり方があったはずだと、思う。
――でも、リツくんは私の腕を振りほどかなかった。私に抱き着きながら、寂しいと泣いた。
それが、私は嬉しくて切なくて、また泣いたのが、私たちの始まりだった。
「今日はいい天気だよ、リツくん」
「桜ちゃん、おべんと、ついてる」
「ええ、どこに…!」
慌てて取ろうとすると、くす、と笑ったリツくんが私の頬に手を伸ばして口元についたご飯粒を取って食べた。とって食べた。そんな技どこで覚えてきたのだろう。
恥ずかしさに赤くなりながらお味噌汁をすする。最近リツくんの男前度が上がってきているようで私は嬉しい。
出会ったころの様に全くしゃべれないということはなくなった。少しゆっくり、つっかえながらもちゃんと自分の気持ちを伝えることも出来るし、ふんわりとした柔らかな雰囲気に友達も出来てクラスでの居心地も悪くないようだ。
どうしても、リツくんに対しては同い年ながら精神年齢の高さからか(前世の年齢を足せば30歳になるということが判明した。ちょっと切なかった)姉のような気持ちになってしまうのでそれがとても嬉しい。
「リツくん、今日は夜お母さんたちいないから二人ご飯だけど、何か食べたいものある?」
「え、うん…カレーがいいな」
「カレーね、シーフードカレーにしようかなって思うんだけど、どう?」
「…すき」
こんな風に好きなものを好きだって言ってくれるようになって、私は嬉しい。
きっとリツくんが彼女とかを連れてきたら号泣してしまうと思う。それくらい、私にとってリツくんは大事な存在だ。
リツくんも、そう思っていてくれると嬉しいなと、おもう。
「桜ちゃん…?」
「あ、ごめん、学校行こうか」
すこしぼうっとしてしまったのを見られて、心配そうに首を傾げられる。この可愛さは半端ないと思う。リツくんは昔よりちゃんとご飯を食べるようになったから、体格も昔よりはしっかりした。線の細い体躯の割に力のある彼は重い買い物をするときの貴重な人材だ。背もすくすく伸びて私の頭は彼の肩あたりだし、顔だって甘い顔立ちだと評判で。それを昔から見ている私にとっては、ようやく気付いたのかと鼻が高い。リツくんは、それこそ初めて会った時から綺麗な男の子だったのだ。
二人で並んで歩きながら他愛もない会話をする。主には私の話すことにリツくんが相槌をうち、たまにリツくんが話す言葉を私が聞くという感じ。
リツくんは私の隣を歩くとき少しだけ嬉しそうな顔をしてくれる。私がリツくんの世話を焼くとくすぐったそうに笑ってくれるし、好きなものを作ってご飯に出した時に浮かぶ極上の笑みだとか、一緒に出掛ける約束をしたときに嬉しくて楽しみでという感じ(表情にはあまり表れないけれど雰囲気がウキウキしているのだ)、そういったものを見れるから私はどうしたってリツくんを甘やかしてしまう。
手をつないで買い物へ行くことも、頭をなでることも、全部リツくんの嬉しそうな笑顔が見れるという一点のみで行っている。私は、リツくん限定の甘やかしマシーンであるのだ。
「桜ちゃん、今日は…予定ある…?」
「ううん?ないよ」
「じゃあ帰るとき、少し寄り道していっても…いい、かな」
「当たり前でしょ、リツくんとならどこにでも行くよ」
「ふふ、桜ちゃん…ありがと、大好きだよ」
「わあ、私も大好きよリツくん!」
登校しながら私とリツくんは腕を絡めながら二人ではしゃいでしまった。あまりこういう事をすると通行の邪魔になってしまうので、控えなければと思うのだが、リツくんがかわいいのがいけないのだ。可愛いは正義。
そのまま手をつないで歩く。リツくんが嬉しそうなので私も嬉しい。満面、とまではいかないけれど私といるときはよく笑うようになってくれたので私は満足である。この調子でみんなにリツくんの良い所をしっかり見てもらいたい所存だ。
「いつも、ありがとう、桜ちゃん」
「お礼なんていいんだよ、リツくん。私はリツくんに幸せになってもらいたいの」
「じゃあ…一緒に、幸せになってくれる?」
そんな、潤んだ瞳で見つめられたら、私の母性本能とときめきが止まらない。いちもにもなく頷いて、そっと手を握る力を強くした。ら、普通に握っただけだった手がからめられて恋人つなぎに変化した。――本当に、こういうことをどこで覚えてくるのか私は心配だ。
恋人はリツくんを幸せにしてくれる女の子じゃないと許さない、と常日頃言ってはいるがリツくん本人はのほほんとしたもので「桜ちゃんがいるからいいよ」と言っているが、いつまでもそれではいけないのだ。
でも、私自身も、もうちょっとリツくんを独占していたいなという思いもあるので、保留。
「桜ちゃん、今日、とまっていく…?」
「ほんと?じゃあ一緒に、ゲームしよう。この間のリベンジしなきゃ」
「うん、ずっと泊まっても、いいよ」
「リツくんと一緒に住むの、楽しそうだねえ」
えへへと笑うリツくんに私もえへへと笑い返しながら、下駄箱についたので靴を履きかえる。ざわざわとした周りに、いつもより騒がしいなと思っているとリツくんが少しだけ眉をしかめていた。
どうしたの、と聞く前に私たちの前に立つ、一人の女の子がにっこり笑顔で腰に手を当てて私たちを見ていた。可愛い女の子。自分が可愛いということを良く知っていて、そして相手がそう思っていることを疑わない。確か、隣のクラスに転校してきた子だったと思う。隣のクラスのことなので噂でしか話題は聞いたことはないけれど。
――正直、リツくんの苦手なタイプの子だというのが印象。彼の本当のお母さんみたいな雰囲気。
いい意味で無邪気、悪い意味で言うと全く相手のことを顧みない、というか。
「遠藤くん、私貴方と友達になりたいの!貴方の辛さは全部知ってるから、貴方の悲しみをわたしにも背負わせて?」
「………桜ちゃんがいるから、いらない」
「え…?え?」
女の子の発言にぎょっとした私は、リツくんの突き放したような物言いにさらにぎょっとした。
最近はこんな風に人に冷たくあたるということはなかったはずなのに、どうしたんだろうと戸惑っていると私の手を掴んで歩き出した。小走り、と言ってもいいかもしれない。
どうしたの、と聞くよりも先に勢いよく空き教室に入り込んでドアを乱暴に占めたリツくんは私を泣きそうに見てぎゅ、と抱きしめた。
「…ごめん、さくらちゃん、ごめん…」
「うん、大丈夫だよ、大丈夫」
「ダメだ、あのこ…やだ。…嫌い」
リツくんがここまでストレートに嫌悪をあらわにするなんて初めてかもしれない。
私は驚きながらもそっと抱きしめ返して頭をなでて、大丈夫だよと囁いた。
リツくんが落ち着くまで、傍にいて、リツくんは朝の朗らかさが嘘のように私にべったりとくっついている。
「あの子の目が、こわかった…」
「ううんと、いきなり距離感ゼロで来たからかなあ」
「………なんで全部知ってる、の?…こわいよ」
それは、確かに。リツくんの辛さを全部知っているということは、どういう事だろうか。でも、そんなの関係ない。リツくんが怖がっているのなら私は彼女とリツくんの間に入って彼を守り通す所存だ。たとえリツくんが好きなのだといっても、あんなのはルール違反。好きだからと言ってもちゃんと好きな相手の気持ちを尊重できない相手にリツくんは上げられないのである。
人の悪意に敏感なリツくんは、彼女の中に何を見たのだろう。私にはわからないけれど、私はこうして怯えているリツくんの傍で彼を支えるのだ。精一杯に甘やかして、そして笑ってもらうのだ。
「何で知ってるのかは、わからないけど。でもリツくんには私がいるでしょ?できるだけ無視していたらきっと諦めてくれると思うの。ちょっと辛いけど、頑張ろう。私も一緒にいるからね」
「…桜ちゃん、ありがと…」
ぐりぐりと、頭を押し付けられるように抱き着かれてくすぐったさに笑う。
――ただ、最近リツくんのスキンシップが激しくなってきているように思えるのは気のせいだろうか。
甘えてくれていると思うと嬉しくて特に気にしてはいないのだけど。
ただ、頬や額にキスをしてくるのはちょっと恥ずかしいので控えてほしいなとは、思う。それを言うといや?と潤んだ目で見られるので強く言えない私がいるのだが。
リツくんが落ち着いたので授業に出るべく教室を出て足早に自分たちの教室に向かう。
今日から当分一緒にお泊りコースかなあ、と思いながら私は両親に連絡をしようとスマートフォンを取り出す。――大概、私もリツくんには激甘なのだが、そこは赦してほしい。
独りは寂しいから、一緒にいて?なんて可愛い顔でお願いされたら、私には断ることなんてできないのである。
余談だが、そのあと私が一人で飲み物を買いに行ったところ、朝出逢った隣のクラスの女の子に遭遇した。
「遠藤くんの隣にどうしてあなたがいるの!?私が救ってあげるはずだったのに!シナリオはそうなってるのよ?邪魔しないで!」
「…えっと、ちょっと意味が解らないんだけど。良い病院紹介しようか?」
と言ってそのあと逃げ帰ってきてしまった。日本語が通じないの、怖い。そもそもシナリオとか意味が解らないので勘弁してほしい。
私たちが生きているのは現実で、たとえシナリオで決まっているのだとしても選択肢は大量にあるのだ。一つに決められたレールなんて、ありえないし、もしあったとしても私がぶち壊してやる。
そうして、私は今日も今日とて大事なお隣さんのリツくんを甘やかすのである。
撃沈しました。でも書きたかったのはちょっと内気な男の子と仲良しな女の子ですので満足。