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明日歌・渡された幸せの香り

(「・ω・)「 がおー、オオカミだぞー!(※前回更新の後書きを参照)


長らくお世話になりました本作も、今回が最終更新となります。一年と数カ月間、本当にありがとうございました。ここまで到達できたのも、皆様のおかげです。

長い話は抜きにして。明日香と渡、そして幸歌の、最後の歌をお聴きください。


追記(2015年12月13日):脱字の修正を行いました。最終話なのに、お恥ずかしいです……。

 視界を埋めていた桜が終わる。

 見るべきものが無くなり飽きたのか、幸歌は車いすを押していない手を振り出した。その手の先は、渡が握っている。

 「ん? どうした?」

 「ん~~~!! お母さんがだまってるー!」

 「おっ?」

 ときどき押して、ときどき明日香の周りを回っていたため、幸歌は明日香が寝ていることに気付いた。

 「外で寝るなよ……。二人で押してるのに、よく寝れるな」

 「くるまいすはベッドじゃない」

 「はい、幸歌が正しい」

 渡だけで押している時には舟をこぐこともあったが、ほぼ初めて押している幸歌を含めても明日香は寝ていた。後ろで騒いでも起きないことが分かると、幸歌は渡に自分の興味をぶつけた。

 「ねぇ、お父さん」

 「なぁに?」

 明日香の返事がうつっている。明日香はいつも幸歌の質問にはこの返事なのだ。

 「…………お母さんって、みんなと何がちがうの?」

 「ちがい? 何も違わないよ。みんなと同じだ」

 「でもでも……コレ、くるまいすはお母さんしか使ってるの見たことない」

 反対の手で車いすを指差す。幸歌から見ればただの物だが、これ明日香には必需品だ。それを理解するまでに、丁寧な説明をしなければならないが、幸歌には早すぎるかもしれない。

 「いす……なんでしょう? どうしてお母さんだけ座ってるの?」

 「幸歌だって椅子に座ることあるでしょ? それと同じだよ。動きたくないから、座る」

 明日香が聞いたら激怒間違いなしの言葉。

 「でも、このまぁるいのは付いてないよ。付いてるの、これだけだもん」

 「あぁ、それは動くためにあるんだよ。ほら幸歌、座ってるのに遠くの物まで手を伸ばしたい時ってあるだろう?」

 「…………うごきたいの? うごきたくないの?」

 「…………困ったな」

 渡は苦笑いと同時に幸歌から視線を外す。その時、明日香が横を向いた。

 「あのね、これはお母さんの脚なの。幸歌ちゃんはどうやって歩いてる?」

 「あしをうごかして歩いてる! お父さんも一緒! でも、お母さんは……」

 「あら、お母さんも動かしてるわよ? ちょっと形が違うだけ。だから何も変わらないの」

 「じゃぁ、お母さん。家で使ってるあの……えーと……()はなに?」

 杖のことだ。狭い範囲を移動するのに車いすは適さないので、明日香は積極的に杖を使う。腕が太くなりそうなのを心配していたが、筋肉が(おとろ)えるよりはいいはずだ。

 「あれは杖っていう物でね、あれもお母さんの脚よ。あれがないと歩けないの」

 「お母さんにはあしが四本もあるの?」

 実際の両脚と杖、それに車いす。たしかに明日香の脚は豊富だ。しかし、人間には脚は二本だけ。杖と車いすの説明を、どのようにしていくのか。

 「まぁね、かっこいいでしょー」

 「幸歌、これはな、脚だから。ちょっと多いだけで、みんなと変わらないって分かっただろう?」

 明日香は鼻を高く上げる。渡も話を切り上げようと幸歌に理解を求めた。納得はしたような顔だが、幸歌には次の言葉が控えていた。

 「ごめんなさい、お母さん……。さちか、つえをたおしちゃって……」

 「いいのよ。軽いけがで済んだし」

 「あぁ、あれか。会社から帰ってきたら幸歌が泣いててお前が手を怪我してるんもんだから驚いたぞ」

 ある日、家で走りまわっていた幸歌が偶然にも明日香の片側の杖に脚を引っ掛けた。その勢いで明日香の脇から杖が外れ、外れた杖の方に倒れた。頭だけは守ろうとして腕が出たが、手を強く床に打って何日も痛みが引かなかった。渡はその時、注意を兼ねて幸歌を怒ったが、すぐに明日香に止められた。

 「『私の脚を気にして育つべきところが育たないのは悲しい』って……言ったよな。どうだ明日香、幸歌はちゃんと育ってるか?」

 「育ってるじゃない。この歳で配慮なんて覚えてもらわなくてもよかったのに、この子ったら家で静かになったと思わない?」

 「そう言えば、そうだな」

 「ねぇねぇ、さちかはこれに乗れるの?」

 家で静かにできる分、外出時の幸歌の好奇心は身近な物にも旺盛だ。今日は明日香の車いすにやけに喰いつく。

 「幸歌は乗れないよ。これはお母さん専用だから」

 「幸歌ちゃん、乗りたいの?」

 「ちょっとだけ!」

 本当に、ただ座ってみたいだけのようだ。

 「それじゃぁ、そろそろ帰ろうか。いい、あなた?」

 「ああ、いいぞ。ほら幸歌、片方持って」

 「やだ」

 「えー……」

 明日香の肩が笑みで震える。今の自宅までの帰路は渡が明日香を押して、幸歌は明日香の横を歩いた。それでも興味は失せていなく、肘置きに手を添えていた。



 明日香に不自由がないよう、今の自宅にも身体の不自由な人に向けた工夫が施されている。専用マンションを卒業し、一軒家に移り住んでから渡も明日香も両親の援助という申し訳なさから解放されていた。

 「ねぇー。つえ、持ってきてもいい? ここで乗ってみたいんだけど……」

 「ここで? まぁ、家の前ならいいかな」

 「いや、良くないだろう。用もなく外で杖は心配なんだが」

 「でも歩かないわよ、私。ただ幸歌ちゃんに席を渡すだけだし」

 「……待ってろ、鍵開ける。いいか幸歌。重くて持てなかったらすぐに戻ってくるんだぞ?」

 「うん! 早くあけてあけて!」

 渡が鍵を開けると同時に幸歌は目にも止まらぬ速さで家に入った。渡は明日香と幸歌に注意が向くように玄関の扉を背中開きながら待っていた。

 「持って……きたっ!」

 「まさか本当に持てるなんて……。ほれ、今だけ持ってるから靴を履く」

 「はーい。…………はいた! お父さん、つえかえして」

 「はいはい」

 歩きにくそうにしながらも、明日香まで杖を持っていく。明日香は車いすのサイドストッパーをかけると、杖を使って立ち上がった。

 「いいよ幸歌ちゃん。座ってごらん」

 「ありがと、お母さん!」

 幸歌が車いすに飛び乗った。サイドストッパーで留めてあるため動かないが、渡は内心で危なっかしくて心配だった。

 「ねぇお母さん、動かないよー?」

 「今は止めてるのよ。ほら、横に短い棒があるでしょ? それを前に倒してごらん?」

 杖を使うために明日香は作業できない。渡に頼むにも、幸歌が変な動かし方をしないように絶対にストッパーを外さないだろう。明日香は言葉で、幸歌に動かし方を教えていく。

 「おぉ! ちょっとうごくようになったよ!」

 「おいおい、怪我させないか……?」

 「そう簡単に転ぶものじゃないから安心して。…………そうしたらね、大きい輪っかの外側に銀色の輪っかがあるの分かる? それを転がすと動くよ。……手、届くかな?」

 「とどかない……」

 当たり前だ。幸歌の腕はまだ短いし、何より身体と車いすの間に大きな間隔がある。肩の高さは車輪に近いが、横に伸ばせば肘が肘置きの真上にきてしまう。

 「あっちゃー、残念。幸歌ちゃんは車いすを動かせません」

 「えー!」

 「そこでお父さんが登場します」

 「登場しません」

 「えー!」

 「幸歌と同じこと言うなよ……。まぁ、少しだけなら押してやらないこともないが」

 幸歌が面白がって、今後も頻繁に車いすに乗りたがってしまうことを嫌って、渡は渋った。しかし、直線移動で少しだけならと、渡は車いすの後ろに回った。

 「じゃぁ、押すぞ。それ、しゅっぱーつ…………って、軽っ!?」

 「今日はハンバーグよ」

 「ほんとにー!」

 「えぇ、本当よ。鮮度抜群の挽肉が手に入りそうだわ。ねぇ、あなた?」

 「ごめんなさい……」

 ゆっくりと、渡は幸歌を押していく。幸歌は背もたれに身体を預けて、まるで明日香を押している気分だった。

 「どんな感じだ、幸歌?」

 「う~ん……低いと思ったけど、いつもと高さが変わらないや」

 「そりゃ、幸歌の背がまだまだ低いからだろう。でもな、お母さんはいつもお外で、この高さから見てるんだぞ?」

 「お母さんはどう? この高さ、好き? 嫌い?」

 「そうだねぇ~、好きか嫌いかだったら……」

 気付けば明日香も渡の少し後ろを歩いている。

 「明日香、危ないから家の前で待って……」


 「嫌い、かな」


 「じゃぁ…………今のさちかも、嫌い?」


 「うん、嫌い」


 「さちかね、この高さ、好き」


 「そうなの?」


 「だって、お外でもお母さんと顔が近いから。みんなはお母さんと顔がはなれてるから。さちかは、いつも近くにお母さんの顔があるの、うれしい」


 「でも、今は遠いね。お父さんは簡単にできるけど、お母さんには近づけないや」


 「だいじょうぶ。さちかが大きくなっても、いつでも近づくから。今は小さいけど、その……つえ? つえを使ってるお母さんにも追いつくし、座ってるお母さんにも。だから、だいじょうぶ」


 「それでも、私はその高さが嫌い」


 「でも、この高さからさちか見るときは、いつもお母さん、笑ってる。……ウソだって、言わないよね?」


 「…………そろそろ、お母さんと代わって? いい?」

 誰も、何も言わなくなった。

 渡は車いすを押すのをやめ、幸歌は飛び降りた。

 「ありがとう、お父さん。もう乗らないから。これはお母さんのものだから」

 「お、おう。そうだぞ。もう乗ったらダメだぞ?」

 明日香が車いすに戻る。後頭部しか見えないが、渡には声がかけづらかった。それでも、幸歌だけは真っすぐに明日香の顔を見るために車いすの前に立ちはだかった。

 「お母さん。さちかは、何をおぼえればいいの?」

 「どうしたの、急に?」

 「お母さんがうごくためには、ほかの人がいなきゃいけないのかもしれない。さちか、そんな気がするの。でも、いるだけじゃダメかも。何をおぼえればいいの?」

 「覚えなきゃいけないこと…………っ、それ、は……ね? あぁ…………もう、何も、……ない……っ!」

 「明日香……どうしていつもお前は、そうやって自分を責めるんだ……」

 「お母さん?」

 膝の上で固く握った拳に、涙が落ちる。明日香は顔を上げられなくなった。

 「っ……はぁ、ごめんね、幸歌ちゃん。……ほら、おいで?抱っこしてあげるから」

 「……嫌い」

 「……え?」

 「おい幸歌、それはないだろう」

 「泣いてるお母さんは嫌い。笑ってるお母さんの抱っこがいい」

 「……だ、そうですよ。明日香さん?」

 「今は…………無理かも……」

 我慢する必要はない。明日香の涙には声が混じりはじめ、渡は後ろから明日香の頭を抱いた。

 「いいよ……。今は幸歌の嫌いなお母さんになっても。大丈夫だから、その後には絶対に幸歌の好きなお母さんになれるよ、明日香」

 「……こ、こんなに……。あんな酷いこと言ったのに……っ! うっ…………嫌いだなんて、言ったのに……! ごめんね幸歌……っ、ちゃん。こんな……お母さんで……っ!」

 その時、幸歌が道路であること気にせずに両膝を付いて明日香の脚にしがみ付いた。


 「ねぇ、お母さん。笑って?」

お読みいただきありがとうございます。

いかがでしたでしょうか。舞台を前作の最終話に移しまして、本当に最後の最後を書いた形になりました。最後は渡と幸歌に抱かれた明日香を書けたこと、大変嬉しく思います。

本作に関する書き手としての感想は、次回の活動報告にまとめます(更新しました!)。余裕があれば座談会形式にする予定です。


本作品に興味を持っていただきありがとうございます。そんなあなたに押されて、ここまで来れました。どこかでまたお会いできるならば、その時も押していただければと思います。


それでは。

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