第一間奏曲・『思いは翼に』
サブタイトルを見て、『お、いつもと違うやんけ! しっかりと読んだろっ!』と思った方へ。
ごめんなさい、いつも通りの内容です。
サブタイトルを見て、『サブタイより内容を充実させろっ!』と思った方へ。
その通りでございます。文才が欠如して申し訳ないです。
間奏とは書きましたが前回からの続きになりますので、脇に逸れた内容は書いてないつもりです。
では、後書き(言い訳劇場)にて。
「いらっしゃいませ……。本日はどのようなご用件でしょうか?」
トゥリングを予約し、購入してから二週間が経過した。渡は控えを握りしめて店舗まで足を運んだ。
「先日、トゥリングを予約した竹下です」
緊張から、一日でも早く完成品を受け取りたくて、仕事の帰りに寄り道してまでの来店である。
「控えを見せていただけますか? ……………はい、承知いたしました。今、お持ちします」
「お願いします」
二週間前、パンフレットで見た大きく羽ばたく鳥は、どのような印象を与えてくれるのだろうか。渡は過剰に気になってしまい、勧められた椅子にも腰かけることなく忙しなかった。
「お待たせしました、こちらになります」
店の奥から丁重に運ばれてきた、いかにもなケース。二個はめてこそ意味のあるトゥリングのため、指輪ケースは一般的な物に比べて少し横長だ。
「ありがとうございますっ!」
「こちらが指輪です。ご確認お願いします」
ゆっくりと、慎重に開かれたケースの中には、渡が選んだ鳥があしらわれている。ケースの中でお互いに向き合って飛ぶように、鳥の頭の部分は左右が異なっている。これならば明日香の指にはめる際、鳥が向き合うように簡単にはめることができる。鳥は全体の輪郭を銀色に縁取り、その内側を乳白色に満たしたモチーフである。
また、輪の部分も一般的な指輪と同じ素材に変更してもらった。これで、すぐに体温と同じ温度になって邪魔に感じることはないだろう。
「よろしいですか? 最後に、片方の鳥の側面に刻める文字を確認してください」
片方の鳥の側面には刻まれている文字は、婚約指輪目的の購入の場合には無料で刻めるということだった。
W. to A.
渡から明日香へ。
依頼した通りの文字が刻まれていた。
「すべて問題ありません。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。お相手の方の回復と、婚約の成就を祈っています」
◇
本日の渡の帰宅は、少々…………いや、かなり遅かった。
今朝とは異なる通勤鞄の膨らみを悟られぬように、身体に抱えるようにして玄関扉を開いた。
「ただいま」
「あ! おかえりなさい」
杖を頼りに玄関に出てこようとする明日香と廊下で鉢合わせる。今日は明日香も遅かったのか、今夜の夕飯の香りが明日香から感じられた。
「悪いね、遅くなって。もしかして先に食べちゃった?」
「まだだよ。私も今日は少し遅くてね」
「あ、そうなんだ。もう少し待っててくれる? 着替えたら行くから」
「分かった」
そこで、明日香はキッチンの方へ。渡は自室に静かに入った。
自分に変な言動はなかったはずだ、まだ悟られていない。その考えだけを頼りに正気を保ち、スーツを脱いでゆく。トゥリングは一端、自室の机に置いておく。夕飯が済んだら……大勝負が待っている。
◇
「はいはい、お待たせ」
「準備は出来てるから、食べよう」
すごく美味しそうな食事が並んでいるはずなのに、味の想像ができないほど余裕がない。味を知っているものばかりなのに、これでは先が思いやられる。
「はいこれ、お疲れ様」
「うっ……」
缶ビール。
昨日までの渡なら、喜んで飛びつく。しかし、この後に控えるプロポーズのためにも今日は諦めるべきだろう。
「……? どうかしたの?」
「え、いや……別に。今日はビール、止めておくよ。ほら、休肝日って言うだろ? 今日はそれだ、それ」
「はぁ、じゃぁ、冷蔵庫に戻すよ?」
「あぁ、そうしてくれ……じゃなくて、自分で戻します。明日香は座って」
泣く泣く缶ビールを冷蔵庫に戻し、食卓につく。
「「いただきます」」
久しぶりに飲んだお茶の優しさに感動しながらも、明日香の手料理に箸を進めていく。相変わらず美味しいのだが、いまいち味の輪郭に思考の焦点が合わない。
「美味しい?」
「あぁ、もちろん」
そんな言葉を交わしただけで、本日の夕食が終わってしまった。食器を下げながらも、自室に置いた物と明日香に告げるべき言葉が渦巻いて、何枚目の食器を下げたかを渡は覚えていない。
「今日は疲れたでしょう。私が洗っておくから」
「いや、手伝うよ」
「いいからいいから」
夕食時に口数が少なかったことを、仕事で疲れていると感じたらしい。後ろに控えるアレもある。ここは甘えようと、渡は自室に戻った。
「…………やばい、緊張してきた」
指輪ケースから威圧感が放たれているはずもないのに、部屋の空気はとても硬い。指一本動かすにも労力が感じられる。
「俺と結婚してください……。違う、もっとこう、なんか……。一生明日香を守ります……。ドラマじゃないんだぞ、臭すぎる……」
ここまで来てもプロポーズの言葉を決められず、渡は悶々とする。明日香には、このトゥリングを笑いながら受け取ってもらいたい。だから、印象に残るような言葉を明日香には与えたい。
キッチンの方が静かになった。
明日香が仕事を終えて、リビングで休む頃だ。この落ち着いた時間が好機だ。
水の音が消えてからしっかり五分を数えて、渡は自室を出た――――右手に携えた指輪ケースを背中に隠して。
◇
明日香は、大型テレビの前のクッションチェアーに勢いよく背中を預けた。杖はクッションに跳ねて、徐々に明日香の足と同じように先端部を床に投げ出した。
久しぶりに、渡のいない食器の片づけで疲れを感じた。今日はこのまま寝てしまおうか、気づいた渡がタオルケットか何かを持ってきてくれるだろうか。気づかれなくて体調を崩しても、自業自得だろうと明日香は考えていた。
「でも、渡も疲れてたし、無理はさせられないよねぇ……」
いきなり休肝日を気にするくらいだ、近々人間ドッグでも行われるのかもしれない。下手に不健康な結果が出ても、明日香自身が気にするので、今日は無理を言って休んでもらった。
身体を伸ばしてクッションチェアーに身体をすべて委ねた。その時、脇に置いた杖に足が当たり、床へと滑り落ちた。
「……明日香」
突然、下の方から――――杖を滑り落とした足の方から渡の声が聞こえた。
「うん、なぁに?」
首だけ起こして存在を確認して、首を元に戻す。
「隣、いいか?」
「あぁ、うん。ちょっと待ってね」
横にした身体を起こして、徐々に脇にずれていく。空いた場所に渡が座ると、このクッションチェアーは満席だ。
「渡は今日は、お疲れみたいだね」
「そこそこね。こっちこそ悪かった。一人で片付けさせちゃって……」
そんなことを言いにきたのかと明日香は思ったが、先程から渡の様子がおかしいことに気づいた。
「あのさ、本当に疲れてるなら早めに寝たほうがいいんじゃない? 家事の方はある程度なら大丈夫だからさ、ね?」
「あー……いや、そうじゃなくてな……。聞いてほしいことが、あるんだ」
「聞いてほしいこと?」
そこで渡は、初めて明日香の目の前に指輪ケースを差し出し、そっと開いた。
「結婚、しよう」
「え、うそ……」
力を込めてはいるが、静かに、一音ずつ明日香の耳に入れるように渡は紡ぎ出す。明日香は両手で口を覆った。
「嘘じゃないんだ……。このマンションに移ってから本気で考えた結果だ。それに、これまで色々な、その……恥ずかしいことを伝えてきたけど……、それでも俺から離れなかった明日香とは、絶対にって思ったんだ」
明日香は渡の顔と突き出されたトゥリングに釘付けだ。渡は意識的に身体から力を抜き、次の言葉を探す。
「俺は明日香と一緒に居たい。その気持ちを、この指輪に込めたんだ。…………受けとって、いただけますか?」
明日香からの返答はない。代わりに、口を覆っていた手がゆっくりと、指輪ケースを持つ渡の両手に伸びていき、指先が触れた。
「私が、何度この手に守られてきたか、考えたことはありますか……? こんなお話をもらったら…………断れないじゃないですか……」
さらに手を包み込み、投げかけた質問の答えを教え込むように、優しく撫でていく。
「ありがとうございます。こんなに言葉をいただけて、私は幸せ者ですね」
「……! それじゃぁ……」
結婚、してください。あなたに守ってほしいです。
そして二人は引き合うように、抱き合った。
◇
「……ところで、さっきの指輪はペアリング?」
「あ、これ? ペアはペアだけど、はめるのは明日香だけだよ。トゥリングって知ってる?」
「トゥ……足の指?」
「そうそう」
明日香は座ったまま、渡だけが床へと降りる。ケースからまずは一個だけ取り出すと、手に乗せて明日香に見せた。
「鳥のモチーフだね。でも、指輪全体が大きくない?」
「足の親指にね、はめようと思って」
明日香の片足に手を添えて、少しだけ自分の方へ引き寄せる。リングを持たない手の指で明日香の足の親指を支え、リングをはめた。
「こんな指輪があるなんて知らなかったよ。かわいいね、ありがとう」
「実は反対の足にもあるんだ」
すぐに反対の足にもはめると、渡は満足そうに明日香の隣に戻った。
「なんで二個?」
「はめる指によって意味があるって聞いたから。トゥリングは両足ともじゃないと意味がないんだってさ」
「へぇ~。じゃぁ、親指だとどんな意味なの?」
「護身。明日香の身体の安全祈願に。鳥のモチーフを選んだのは、もしもこんなことがあったらいいなって話だけど、明日香が歩けるようになったらいいなってね。きっと背中に翼があるように感じると思うよ」
明日香からは彼女の足の容体を聞いたことがない。動かないだけで痛くはないとだけは聞いたが、治るのかどうかは教えてくれなかった。明日香も首を横に振るだけで、いつも疲れたような笑顔を作るのだ。
「本当に、治るなら治ってほしいかも。何年付き合ってるか、もう数えたくもないよ」
そう言いながらも、トゥリングを見つめて笑顔の明日香である。とても、今の状況を嫌っているようには感じない。
「明日香、式のことだけど。まずは明美さんに相談してみようか。こっちの二人はいつでも会えるだろうし」
「式……結婚式かぁ……。まさか私がねぇ……」
いつまでもいつまでも、トゥリングをみつめている。かろうじて動く足の方の指が、少しだけ動いている。リングの存在を肌で感じるために、懸命に隣の指へすり合わせるために。
「後悔は、させない。だから、これからもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。……あ・な・た」
お読みいただき、ありがとうございます。
以下、私の言い訳が続きますので、ご容赦を。
恋愛らしい恋愛なんて、これっぽちも経験ないので、プロポーズの言葉を考えるときにはドキドキしました。私、男ですけど。
作中、渡が『緊張してきた』と言いますが、本当に緊張していたのは私です。後書きを書いてる今、嘘のように穏やかな気持ちになっています。
また、婚約指輪にトゥリングを選んだ理由です。これは偶然が重なったと思います。下半身不随と聞くと、少なからず足に気持ちが向きます。婚約指輪のインパクトを少しでも高めるためには、万人が一瞬でも着目する部分に力をいれるべきだと思いました。したがって、トゥリングです。色々な形の物があるのですね。調べていて驚きました。
以上、後書き改め、言い訳劇場でした。
では、次話にて。