訪問歌【ほうもんか】
もはや、皆様の心から忘れ去られていても不思議ではありません。
とても時間が空いてしまいましたが、なんとか更新します。
今回は、これまで存在が不明(?)だった渡の両親が登場しますよ。
では、後書きにて。
「やっぱりね、お母さんに連絡して、ここの入居料金の負担率の考え直してくれって言ったの」
ある日、明日香は話し出した。渡にとっては避けたい内容だ。
「いや、素直に受け取ってほしかったんだが……」
「お金の問題だから、そうはいかない。それに、こんな話になったのも、原因は私」
『私の足』。やはり渡には避けたい話である。
「……お義母さんは何て?」
少し言葉に詰まり、残念そうに絞り出した明日香の言葉は。
「…………『もらっちゃえ!』……って」
「……期待通りだな、俺にとっては」
お茶目に人差し指まで立てて真似をした明日香であるが、電話口で行動まで伝わるはずがないのだが。やはり親子か。
「そこで、渡に提言します」
「却下だ」
変なことを言い出す前に、不穏分子の芽は潰しておく。
「聞きなさい」
「嫌です」
「どうして?」
「…………笑うなよ?」
「嫌です」
「嫌なの!?」
金額比率の話を切り出せると思った渡は、思わず明日香を見た。
「笑うなら話さない」
「笑わないから言ってごらん?」
「だ~れが信じるか、そんなこと」
「もう、面倒くさいなぁ。いい加減に話してよ」
「……金銭面でイイトコロを見せたかった……」
「……本気?」
まじまじとみつめてくる明日香の視線から逃げるように、話を進める。
「もちろん、俺の給料からも少しづつ実家に返済してるから、完全に肩代わりしてもらってるわけじゃない。俺たちは明日香の給料と合わせて、不便なくやっていけてるだろう?」
「それは……不便だなんて感じたことはないけど」
築数年の、立地条件が最高な専用マンション。部屋に入れば、車いすが気にならないほどの広さを持つ。さらに、バリアフリーに加えて明日香にとって使いやすい高さのキッチン。なにより驚いたのは、風呂場だ。明日香の実家では浴槽に沈むために努力をしなければいけなかったのだが、介護機器の一種なのだろう、ボタン一つで身体を持ち上げてくれる機械が導入されていた。あまりの感動に最初は気にならなかったが、これほどの機械を個人で所有するために、どれだけの導入費用がかかったのだろうか。
「渡、やっぱり渡の実家に行くべきだよ。私、まだお礼を言ってないんだし」
「…………しょうがない、明日にでも行くか。俺んちに」
◇
「あー……、もう少し後ろ。俺が乗れない」
駐輪場に置いている渡の愛馬に明日香を乗せ、車いすは専用スペースに停めてきた。そもそもここは、車いす利用者であれば自分の物があるため、盗まれる心配はない。
明日香が跨るバイクへと戻り、急いでエンジンを温め始める。
「ちゃんとお土産持った?」
「テールボックスに入れたよ。心配すんな」
「よし……。いざ、竹下家!」
「……静かにしててくださいねぇ……」
渡はローギアへとクラッチを操作した。
明日香と過ごす場所から渡の実家まで、バイクを飛ばして四十五分ほど。
懐かしい道を体感する頃には、もう竹下家へと到着していた。
「…………着きました」
「嬉しそうじゃないね。実家だよ?」
「いや、そういう問題じゃなくてな」
渡が降りやすいように身体を避ける明日香は、テールボックスの中身を思い出した。
「ねぇねぇ、お土産、いつ渡そうか?」
「とりあえずお前を運んだらな」
明日香の降車を手伝いながら、渡は最近の疑問を投げた。
「ところで、さっきから抱えてるソレは?」
「秘密兵器」
人の腕一本分くらいの長さよりも少し短く、先端にはクッションが備えられている。これから降りようとする明日香は、その棒状の物を伸ばし始めた。カメラの三脚を一脚にしたような、そんな動作で伸ばしていく。
「じゃーん、杖だ! よいしょ……っと」
「え! なにそれすごい!」
「お給料で買いました。通販は便利」
「お、おう。通販で買えるのか、それ」
「そっ。それよりも、早く行こうよ」
テールボックスのお土産は明日香を実家に入れてから。まずは久しぶりの挨拶から。インターホンを押すと、家の中から声がした。
「は~い、どちらさまですか~?」
「ただいま、母さん。渡だよ。」
連絡は事前に入れていたはずだが、かなり慌てているのだろう、ドタドタと忙しそう音が玄関に響く。
「……あらっ! 渡。久しぶりねぇ。あらまっ! 明日香ちゃんも。本当にいつ見てもこの子にはもったいないわぁ~」
「そういう話はあとで聞くから。明日香を中に入れてよ」
「あっ! そうだったそうだった、ごめんなさいねぇ。気が利かなくて……」
「お久しぶりです。佳代さん。いつもお世話になっております」
「いいのよ。さぁ、入って」
杖に寄りかかりながらゆっくりと玄関に進む。そして、上手く敷居に尻もちをついて、杖を静かに置いた。
「母さん、ちょっとバイクまで戻るね。すぐに帰ってくるから」
「あらそうなの? 私どうしたらいいのかしら?」
きっと明日香について聞いている。俺が家の中まで運ぶからと言おうとしたところで、明日香の先手が出た。
「佳代さん。申し訳ないのですが、肩を貸していただけますか? 外でも使った杖を使うわけにはいきませんので」
「もちろんいいわよ。任せなさい!」
「そ、それじゃぁ、アレ持ってくるわ」
「渡、よろしくね」
猛ダッシュでバイクまで戻り、急いでテールボックスからお土産――――少しお高いジャム数種セットを取り出す。こんな良いものでは竹下家には贅沢過ぎると言ったのだが、感謝の印と言われた手前断れなかった。それを落とさずに猛ダッシュで玄関へと戻る。
「明日香。大丈夫か?」
母が明日香を落とすとは思えないが、男手の方が確実だ。そんな気持ちで出た言葉は、もう一人によって遮られた。
「よう。よく戻ったな、渡」
「……父さん。久しぶり」
「あぁ、入りな」
特に体調を崩したという話を聞かなかった渡の両親は、思い通りに元気そうだ。安心した渡はジャムを抱えて父――――洋の後ろについていった。
渡の家は、明日香の家と異なり和風な造りとなっている。そのためテーブルではなく机であり、フローリングではなく畳、椅子ではなく胡坐である。明日香には姿勢を変えるのが難しいことから椅子を用意してもらおうと思っても、そのような物は実家にはない。最悪、渡が持ち上げるようにすれば済むが、毎回これでは周りも忙しい。
そんな心配は一瞬にして砕かれた。
「あ、持ってきてくれた?」
「あ、あぁ。何だ、その椅子?」
「佳代さんに出していただいたの」
「へぇー。母さん、こんな椅子あったっけ?」
その時、洋が無言で自身の二の腕を叩いた。
「……嘘だぁ~」
「嘘じゃない、本当だ」
椅子を作るって難しいんじゃないのか? まさか洋が作ったとは思ってもいないのだろう、明日香は久しぶりに顔を合わせた佳代と話を咲かせている。主に渡のことで。
「ありがとう、父さん。これ、明日香からこの家へって……」
「明日香ちゃんから? もらっていいの?」
「どうぞどうぞ。感謝の印だそうだ」
「感謝って……。それなら同じ物を明日香ちゃんにあげなきゃなぁ」
「何訳の分からないこと言ってるの」
「お前をもらってくれるんだろう、彼女?」
「両親が冷たい」
冗談はこのくらいにして、佳代は気になっていないが洋は気づいた。
「ところで渡。今日は明日香ちゃんと一緒にどうしたんだ?」
「それについては、明日香から聞けるよ。……ね、明日香」
振り返った先の明日香は、いまだに佳代と楽しそうに話していた。本題を切り出した本人が本題を忘れているんじゃないかと考えながら、洋を含めて四人で食卓机を囲んだ。
「えーとですね、本日は竹下さんご両親に確認したいことと、感謝をお伝えにあがりました」
お読みいただき、ありがとうございます。
毎度のことながら薄っぺらい内容を、誤魔化す技術もないまま書いています。
別路線のサイドストーリーと時間を合わせる必要もあるので、なかなか難しいですね。
では、次話(保証なし)にて。