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祝命歌【しゅくめいか】

お世話になっております、赤依です。


今回を書くにあたりまして、どうして私は検索ボックスに『妊娠 確認 方法』とか打ち込んでいたのでしょうか。これほどまでに真顔になったのは久しぶりですよ。

では、以下より本編。後書きにてお会いしましょう。

 「え、休み?」

 「そうそう。私、今日は病院に行ってくるね」

 体調を気にかけられた翌日、明日香は有休を使って学生時代までに世話になっていた病院に行くことにした。目的は脚の治療ではなく、抱えている違和感をはっきりさせるためである。

 「昨日までに教えてくれたら俺が連れていったのに。……それで、どこが調子悪いの?」

 「あなたは病院じゃないでしょ? 自分で移動できるから心配しないで。駅に連絡入れてるから、問題ないって」

 「そうは言ってもなぁ……」

 「あら、あなた。ネクタイが曲がって……」

 「あーはいはい。いってきますよ……。気を付けて」

 「うん、いってらっしゃい」

 バタン、と。なんとか渡に目的が悟られないまま一人になれた。


 「…………もしもし、産婦人科の予約を入れたいのですが」

 『はい、どういったご用件でしょうか』

 「妊娠しているかの、確認をしたくて……。あの、こういうのって、本日中に結果が分かったりするもんなんですか?」

 『本日中に分かりますね。検査時間も、それほど長くはないですよ』

 「本当ですか、助かります。それで、予約時間なんですけど。本日の正午過ぎ……午後一時頃は可能ですか?」

 『午後イチ……午後イチ…………あぁ、空いてますね。その時間で構いませんか?』

 「はい、お願いします」

 『では、お名前を教えていただいてもよろしいですか?』

 明日香は息を吸った。懐かしさを一言に込めるために。

 「上浦(・・)明日香、といいます。お久しぶりです、黒谷(くろたに)さん」

 『…………明日香ちゃん、なの?』

 明日香も歳を重ねれば、黒谷だって勤務先を変更している可能性もあった。しかし電話口の最初の一言で、懐かしい声に確信していた。黒谷は気付かなかったが、もう何年も会っていないのだから仕方がない。

 「はい、脚の悪い明日香です」

 『嘘みたい……。また声がきけるなんて。え、でも、産婦人科?』

 「色々と事情がありまして……。手短に言えば、結婚しました」

 『あらまぁ~、よかったわね。私も嬉しいわ。ねぇねぇ、お相手はどんな人? カッコイイの?』

 黒谷からしたら、仕事用の電話を私的に使いかねない話題になってしまった。本人は気付いていないが、明日香はなんとなく感じ取った電話口の奥の視線を抑えるため、話題を戻した。

 「そういう話は後程ほど。それよりも予約、お願いしますね」

 『分かってるわよ! それで、何時だったかしら?』

 「…………午後イチです」


 最寄り駅から電車を乗り継ぎ、やっとたどり着いた病院は、昔の面影を残したままだった。

 「懐かしいなぁ……」

 口をついて出るほど、思いで深い場所。ここでは色々なことを体験した。二度とこの脚が動かないと、母の表情から悟ったこと。高橋との長期間の治療と問診。まだ高橋はここで働いているだろうか。明日香にはわからない。また、今も目の前に貼り出されているように、故障した自動ドアを開けてくれた子がいた。


 【自動ドア故障中! 隣の扉をお使いください】


 「…………またか」

 今の明日香に押し扉を開ける気力はなかった。

 以前は小さな子が開けてくれたが、そんな偶然は二度とない。

 「……あれは……?」

 白髪が目立ちはじめた女性が病院の中から明日香を見つめた。すぐにこちらへ近づいてきて、扉を開けてくれた。

 「お久しぶりね。明日香ちゃん」

 「黒谷さん……。こんにちは、お久しぶりです」

 以前ほど快活ではない黒谷は、年齢相応のおっとりとした部分が際立つ。明日香を病院内に招いた後は、車いすの後ろに回ってゆっくりと明日香を受付まで押していった。

 「驚いたわ、本当に。久しぶりの再会が産婦人科の診察だなんてね」

 「まさか私も、産婦人科に来る日がこようとは思ってもいませんでした」

 見れば、通院ごとのお約束になっていた資料の海も、一台のパソコンにより全てが片付いていた。明日香は資料探しに慌てる黒谷を見られないのは寂しいと思った。

 「それじゃぁ、二階の受付に行ってくれる? 診察室はそこで確認してね」

 「はい。ありがとうございます」

 「もし余裕があったら、帰る前にここに来てね」

 「えぇ、そうします」

 明日香はエレベーターに向かい、二階を目指した。黒谷は明日香がエレベーターに乗ったことを確認して、五階の受付に内線を入れた。

 「…………一階受付の黒谷です。高橋先生をお願いできますか? …………あ、高橋先生ですか? お忙しいところ申し訳ありませんね。明日香ちゃんが来てくれましたよ。…………嫌だわ、『麻疹(はしか)』じゃないですよ。明日香ちゃんです。もう、私より先に耳が遠くなってどうするんですか」


 「上浦明日香さ~ん」

 結婚して苗字が変わったが、診察の予約時に正確な名前を伝えていなかったことを思い出した。

 「診察室は三番です」

 「はい、わかりました」

 三番診察室の擦りガラス越しには、先生と思われる人影が動いている。明日香はノックをして返事を待った。

 「はい、どーぞ」

 「失礼します」

 産婦人科を初めて受診する明日香にとって、初めてみる診察機ばかりが目に飛び込んできた。いまだに忙しく場所を空けようとしている医師は、明日香と同年代くらいの女性だ。

 「まさか直前になって車いすでのご来診です、なんて聞いたもんだから。……これでどうかしら、入れる?」

 「はい、どうも……」

 「あぁ、よかったよかった。では、問診票をください」

 二階に来て、初めて渡されたものが問診票だった。それを医師に渡す。

 「えーと…………。はいはい。胸が張るように苦しい、と」

 「そうなんです。数日前から気になってはいたんですけど、ついに昨日、食欲もそんなに湧かなくなって」

 思いつく限りの自身の違和感を述べる。身体に命が宿っているかの重要な判断になるかもしれいから、余すことなく伝えた。そこからは明日香にとって忙しかった。医師に言われた通りに音波検査機による腹部の陰影を見たり、トイレでの検尿に加えて胸部や腹部の触診も行われた。

 「はい、お疲れさまです。受付前でお待ちください。一時間以内に名前をお呼びします。そうしたら再度、ここの診察室に入ってください」

 「ありがとうございました……」

 疲れた明日香は受付前で眠気に襲われた。念のためと思って昼食を抜いて病院まで来たために、精根尽き果てていた。


 「あの……上浦さん、上浦さん」

 「……はい」

 数十分間の意識がないことは覚えている。突然呼ばれた名前に反応もできず、生返事していた。

 「結果、出ましたよ。診察室までお願いします」

 「あ、先生。ごめんなさい、寝ちゃって……。今行きます」

 「慌てなくていいですよ」

 「は、はぁ……」

 後ろに明日香以外の患者が控えているはずなのに、急かされないのは不思議だった。程なくして同じ診察室に入ると、奥から医師が出てきた。

 「それで、どうだったんでしょうか。お(なか)に赤ちゃんは……」

 「その前に、率直に聞きます。産みたいですか、産みたくないですか?」

 静寂とはこれほどの静けさの時に使うのかもしれない。診察室の外で泣いていた子どもの声が、耳に入らなくなるくらいに、明日香は緊張した。

 「問診票には、『ご出産を希望しますか』という質問があります。これは、希望されない方にとっての選択肢でもあります。既に母体内で大きくなった状態での中絶は、計り知れないほど負担ですから。体力的にも、精神的にも」

 「私、しっかりと『希望する』にチェックしましたよ? よく見てください……」

 「えぇ、たしかに。よく見ました。たしかに『希望する』と。でも、『希望しない』にボールペンのインク跡があるのは、なぜですか?」

 問診票には、明日香はたしかに『希望する』を選択した。しかし、最後まで迷っての選択だった。この質問には最初、『希望しない』と回答するつもりでいたが、考えて考えて考え抜いて、出産を希望した。

 「……手が滑ってしまって、では通用しませんよね?」

 「そんな器用な滑り方があるなら見てみたいですね」

 渡とはたくさん話し合っていたから、たとえ妊娠していたとしても後悔はない。そう考えていたが、やはり脚が気になって最後の一歩が踏み出せない。

 「あの……産める産めないは関係ないんです。例えば産んだ後。脚が気になってしまって……」

 「本当に子育てができるのか、ですか?」

 「そうなんです……。夫も私も、妊娠は望んでいたんですけど、後が怖くて」

 「ご主人は? 望んでいるだけで手伝ってくれそうにない?」

 「そんなことは、ないです。育児休暇を使って、私が子育てに慣れるまで手伝うと……」

 明日香の語尾が弱くなってきた。望んでいたことは、自身にとっての恐怖でしかなかった。

 「聞く限りじゃぁ、ご主人も頑張ってくれそうですね。気を悪くしないでください。もしも私があなただったら、そんなことを言ってくれる夫の胸に飛び込みます」

 「私は、弱いですから。いつも最後の最後に、怖気(おじけ)づいちゃって…………」

 インク跡のみで、ここまで見透かされた。今すぐにでも問診票を奪って、『希望しない』と言ってしまおうかと考えた。

 「では、あなたが『希望する』ものは何ですか?」

 「……え?」

 「上浦さんが望んでいることです」

 問診票の質問ではない。明日香自身が今、何を、どんなことを望んでいるのかを聞かれている。突然の問答に思慮を巡らせて、やっと明日香は切り出した。

 「この子を……産むことです」

 「どうして? あなたは今、辛いと言ったのに」

 「苦しいです。でも、私は夫への恩返しがしたい」

 「赤ちゃんは恩返しの道具なの?」

 「そんなことないです。私との間にあの人が望んだ命です。今はまだ不安と恐怖で押しつぶされそうですが、きっと私も、この命が好きになると思っています。私はこんな身体です。夫もいつかは……時が来れば身体が動かなくなるでしょう……。私も既に危うい身体です。夫以外の手助けが必要なんです」

 呼吸を整える。どうして自分が、子どもを望んでいるのか。その理由を述べるために。


 「私は、この子に助けてもらいたい。だから、出産を希望します。どこまで出来るか分かりませんが、好きになればきっと、応えてくれると信じています……!」


 医師は黙っている。

 問診票を脇の机に置いて、再び明日香に向き直った。

 「上浦さん」

 「な、なんですか?」

 「少々近付いても、いいですか? 主に……腹部の方へ」

 「な、何かするんですか?」

 「いいえ、特別なことは何も。診察とは関係ありませんので。よろしいですよね?」

 「え、まぁ、どうぞ……」

 明日香は両腕を肘掛に置き、少しだけ前に車輪を回した。医師が、明日香の腹部に顔を近づける。

 「……………………………………おめでとう――――」

お読みいただき、ありがとうございました。


最後のセリフ、あまりにも陳腐で変更しようかと迷いました。しかし、サブタイトルとの繋がりを意識するなら、妥当かなと。

では、次話にて。以下、私の心の叫びとなります。


(まさか出産シーンを書くわけにはいかないので、渡にスポットを当てる描写にします。連載作でも、投稿するお話しごとに年齢制限設定が行えれば、少々話は変わってきたんですが。いやぁ~次の話はどうやって進めていきますかねぇ……)

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