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契輪歌【けいりんか】

こんにちは、赤依です。

残された布石の、その切込み隊長的なお話になります。

楽しみながら読んでいただければ幸いです。


では、後書きにて。

 一般的には、夜景を綺麗に見ることができる高級レストランに誘い、言葉少なく静かに差し出す――――そんなプロポーズを渡も想像していたし、きっとそうするだろうと考えていた。

 しかし、世の中には一風変わった指輪があるようだ。

 指輪は指輪でも、足の指にはめる物がある。トゥリングと呼ばれているようだ。

 渡は偶然(・・)に見つけたこのトゥリングに興味を抱いた。

 ただし、渡自身がはめるのではなく、購入目的はもちろん――――


 ◇


 「先輩。婚約指輪の相場って、どのくらいなんでしょうか?」

 気を抜いた瞬間、自然と飛び出していた気さくな上司への質問。

 「……分からないことがあればなんでも聞けよ、とは言ったが……。指輪の相場ときたか」

 動揺を隠しきれない上司は、腕を組んで考え始める。渡も、確実な返答を望んでいるわけではない。仕事の合間の、束の間の休息だ。

 「奥様、いらっしゃいますよね。先輩はどのくらいの指輪を購入されたのかな、と思いまして」

 「あぁ、そうか。竹下もいるんだったな、彼女さん」

 「えぇ、まぁ。プロポーズは遅くならないうちにやっておきたくて」

 「なるほど。正直に言うとな、買った指輪の値段なんざ覚えてない。でもな、これからアイツに渡すんだって思いながら買った指輪の重さなら今でも覚えてるよ。めちゃくちゃ緊張するからな。あんな小さな物でも、とてつもなく重く感じた」

 当時を思い出しているのだろうか、上司は時折指輪ケースを開く仕草をとっている。

 「やっぱり緊張しますよね……。すいません、変なこと聞いてしまって」

 「いいんだよ。絶対に成功させろよ。指輪も、人の気持ちもタダじゃない。要は指輪に対してどれだけの心をこめられるか、それに尽きる。気持ちが少ないヤツほど高級品を買うからな」

 その言葉を最後に、恥ずかしそうに背を向けてしまった。


 ◇


 要は気持ちだ。金額は関係ないとは言わないが、アプローチのための道具なのだと思えば、幸せな出費だ。

 それから、渡はネットを駆使してトゥリングを扱う店舗を調べ始めた。

 調べているうちに、はめる指によって意味が変わるということも分かってきた。これは手でも同じことがあることを渡は知っていた。

 「うげっ……! 足の場合は両方にはめて初めて意味がありますって……倍の値段かかるってこと……?」

 指は親指、護身の意味があるそうだ。明日香にはこれ以上の不自由を与えたくない。

 あとは、明日香の気に入りそうな指輪を購入するだけだが、これが難しい。

 なによりも、渡は明日香の足の親指の太さを知らない。どんな色が好みかは……普段着から判断できる、はず。形状は……当たって砕けるつもりでいこう。

 改めて考えると、プレゼントを考えるということは相手をどれだけ理解できているかに繋がるなと、渡は冷や汗を伝わせながら思った。

 まずは指の太さからだ。


 ◇


 「明日香」

 「なに~?」

 「足に何か付いてるぞ? 取るから動かないで」

 「はいはい。…………うひゃっ!?」

 渡は親指と人差し指で輪を作り、それを明日香の片足の親指へとはめて、輪の径を親指に合わせた。

 「……よし、わかった」

 「よし、じゃないでしょ。お皿落とすとこだったじゃない、もう」

 「いやぁ、ごめんごめん」

 「いきなりどうしたの? なんか変なことしてたでしょ?」

 「気のせいじゃないか? ほら、次のお皿は?」

 今後の調査に一抹の不安が取り巻いた。


 ◇


 次は色だ。

 「明日香」

 「なに~?」

 「今日の服、全体的に白いな」

 「え? そうだね。それがどうかした?」

 「いや、似合ってるよ。白は好き?」

 「そうだねー。でも、黒も好きかな、かっこいいし」

 「お、おう」

 拭いきれないこの不安の正体を知るまでに、それほど長くはかからなかった。

 「それに、赤もいいよね、目が覚めるし。寒色系はよりも、オレンジやピンク、黄色みたいな明るい色が好きかな、私」

 「そ、そうなんだ……へぇー」

 唯一の有益な情報は、明日香は寒色よりも暖色が好みだということ。見よ、このストライクゾーンの広さを。渡は頭の中が、今の明日香の服のように真っ白になっていく気がした。


 ◇


 最後に形状だ。

 どうあがいても輪の形状を崩すことはできないことから、こればっかりは渡が実際に見て決めることにした。

 「いらっしゃいませ」

 この前にネットで調べていた店舗に足を運んでみる。予想はしていたが、周囲にはカップルが多い。たぶん婚約指輪ではなくて、ペアリングが目当てなのかもしれない。

 「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 「あ、はい。その……婚約指輪を、探していまして」

 懐に抱く封筒の厚みが、渡の緊張を煽る。

 「ただ、手の指ではなくて、足の指にはめる物を探しています」

 珍しい客だと目が訴える。当たり前だ、プロポーズの指輪を足に向ける奇特な人間は渡くらいなものだ。

 「……ああ、返答が遅れて申し訳ありません。もちろん取り扱っています。ただ、種類が少ないですが、よろしいですか?」

 「はい、構いません」

 目移り厳禁。移る物が少ないならば好都合だ。問題は値段だけ。

 「こちらです。どちらの指にはめるご予定でしょうか?」

 「親指です」

 そう言って、渡は指で輪を作る。

 「このくらいなのですが……」

 その輪の大きさを見て、適当なトゥリングを店員が見繕った。

 変わっているなと渡が感じたことは、意外にも宝石の類が主役ではないリングが多いことだ。どのリングも真っ先に目が止まる点は、その細密な装飾だった。

 「蝶……かな? これは。それに、シンプルなものまで……」

 細密な装飾もないシンプルな物でも、思わず封筒を握りしめてしまうほどの値段だったりする。

 「お相手の方への婚約指輪……で、よろしかったでしょうか?」

 「はい。ただ、このような物を選ぶのは初めてなものでして」

 「失礼ですが、お相手の方はお身体が悪いのですか?」

 「少々、足を」

 「そうですか。親指ということでしたので、お相手の方のお身体を気遣っていらっしゃるのかなと」

 「もしも歩けるようになるならば。そんな気持ちを込めてもいいかもしれませんね。ボクは医者ではないのでなんとも言えませんが」

 本当にただの願望だ。これまで車いすを使わずには移動できなかったのだから、望みはうすそうだけれども。

 「親指ならば、少々装飾が大きくてもよろしいかと感じます。移動は可能な方でしょうか?」

 「ええ、可能です。杖を使って、かろうじて」

 それを聞くと出てきたのが、他よりも少しだけ指の長さ方向に存在感のある指輪だった。

 「こちらですと、装飾面積が広いので存在感のある指輪をお作りできます」

 「でも、これって輪だけですよね……って、作る?」

 「はい、こちらからアクセントを選んでいただいて、それをこちらの輪に取り付けてお渡しいたします」

 すると、次にはパンフレットが出てきた。中には目の前に置かれている輪と同じものに、何通りもの装飾が施されたサンプルが掲載されている。渡はさらっと一読して目に留まった写真があった。

 「鳥……ですか」

 女性に渡すには可愛さを追求するべきだと決めつけていたが、今にも写真から羽ばたいてくるのではというほどの装飾に心を奪われた。

 「これにします。……お値段のほうは?」

 難問。これで不足していた場合には降りだしだ。

 「こちらの、鳥の装飾ですね。お値段は……」


 ◇


 「ありがとうございました。では二週間後にこちらのお客様控えを店の者にお渡しください」

 封筒には、まだ紙の重さが残っている。心を奪われた鳥の装飾に加えて、土台となる輪の部分までもある程度の自由が利いた。最近注目されてきたアクセサリーということらしいが、何よりも予算内に収まったことがうれしかった。


 金銭面での問題は解決された。

 あとは指輪を受け取って、明日香に結婚の意思を伝えるのみとなった。

 場所は、今の自宅にしよう。レストランに誘わないことで経費を浮かせることが目的ではなく、そもそも大袈裟な場所まで明日香を連れまわすことがストレスにならないか心配なだけだ。

 そうすると、問題はただ一つに絞られる。


 結婚の意思を伝える、その言葉を決めること。

お読みいただき、ありがとうございます。


渡くんからプロポーズの言葉を決めてくれとの通達が来ました。私の人生経験の中で、一度だってプロポーズなんてやったことないのにです。でも、決めないことには話が展開しないので、頑張って決めます。臭い台詞になると思いますが、

『あぁ、コイツ(赤依)の精一杯なんだな』と考えてください。

それよりも、断られることを考えてない渡くんは強心臓だと思いました。


では、次話にて、プロポーズの言葉を添えてお待ちしています。

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