無知歌【むちか】
渡くんは純真無垢な男の子。
※完全なるネタ回
※ストーリーは進みません
「どうした、行広。顔色が…………邪悪だぞ?」
「オブラートに包む意志が見えただけでも良しとしよう」
「んで、どうしたんだ?」
時々、昼食を共に摂っているが、今日の行広の機嫌は最高潮らしい。渡の存在を確認すると、身体から滲み出んばかりの黒いオーラが放たれている…………ように渡は感じた。入学当初から仲が良かったにも係わらず、思い出した時にしか昼食を共にしなくなったのは研究室が異なるためである。
「最近どうよ、渡の方は」
「どうよ、って言われても特別何かあったわけでもないし」
「へー、特別何かあったわけではないと」
「……俺から何を聞きたいんだ?」
オーラは邪悪なのに、表情は笑顔。この時点で渡は察した。
「あー……、うん。本当に、特に問題ない。定期的に会ってるし、向こうの親御さんとも話したし。そうだな、行広にも手伝ってもらったもんな」
「仲睦まじいようで何よりだ。ほら、さっさと喰おうぜ。麺が伸びる」
「睦まじいって……」
「間違ってたか?」
あっさり塩味の学食ラーメン。しかし、なぜか胃に重い気がした。対して行広は、香りが鼻に抜けていく醤油ベース。あちらを注文するべきだったかと、少しだけ後悔していた。
「間違っちゃいないが……、夫婦に使うような言葉じゃないか、それ?」
「別に恋人同士に使ってもいいだろう。それで、本題だ」
胃に重い訳が分かった。行広から滲み出るオーラだ。
「最近どうよ、あなたたちの方は」
「まぁ恩人だと思っているお前になら言ってもいいか。……映画観たり、向こうの家で並んだ写真を撮ってもらったりした。どうしてもプリクラには入りたくないって言われてな」
「ふんふん……」
「……以上だ」
「……渡? 今日はエイプリル・フールじゃないよ?」
「知ってるよ。でも、以上だ」
「これは?」
渡の目の前で、行広が箸を持たない手の親指を中指と薬指で挟んでいた。笑顔が、さらに明るくなっていく。
「何、これ?」
「……はい?」
心の底から不思議そうに行広の手を見つめる渡。最終的には、渡も箸を持たない手で同じ形を作った。
「行広、これは?」
「待った。仮に渡が本気で知らなかったとしよう。別に怒りもしないし、軽蔑もしない。でもな、男なら文脈で察しろ!」
「だから、分からないから聞いてるんだろう! これは何だ!!」
今度は渡が行広へと手を突き出した。まさかの無知の攻撃に、行広は完全に不意を突かれていた。
「教えるからその手を止めろ。周りに見られたらヤバいからな……」
行広に諌められて、ラーメンを食す。
「分かった落ち着く。だから教えて」
「あぁ……非常に心配になってきた。本当に教えてもいいんだろうか……」
「誰に言ってるんだよ? もう一度さっきの手を突き出すぞ?」
「止めてくれ……。あの、な。さっきの手なんだが、あれはアレだ」
渡がそっと先程と同じ手の形を作り、行広の前でちらつかせた。
「分かった、無知なお前が察してくれるように、もう少しだけ砕いて話す」
座る姿勢を正すと、行広は自らの親指で渡を指した。
「恋人がいるよな。男性と女性だ。お前は男性」
「そうだな」
今度は小指を立て、説明を続ける。
「そして女性。この二名が互いに好きだと言ったら、どうする?」
「映画を観る」
「あとは?」
「写真を撮ってもらった」
「……あとは?」
「……手料理、美味しかったな」
「キミの純心に、ボクは泣きそうです!」
手で顔を覆う行広に、渡は問い詰める。
「結局何が言いたいんだよ?」
「文字通り、愛し合ってますか、って聞いてるんだよ!」
「わっ! バカ、行広、何大声で言ってるんだよ!!」
「誰のせいだと思ってやがるっ!!」
行広くん。火遊びは、ほどほどに。